師匠は元・代表首席 3

文字数 1,442文字

 目の前の年上の少女がとにかく自由でいたい人だということを理解して、それ以上の追求を辞めた。
 自由であることの大切さを知っていたから。
 それで生徒代表首席という地位すら蹴るのだとしても、本人が自由の対価にそれを望むなら、不釣り合いなんかじゃないのだ。何かの地位や権力、あるいは支配される安定よりも自由を望む、その言葉と行動に育ててくれた人の面影を垣間見てクリアは何も言えなくなった。

 望む通りに生きようとする誰かを阻む権利は誰にも無い。

 クリア自身だって、ついさっき自分の望みを押し通して、こうやって生きているのだ。
 ただ、その選択の向こうに、この先も自分の存在がいるかもしれないことに若干の疑問が残る。
「でも、自由を望むなら、別れない理由もないのでは」
 出来損ないの自分と比べ、相手は学園都市でも活躍していた人だ。
 むしろ自由には邪魔なのではと思っての発言だったが、呆れたような怒ったような少女の緑の目に見据えられて妙に居心地が悪くなる。まるで悪いことをした後の気分だ。
「馬鹿ね。抱えるものが何もないことと、自分が望むままに振る舞うことは、絶対に一致するわけじゃないのに」
 心なしか嗜めるように彼女はそう言い、はぁ〜っと深いため息を吐いた。
 まるで小さい子供を見るような表情で座り込んだままのクリアを見下ろしてくる。
「言い方を変えるわ。私は師匠として貴方を育成したいのが今の希望なの。私に少しでも感謝があるなら、私が満足するまで付き合いなさい。悪いようにはしないわ」
 はっきりそう言うと、片手を差し出してくる。
 その手をぼんやり見つめ、クリアは視線を相手の綺麗な顔と白く細い手の間で数度行き来させた。

 変な人だなと思う。
 自分なんかに関わろうと、学園都市の地位を捨ててまでやって来るなんて。

 何か裏があるのかなとも思う。
 そんなことをして彼女に何か利益があるとは思えない。

 ただ、「自由に望むまましたいから、そう言ってる」のであれば、彼に断る選択肢は無かった。
 望んでそうしたいと本人が自由意志で選んでいるなら、強い望みなど持たない自分が否と言える筈も無い。
 無かったけれど。
「ひとつだけ、いいですか」
「何? 師匠にいきなり要求とか、貴方本当に我儘ね? 別に良いけど」
 きょとんと名前と同じ色をした目を瞬かせながら、手を差し出したまま少女が笑う。

 どうしても譲れないことが一つだけあった。
 正しくは、もう二度と見たくないものがあった。
 こんな事を出会って間もない相手に言うことの傲慢さと奇妙さは理解していたけれど、もし一緒にいるのなら何より先にそれを約束してもらわないといけない。相手にそんなつもりがあるかどうかの問題じゃなく、クリア自身の希望として。


「僕をかばって死んだりしないでください」


 そう言うと、一瞬の沈黙の後で、エメラルドは鼻で笑った。
 苦笑いでも失笑でもなく、挑戦的な笑みを浮かべたクリアの師匠は、はっきりきっぱり断言する。
「いいわよ。そんな場面が来たら、むしろ絶対、貴方を私の盾にしてあげるわ。その時は私のために死になさい」
 普通に考えればひどい言葉だ。だが何も知らない筈なのに、彼にとって必要なものを的確に刺し貫いているあたり、エメラルド=リリアが何度も言っていた「全部知っている」に奇妙な説得力があった。
「私は、師匠として最後まで貴方をしっかり使い倒してあげる。それでいい?」
 迷いなく寄越されたその回答にやっと安心して、クリアはその手をそっと掴むことができた。
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