第1話 タイムリープドローン

文字数 2,450文字

 F博士の研究所を政府担当者が訪問した。政府は日本国いや世界に役立つ新発明を、この孤高の科学者に任せていた。ただ予算計上しているため、月に1度、進捗状況を担当者が確認するのだが、今回は、ここへ来るのが初めての青年である。

「自分は以前から博士を尊敬していました。今回から担当させていただくことになりました」

 直立不動で緊張しながら挨拶する。

「まあ、そんなに緊張しないで。そこに座り給え」

 初対面の若者でもわかるぐらい、F博士の顔色は悪かった。

「博士、ご気分がすぐれないのなら、後日にいたしますけど」

「いや大丈夫だ。今回の発明品は……」

 博士が説明しようとしたその時、ノックもなしにドアが開き、老婆が入ってきた。

「先生、うちのミイちゃんが、こちらに来ていませんか」

「昨日は、お宅の猫ちゃんが、ちょうど昼頃廊下にいるのを見ましたが、今日は見ていませんよ」

「いつも夜には必ず帰ってくるのに、いまだに帰ってこないんです」

 老婆は座り込んで涙目になった。

「お婆さん。猫ちゃがどこに居るか調べましょう。キミ、ちょうどよかった、新発明品のデモをやってみよう」

 F博士は、てんとう虫程度の小型のドローンを取り出して、昨日正午にいたと思われる、場所にドローンを置いた。そしてコントローラーのボタンを押すと、ドローンが消え失せた。

「先生! 消えました」

「キミ、そこのモニターを付けてごらん」

「みいちゃん!」 老婆が叫ぶ。

 そこには行方不明の猫が映っていた。画面に表示された時刻は、昨日正午を示している。

「じゃあ、ここからドローンに追跡させるが、我々は早送りして見よう」

 猫は、それから町内を一周し途中で雄猫に出会う。2匹は、じゃれ合いながら一緒に行動し昨日の夜は公園の滑り台の下で身を寄せ合って寝て、朝になったところで、突如喧嘩を始め、2匹は別の方向に歩き出した。今から30分前の時間を示している。

「お婆さん。心配しなくても、ミイちゃんはもうじき戻って来ますよ」

 F博士の言葉通りに、廊下で猫の鳴き声が聞こえたので、老婆がドアを開けると、朝帰りした猫が老婆の肩の上に飛び乗った。

「先生、ありがとうございます」

 老婆は何度も何度も頭を下げて出て行った。

「博士、凄いですね。今回の新発明は行方不明者探索ドローンですか?」

 青年のこの発言に、F博士はずっこけた。

「キミは馬鹿かね。これはタイムリープドローンという装置だ。どういうことに使えるか考えたまえ」

 そう言われた青年は必死で考えた。

「自分、野球をやっていましたので、ベーブルースのプレイを最新映像で見たいです」

「そんなことだけなの?」

「自分、歴史も好きなので、大阪城や安土城といった焼失した城を観たいです。

「まだまだ」

「そうだ、邪馬台国が何処にあったかわかるかもしれません。あと本能寺の変で本当に信長が死んだのかとか、世界史では十字軍の行進や中世の戦闘シーン、エジプトのピラミッドの建造の秘密も明らかになります」

「なかなかよくなってきたけど、自然にも目を向けてみて」

「富士山の噴火とか、そうだ恐竜時代も観たいです。博士、極め付きを思いつきました、宇宙の起源です。ビックバン学説が本当なのか?」

 青年はすっかり興奮して、上気した表情になった。

「沢山考えてくれてありがとう。いくつかは、このマシンで本当に撮影できるよ。でも、多くの人がこれを使いだすと、中には悪意をもって、フェイク動画をまきちらし、混乱させる人もでてくる。そして、一番恐ろしいのが、撮影だけでなく、現在もある無人攻撃機として過去に投入され、歴史をネジ曲げられたら、どういう事態になるか想像もつかない」

 博士は、そここまでしゃべって息が上がってしまい、ミネラルウォーターを飲んでひと息ついた。

「そこで初対面だがキミを信頼できる人物と見込んで、他言無用でお願いしたいことがある」

「はいっ、なんでも御命じください」

「このタイムドローンは破壊し、設計データはすべて再現できないように葬る。ただし、ある映像をキミに託す。その見返りと言ってはなんだが、タイムドローンのラストフライト先はキミがきめてくれ」

 青年はすこしの間考えてから言った。

「全く個人的なことでもいいんですか?」

「もちろんだとも」

「私の母は私を生んで、3日後に亡くなってしまいました。元々心臓が弱く、出産は危険だと言われ、みんなから反対されての出産でした。そんなにまでして産んだ私を見て、喜んでくれたのか母の様子を見たいです」

「よしわかった。出産時刻と病院名をこのタブレット端末に入力してくれ」

 ドローンが消えた。するとディスプレイは分娩室を映し、出産したばかりの我が子をにこやかな表情で見つめる母が映し出された。声はよく聞こえないが、母の口の動きで、

「坊や会えてよかった。うれしい」

 と読み取れた。そして母は幸せそうな表情のまま目を閉じた。このあと計器音が鳴り、そこで映像はストップした。
 青年は号泣していた。それでも母が自分の顔をしっかり見て、幸せそうに語り掛けてくれた表情を胸に刻んだ。


「さてと、これでこいつの役目も終わりだ」

 といって、タイムリープドローンをハンマーで、粉々に破壊した。

「キミ、いいかい。私がこれを発明したのは、今から見せる映像を撮影するためだ」

 博士は、青年に広島と長崎への原爆投下シーンと、その直後の地上の地獄絵図映像を見せた。
 青年はあまりにも凄惨な鮮明映像に吐き気を必死で抑え、最後まで見終えた。

「キミの使命は、この映像を核保有国の元首に渡すことだ。彼らはフェイク動画と疑うだろうが、調査すればするほど本物であると認めざるを得なくなる。そして、この映像を撮影した何者かの技術力に恐怖するだろう。これこそ新たな抑止力となるはずだ。頼んだぞ……」

 そう言い終えると、F博士は気を失った。

「博士!」

 F博士は青年が呼んだ救急車での搬送先の病院で、いったん意識を回復したが、2ケ月後に、愛妻ナオミと愛娘リコに看取られこの世を去った。
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