師匠は元・代表首席 2

文字数 2,011文字

 無表情なままのクリアを見下ろしながらエメラルド=リリアは思う。

 本当ならば退学になる前に出会えていたはずだし、そうなればやり方はどうあれ今と同じ結果は出せていたから、クリアは退学にならずに済んだはずだった。そして魔術士になった後は他の生徒と同様に学園都市で成長していくことも出来たはず。
 退学になればもう、戻ることは至難となるから、今後研鑽するにも他に場所を探すしかないだろう。
 自分が学園長に無理を言えば、現状を鑑みて決定が覆る可能性も少しは存在したが、前例主義を尊ぶあの場所でそれはあまり歓迎されないし、彼女自身もそこまで学園都市に借りを作りたくはない。
 今まで功績を残してきたのは、いつだって自由に出ていけるようにだ。
 それなのにそんな無理を通したら、もう好きなように出て行くことは難しくなるのは簡単に予想がつく。役職が与えられるなり、見張りという名の配下がつくなり、あちらも何らかの対処はしてくるだろう。特に学園長レオロランが自分に価値を見出している事をエメラルドはよく知っている。

 今回はほぼ不意打ちのように出てきたけれど、レオロラン学園長は元からエメラルド=リリアを手放す気はない。ただ手に負えないというだけなら学園長直轄にまではならないことくらい、彼女も知っている。
 だから、もし戻れば、二度目はないだろう。
 そんな閉塞した環境に用はなかった。

 まぁ、いつまでも過ぎたことを考えても仕方ない。
 人間というのは生きてさえいればどこでだってどうにかなっていくものだから問題ないと、エメラルドは思い直す。
 その彼女の前、まだ疲れが抜けないのか座り込んだままの少年が、無表情なままでぺこりと頭を下げてきた。
「わざわざ、ありがとうございました」
 学園都市から追いかけて来てまで導いたことを指しているのだろう。
 ずっと目をつけていたとはいえ、退学になってしまえば無関係と言ってもいいはずの相手にそこまですることに礼を言われるのは当たり前かもしれない。だが彼女からすれば自分がしたいようにしただけなので、無用の行為であった。
「お礼なんていいわよ」
 本気でそう返したが、続くクリアの言葉にん? となる。
「お世話になりました」
 過去形。
 まるでこれで全部が終わったかのように。
 そう考えてはっとなる。
「ちょっと待ちなさいクリア。貴方まさか、まさかと思うけど、これでもう私とお別れだなんて思ってないわよねぇ?」
 嫌な予感をそのまま問いかければ、クリアが顔を上げて彼女を見た。
 そうして真正面から見る少年の顔は、まだ成長期手前の幼さが残っていてあどけなく、女顔と言っても差し支えない程度に性別を感じさせない系統だが、整ったもの。中性的な綺麗さがある。あと数年も経てば多くの女性に人気が出そうだし、今でも一部の女性からは需要がありそうであった。
 ただし全く感情が無いから、会話していてすら人形みたいだが。
 そのクリアが無表情のままで言う。
「僕は退学になって学園都市には戻れません。ですが、先輩……いえ師匠は、生徒首席でしょう」
「元、よ?」
「え?」
「追いかけるに当たって辞めて来たに決まってるじゃないの。別に元々、あそこに定住する気もなかったしね」
 学園長への別れの挨拶一つで辞められたかは兎も角として、戻る気がないのは間違いない。呼び戻そうにも、学園都市側はエメラルドの正しい個人情報を実は持っていないから、彼女自身の故郷にすら行き着く可能性は皆無である。
 世界中からどんな境遇の子どもでも、素養があるか既に魔術士でさえあれば状況は問わずに引き受けているというある種の敷居の低さを入学前から利用していた形だ。
 それに対し罪悪感などは持っていない。
 学園側だってそうしてかき集めた子どもらを半分騙して将来は都市内で安く働かせてるのだし、お互い様というものだ。
 魔術士は欲望に弱い生き物。
 そんな魔術士ばかりが厳格に集められた都市ともなれば、内部において所謂えげつない行為がそれなり行われていようが想定の範囲内であるべきだし、嫌ならば外に出て行けば良いだけなのだ。
「いいんですか。僕はともかく、貴方は将来を約束されたようなものだったのに」
 そういう場所とはいえ、生徒代表首席にまでなるような学生を邪険に扱う可能性は相当低い。
 しかも学園長の下にいた彼女は、クリアの言う通り将来の地位がほぼ約束されていたようなものだ。生徒でありながらかなり優遇されていた自覚もあるし、居心地もそんなに悪くはなかった。
 だからといって、じゃあ骨を埋めたいかとなれば別の話だ。
「私はね。したいように生きるだけよ。どこかに縛られてそれが出来ないくらいなら、根無し草でいる方がマシだわ」
 自由に生きたいの、と言った時。
 ほんの少しだけ、クリアの表情が柔らかくなった。理由はわからなかったが、こんな理由にならなそうな理由で、どうやら少年の警戒が薄れたようだった。
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