第70話 善意の第三者 2 ~知らない素顔~ Aパート

文字数 5,179文字


 一日空けて優希君と約束をしている水曜日。私は優希君に今日の待ち合わせの時間と場所をメッセージしようと今回もやっと憂鬱な一週間程を終えようとしている身体を起こして身支度を整える。

題名:今日の時間と場所
本文:おはよう! 今日は楽しみにしてるね。場所と時間はゆっくりしたいから放課
   後で、自転車置き場の前で良いかな? 時間はあんまりバタついてもアレだし
   放課後始まってから30分後くらいで良いかな? 急がなくても良いから、ゆ
   っくりで良いからね。

 あまり早くに待っていてもらって、また私の知らない女生徒に声を掛けられているのを見るのもアレだからと、待ち合わせには遅れるくらいで良いと、メッセージに匂わせて送って、階下へ向かう。
 今週はテストまでもう一週間を切っていると言う事もあって、何となくクラスの中もピリピリしている。
 まあこの時期のテストやら数字と言うのは、どうしても自分の希望する進路に直接影響するのだから、仕方が無いと言えば仕方がないのかもしれない。
 そして慶の分の朝ごはんの準備をしながら昨日の放課後の事を思い出す。


「先生! 現代文で分からない所があるんですが」
 終礼が終わった後の放課後、例の女子グループの一人が数学担当の担任に、国語・現代文を聞きに教卓の方まで聞きに向かっている。
 この時点でロクでもない事を企んでいるのは分かっていたから、私は念のために実祝さんと咲夜さんの方を注視していた。
 蒼ちゃんも気になったのか、教室を出て行く足を止めて主に咲夜さんの方を見ている。
「俺は数学担当だから、国語の事は分からんぞ」
 まあそうなるとは思うけれど、
「でも国語の先生も中々捕まらなくて、テストまで近いし誰にも聞けないんです」
 そう言って先生にくっつきながら、私の方に向けてくる視線を……感じる。
「ちょっと分かったから離れろって」
 先生の声と共に。
 私はアホらしくなって模試対策を進めるために先生と女生徒を横目に図書室の方へ行こうと席を立ったところで、
「先生! どこを見てるんですか? ちゃんと生徒の相談に乗ってくださいよ」
 言葉だけを聞いていたら普通の会話に聞こえない事も無いけれど、明らかに私を意識して話を繰り広げる女生徒。
「あー、もう! 上位20位以外でも分かる奴に聞けば良いだろ。それよりも万が一この現場を教頭に見られたらこっちがネチネチ言われるんだから、勘弁してくれ」
 そして先生の返事に、女子生徒の表情はほくそ笑んだのがはっきりと分かった。
「じゃあ上位20位以内の人でも当てにはならないって事で、こっちの好きなようにさせてもらいまーす」
 それまで先生にピッタリと引っ付いていた女生徒は先生からパッと離れて、みんなに聞こえるように、自分のグループに
「このクラスの上位は当てにならないって。だから違うクラスに聞きに行こ。咲夜も当然一緒に来るよね」
 呼びかけて咲夜さんと一緒に出て行ってしまうのを、蒼ちゃんが無表情で見送る。
 一方では何と先生が実祝さんの方へ足を向けて声を掛ける。
 何を話しているのかは分からないけれど、先生が時折こっちを見ながら実祝さんに声を掛けているけれど先生がちゃんとフォローするのならばと、私は一つため息をついて
「愛ちゃん。今日の夜電話するね」
「……分かった」
 図書室へと向かった。


 結局例のグループは何がしたいのか、実祝さんの何が気に食わないのか。
 テストの結果、勉強の進み具合が芳しくないのなら、それは自分自身の努力の話であって、間違っても実祝さんに八つ当たりをするような話じゃない。
「おはようねーちゃん」
 私が昨日の事を思い返していると、今日は先に制服を着た慶が部屋から顔を出す。
「朝ごはんもうすぐ出来るから、先に顔洗っといで」
 私は一度思考を途中で止めて、その間に慶の朝ごはんと自分の分のお弁当を作ってしまう。

 そして学校へ行く直前。
「金曜日に勉強するんだよな」
 慶が確認するように聞いてくるから
「そうだって。後、夜ご飯も一緒に食べるからいつもよりも長く蒼ちゃんといられるよ」
 最近はまじめに取り組んでいるからとご褒美的な話も一緒にしてやる。
 まあ、蒼ちゃんにも一応彼氏がいるからこれ以上はどうしようもないけれど。
「分かった。それはそれで楽しみにしとく」
 私は慶の返事を聞いて
「じゃあお姉ちゃんは先に行くけれど慶、学校には遅刻しないで行ってるんでしょうね」
 最近はこうなっているから忘れそうにはなっているけれど、本来は慶の方が学校は遠いから、私よりも家を出るのが早かったはずなのだ。
「分かってるって。ねーちゃんの言う通りちゃんと金曜日に向けて勉強してるっつーの」
 いや金曜日に向けてって……余程気に入ってる蒼ちゃんの前で、良いカッコしたいって言うのは分かるけれど、普通はテストに向けての取り組みじゃないのか。
「せっかく蒼ちゃんと長い時間一緒にいられるのに、お父さん、お母さんの高説、説教だと可哀そうだから言ってんのに」
 優希君のところの兄妹のように仲良くって言うのは、やっぱり難しい。
「分かったって。どうしてねーちゃんって――取り敢えず早く行けよ」
 私が仲良くって考えてるのに、邪険にする慶。
 乱暴な言葉遣いもだいぶ少なくなったとは言え、完全に無くなるものでも無し。
「はいはい言われなくても行くって。でも戸締りだけはちゃんとしてよ」
 私は背中越しに慶に声を掛けて、そのまま登校する。
 やっぱり自分の弟って可愛くないなって思いながら。


 学校へ着いた時、珍しく早めに登校していた蒼ちゃんに
「愛ちゃん時間良い?」
「もちろん良いけれど」
 何となく昨日掛かって来なかった電話の事かなって予想しながら、蒼ちゃんに連れられる形で廊下へ出る。
「昨日の事なんだけれど、昨日は夕摘さんに声を掛けなくて良かったの?」
 廊下に出た蒼ちゃんは、教室とは反対側の窓枠に肘をついて予想通り、昨日の事について聞かれる。
「昨日は実祝さんの事を言われたのは、最後の方だけだったし、それに先生も声を掛けてたし」
 本来ならば先生が生徒の事を気遣うこの形が、一番しっくりくるとは思う。
 ただ、このクラスはもうバラバラにはなりそうだけれど。
「……じゃあ聞き方を変えるね。愛ちゃんはどうしたら夕摘さんとケンカを辞めてくれるの?」
 蒼ちゃんがまっすぐに私を見つめる。
「実祝さんが蒼ちゃんに対してした事を、私が納得したら」
 そして蒼ちゃんが私の甘さを見つけてくれる。
「それは本人である

愛ちゃんなの?」
 どれだけ時間が掛かったとしても、やっぱり蒼ちゃんがあの時落とした私の心も見つけてくれる。
 だったら親友である蒼ちゃんなら、私がそれで半分だって思ってる事にも気付くかもしれない。

「……」
 だけれど私は自分から答えを口にはしない。
「じゃあ蒼依が夕摘さんに声を掛けたら、蒼依が夕摘さんと仲良くなったら、

どうなるの?」
 もちろん当の蒼ちゃんが実祝さんと仲良くなってしまえば、私

、私

怒るも怒らないもない。
 みんなと仲良くしたいと願ってクッキーまで作った親友の気持ちをないがしろにするなんて事は、私には出来ない。
「もちろんケンカする理由は無くなるけれど……」
 でも、私の親友にした事に対するわだかまりは残ったままになる。
「だからあの時、蒼依にはもう無理に喋る必要は無いって言ってくれたんだね」
「……」
 答えの半分がバレた事に対して、面白くないと私が感じていると、
「だったら蒼依が心の整理を早くつけて、夕摘さんと自然に喋れるようになればいいんだね」
 蒼ちゃんが私を見て、笑いながら答えを述べる。
「でも、咲夜さんにとっても実祝さんは絶対に必要だから、だから咲夜さんの懊悩が無くなるまでは私は黙って見ていたいって思ってる」
 自分でも変な事を言っているとは思う。でもあの二人が仲良くなるためには、今の状況を変えるためには、どうしてもお互いが必要なんだと私は直感を信じる。
「愛ちゃんが信じるって言うなら、蒼依は何も言わないけれど蒼依は……夕摘さんと愛ちゃんが早く仲直りが出来るように蒼依も早く心の整理を付けてしまうね」
 そして何かを言いかけた蒼ちゃんが言葉を飲み込んで、いつかの時みたいに別の言葉に置き換えてしまう。
「それじゃあ結構時間経っちゃったし、教室戻ろ。愛ちゃん」
 表情を無くして咲夜さんを見る姿、蒼ちゃんの口から出る事の無くなった咲夜さんを呼ぶ言葉。
 それらを踏まえると、咲夜さん絡みの事だとは思うけれど、それを聞き返す前に蒼ちゃんが会話を終わらせてしまう。
「分かったよ」
 だからそれ以上聞く事も出来ずに、蒼ちゃんに続いて教室の中に戻ると、
「……」
 今度は咲夜さんと視線が合う。
 ただもう時間が残り少ないからと、視線で昼休みとだけ伝えて、午前の授業に備える。


 昼休みは戸塚君の所へ行くと言う蒼ちゃんの背中を見送ってから、朝の事が気になっていた私が、咲夜さんの方へ足を向けたところで、教室の出入り口に何故か倉本君が姿を現す。
 私の方には特に用事がなかったから一度視線を逸らしたのだけれど、
「岡本さん」
 今度ははっきりと名前を呼ばれたから、
「どうしたの? 倉本君」
 半ばの用件を予想しながら、仕方なしに倉本君の所まで行く……のを咲夜さんを含む、咲夜さんのグループがいつも通りいやらしい笑顔を貼り付けてこっちを見ていた。
「いや。昼飯でもどうかと思ってな。あれから統括会の空気もあんま良くないし、ちょっとした噂話も小耳に挟んだからその確認もしたくてな」
 そして倉本君から聞いた用件は私の予想の範疇だったけれど
「ちょっとした噂って? 統括会絡みなら、他のメンバーも揃ってる方が良いんじゃないの?」
 そんな理由じゃ、倉本君と二人でお昼する理由にもならないと言うか、この前みたいに優希君に誤解されるのも本意じゃないし、優希君以外の男子と二人きりには、特に倉本君とは二人きりにはならないって心に決めてる。
 それに何より彩風さんの辛そうな表情を見るのは、私的にはどうしても避けたい。
「そう言われると思って霧華には連絡したけど、繋がらなかったから、せめて岡本さんにだけはと思って」
 でも私の考え方を先回りしたかのように、彩風さんには先に連絡したと言う。
 そう言われてしまえば、倉本君を疑っているわけではない私としては改めて彩風さんに連絡が出来なくなってしまう。
 教室の目立つ位置で喋っていた為か、教室内からある程度の視線を感じる。
 このまま倉本君とやり取りを続けていると、例の女子グループの視線もあって、間違いなくロクでもない話にしかならないと判断した私が咲夜さんに
「咲夜、ちょっと来て」
 声を掛けようとしたタイミングで、いやらしい笑みを浮かべていた例の咲夜さんグループが咲夜さんを呼び込んでしまう。
「……岡本さんは、俺と二人って言うのは嫌なのか?」
 蒼ちゃんも教室を出て行ってしまって、付いてもらう人がいない今、
「……」  
 どうしようかと考える私に断りにくい聞き方をしてくる倉本君。
 「嫌な訳じゃ無いよ。ただ――」
 私にはもう優希君がいるし、誤解されたくない上に、彩風さんの気持ちを知っている私としては、
「――ただ俺は、岡本さんと一緒にお昼をしたいだけなんだよ」
 その気持ちは困るのだ。
 しかも彩風さんの幼馴染としても、いつからか分からない秘めた想いを勝手に私が口にする事はさすがに出来る事じゃない。
 だから断りにも返事にもすごく困っているところに
「……良い……じゃん。手に持ってるのが弁当って事は、お昼一緒に食べるだけなんでしょ」
 咲夜さんが、口にする言葉とは全く違う表情で、私に訳の分からない背中の押し方をしてくる。
「……」
 私と優希君を応援してくれていると思っていた咲夜さんに、まさかの言葉を掛けられた私は、失望の視線を咲夜さんに向ける。
「友達もああ言ってくれてるし、たまには二人きりでも良いよな」
 私の友達の応援と言うか、この場合は声援になるのか。を受けた倉本君が勢いを付けたのか、私の内心に気付く訳もなく彩風さんの気持ちにも気づいていない倉本君が、再度私を連れ出そうと誘いをかけてくるから
「分かったよ。ちょっと待ってて」
 これ以上教室の内外から耳目を集めるわけにもいかない上、あまり時間を取り過ぎて月曜日みたいにお昼を食べ損ねて放課後の優希君との時間の時に、またお腹が音で空腹を訴えたら事だからと、私は根負けする形で倉本君と外で食べるために準備をする。
 咲夜さんグループの、
「友達の背中を押すって、咲夜は友達想いだよなー」
 会話を背中で聞きながら。

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