退学者、襲われる 1
文字数 1,379文字
退学になったとしても帰る場所はない。
元々学園都市に来たのだって、身寄りがなくなって独りになった彼を見かねた街の住人がどうにか彼の行き先がないものかと各々手を尽くしてくれ、その中で術士適性があると知れて、じゃあ術士になりなさいとお金を出し合い送り出してくれたもの。
そこまででも十分すぎるほど世話になったのに、魔術士になれなかったからと戻ってさらに甘えるなんて無理だと思った。
それ以上に。
思い出が残りすぎているあの場所に、独りで残るなど無理だ。
街の中で暮らしていた訳ではないけれど、何度も通った街の光景の中には、至る所に彼との記憶がある。それを思い出すのは、まだ痛かった。
きっと探してしまう。
こんな、似てるところなんてない森の中ですら、森だというそれだけで心の一部が刺激されるのに。
日が沈むほうへと向かったのは、なんとなくそちらの方なら長く歩けそうな気がしたからだったけれど、結果として森に行き着いてしまったから間違いだったかもしれない。
心が痛むのもそうだが、夕暮れになってきたら森の木々に遮られて予想よりずっと早く夜のような暗さになってしまう。
森の怖さは知っている。
道があるとはいえ、これ以上進むのは宜しくない。
どこか、休めそうな場所まで行き着いたら今日はもう休もう……そう考えた時だった。
背後から木と茂みが大きな音を立てたから、反射的に振り返ろうとして。
激しい痛みと視界の変化、森の地面独特の匂いが鼻についたことで、どうやら何かに叩き伏せられたらしいと理解した。偶然に背中にぶつかって倒された、ではない。明らかに意図を持ってぶつかった上に、地面へ押し付けるように重力をかけ、叩き伏せるように上に乗って来た誰かがいる。
一瞬獣かと思ったが、背中の感触ですぐに否定した。
これは人の足と、手だ。しかも起き上がるのが難しい程度に力がかけられ続けている。
素人技ではないな、と思った。
誰だろうか。こんなことをされる謂れはない、と考えかけて、そんなこともなかったと気づく。
あの魔術学園都市の中ではまず起こりえないけれど、その外で「自分」が何者かに襲われるのは、偶然出会った盗賊に身ぐるみはがされるよりもあり得る話だった。話に聞いていただけではあるが、心当たりがないなんて思うあたり、学園都市で相当平和に毒されたらしい。
言い訳すれば、可能性に直ぐに思いつかなかったのは、自分を襲ってくる誰か、がこんな風に単純な力技を行使してくるとは思い難いからだろう。
だが、思い出の中にいるあの彼だって力技のみで生きてた訳だし、次の刺客がまた同じような存在というのは不思議じゃない筈だ。
もしそうなら抵抗は難しそうだし、そんな気力もない。
地面に押し付けられたままに諦観をもって現在を受け入れた所で上から降って来たのは、心地よい小鳥の囀りのような可愛らしい女の声だった。
「見つけたわよ? 貴方でしょう、クリアって」
何となく、こちらに害意を持ってる相手とは思えない声音だが、完全に押さえつけたままの状態から誰何するとは。人違いだったらどうしたのだろう?
そんなことを思ったけれど、出会い頭にこんなことをしてくる相手にそれを言うのも野暮な気がして、ただ黙って頷いた。
客観的に見たら結構ひどい行為をされているとは分かっていたが、妙に腹は立たなかった。
元々学園都市に来たのだって、身寄りがなくなって独りになった彼を見かねた街の住人がどうにか彼の行き先がないものかと各々手を尽くしてくれ、その中で術士適性があると知れて、じゃあ術士になりなさいとお金を出し合い送り出してくれたもの。
そこまででも十分すぎるほど世話になったのに、魔術士になれなかったからと戻ってさらに甘えるなんて無理だと思った。
それ以上に。
思い出が残りすぎているあの場所に、独りで残るなど無理だ。
街の中で暮らしていた訳ではないけれど、何度も通った街の光景の中には、至る所に彼との記憶がある。それを思い出すのは、まだ痛かった。
きっと探してしまう。
こんな、似てるところなんてない森の中ですら、森だというそれだけで心の一部が刺激されるのに。
日が沈むほうへと向かったのは、なんとなくそちらの方なら長く歩けそうな気がしたからだったけれど、結果として森に行き着いてしまったから間違いだったかもしれない。
心が痛むのもそうだが、夕暮れになってきたら森の木々に遮られて予想よりずっと早く夜のような暗さになってしまう。
森の怖さは知っている。
道があるとはいえ、これ以上進むのは宜しくない。
どこか、休めそうな場所まで行き着いたら今日はもう休もう……そう考えた時だった。
背後から木と茂みが大きな音を立てたから、反射的に振り返ろうとして。
激しい痛みと視界の変化、森の地面独特の匂いが鼻についたことで、どうやら何かに叩き伏せられたらしいと理解した。偶然に背中にぶつかって倒された、ではない。明らかに意図を持ってぶつかった上に、地面へ押し付けるように重力をかけ、叩き伏せるように上に乗って来た誰かがいる。
一瞬獣かと思ったが、背中の感触ですぐに否定した。
これは人の足と、手だ。しかも起き上がるのが難しい程度に力がかけられ続けている。
素人技ではないな、と思った。
誰だろうか。こんなことをされる謂れはない、と考えかけて、そんなこともなかったと気づく。
あの魔術学園都市の中ではまず起こりえないけれど、その外で「自分」が何者かに襲われるのは、偶然出会った盗賊に身ぐるみはがされるよりもあり得る話だった。話に聞いていただけではあるが、心当たりがないなんて思うあたり、学園都市で相当平和に毒されたらしい。
言い訳すれば、可能性に直ぐに思いつかなかったのは、自分を襲ってくる誰か、がこんな風に単純な力技を行使してくるとは思い難いからだろう。
だが、思い出の中にいるあの彼だって力技のみで生きてた訳だし、次の刺客がまた同じような存在というのは不思議じゃない筈だ。
もしそうなら抵抗は難しそうだし、そんな気力もない。
地面に押し付けられたままに諦観をもって現在を受け入れた所で上から降って来たのは、心地よい小鳥の囀りのような可愛らしい女の声だった。
「見つけたわよ? 貴方でしょう、クリアって」
何となく、こちらに害意を持ってる相手とは思えない声音だが、完全に押さえつけたままの状態から誰何するとは。人違いだったらどうしたのだろう?
そんなことを思ったけれど、出会い頭にこんなことをしてくる相手にそれを言うのも野暮な気がして、ただ黙って頷いた。
客観的に見たら結構ひどい行為をされているとは分かっていたが、妙に腹は立たなかった。