代表首席は激怒した 2

文字数 1,516文字

 特定の者しか出入りが許されない、学園都市で最も入室が難しい場所。
 学園長の座するその部屋の扉が激しい音と共に破砕されたのは今しがた。
 職務中だった学園長の男が胸倉を掴み上げられ睨みつけられているのが今現在である。

 白髪混じりの茶色の髪をした壮年にして中年よりも少々年嵩な彼は、扉が壊された瞬間には驚いたものの、そこから入ってきた者の姿を見たら冷静さを取り戻していた。

 現在、彼が唯一直轄する学園の生徒であり、既に学園内ほぼ全員の教師の手に負えない天才であり、そんな事実も忘れそうになる程の完全な美貌を持つ少女。
 エメラルド=リリアは、その名前に負けない美しさをした翡翠色の目をギラギラと不穏に輝かせながら、こちらを睨みつけている。
「どういうことかしら?」
「……それは、突然扉を壊されたこちらの台詞だが?」
 学園長室の扉は魔術的に最高峰の結界が敷かれている。
 仮に色付きと称される特別にして高位である魔術士が来たところで、これなら一瞬では開けられないだろう程度に、この学園都市の威信をかけられるような威力のものが。ここまで強い結界を用意する意味などあるのか、と稀に議論される程度には強すぎるものが、用意されている。

 ソレを一瞬にして木っ端微塵に出来るのは、学園内でもこの少女だけだろう。

 問いかけに問いで返した所で、それを失礼と言及するほどこの生徒は器が小さくない。むしろ真逆であったので、にっこり微笑みなど浮かべつつ有難い指摘を返してくれる。
「部屋を守りたいなら、あんな弱っちぃ素材使うべきじゃありませんわよ、学園長」
「あれは一応、一般的に使用される建築素材なのだがね」
 そう。
 エメラルドは結界を壊したわけではない。
 その結界を敷いていた扉を、ただ単に物理的に破壊しただけである。それによって基点を扉としていた結界も同時に解れ無意味なものと化したが、彼女が行ったのは本当に単なる物理破壊のみだ。
 それが最もこの場所で「想定し得ない」行為であることくらい理解していて、敢えてやるのだから手に負えない。

 魔術士しか入れない学園都市。
 その能力からして体を鍛えることの少ない彼らは、多くの身体能力が常人の平均以下であるし、鍛えようという意識も低いせいで突出した戦士などまず現れない。都市内に体を鍛えるための施設すらない辺り、それが一過性の性質でなく魔術士としておよそ共通しているもののは明らかである。
 例え剣だの斧だの携えたところで、それを使いこなすどころか重さで容易に息が切れ、振り回したところで手からすっぽ抜ける、魔術士はそういう人間が殆どだ。

 が、この少女に関しては例外だった。
 これは記録上確かな話だが、数年前この都市を訪れた時から、エメラルドは極めて特異な身体能力を有していたらしい。

 端的に言えば、とにかく強い。
 魔術なしでも薄めの石畳なら素手で叩き割ってしまえる程度に強い。
 魔術なしでも魔術を使おうとする相手を発動前に叩きのめし意識不明にしてしまえる位に強い。

 黙って立っていれば妖精や天使のごとき美貌でありながら、都市に来る前どういう人生を送ってきたのか、極めて優れた体術と身体能力を最初から有していたのがエメラルド=リリアという少女だった。都市に来てから特別な訓練をしているという目撃談はないものの、その才覚は薄れるどころか見ての通り現役だ。
 その上、魔術の才まで人並み外れに恵まれている。
 あっという間に学園都市の生徒代表首席にまで上り詰めた彼女を、すぐに教師陣が手に負えなくなり今に至った。

 なお、この部屋の扉の破壊記録はこれで片手の指の数だ。
 壊れるたびに強度は上げてきた筈なのに、まだまだ不足だったらしい。
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