第16話 シンジの事情

文字数 2,037文字

「じゃあ、いってらっしゃい」

 学校の前に、車椅子で降りたシンジは、母の言葉には無言で校門に向かった。
 
「シンジ、おっはよう」

 さやかが、声を掛けるとシンジは笑顔になった。

「お母さん、美人だね。毎日、車で送ってもらってるんだ。いいなあ」

「なにがいいなだよ。サヤカには、その足があるだろう。その足は、すらりと伸びた飾りなのか?」

「相変わらず、口が悪いなぁ。いや、このおみ足の美しさをやっと判ってくれたか」

「うん。なかなかいけてる。だけど、おつむが空っぽじゃーねー」

「なによっ、この~」

 車椅子で逃げる、シンジを追いかけるサヤカ。

「危ない!!!!」

 その時、グランドで練習していた野球のボールが、サヤカめがけて飛んできた。

「きゃぁあああ」

「いててっ」

 しゃがみこんだサヤカの盾になったのは、シンジでおでこにボールが直撃である。

「シンジ。立ってるんだけど!」

 サヤカからそう指摘されたシンジは、慌てて車椅子に座った。そして、人差し指を口に付けて「ひみつだよ」のポーズ。

 ◇◇◇◇◇

 放課後の部室で、いつもうるさいぐらいに元気でムードメーカーのサヤカが、ずっと黙っている。すると、部室内がどよんとした雰囲気となった。

 「サヤカ、具合でも悪いの?」

 リコが声を掛けるが、サヤカは黙って首を横に振るだけである。

 「あー、どうしたサヤカ!」

 オサムが切れ気味につっかかる。

「わかった、わかった、もう話していいぞ」

 とうとう根負けしたシンジ。

「はあはあ、実はね。はあはあ。シンジは歩けるの! あーすっきりした」

「えーーーーー!!」

 みんなびっくり仰天。

「しょうがねえなぁ。」

 シンジは、すくっと立ち上がり。1回転して見せた。

「なにか訳がありそうね」

 リコの問いかけに、語った訳とは。

 ◇◇◇◇◇

 シンジの家庭は、最初からシングルマザーなのだった。父親は海外にいるらしいが、シンジは一度も合ったことがない。幼少期は祖母に育てられたが、シンジが小学生3年のときに、くも膜下出血であっけなく亡くなった。突然母ひとり子ひとりになったシンジと母親は、お互いどう接していいか判らなくなっていた。シンジの母は、弁護士をしており仕事を理由に外出することが多く、シンジは内心寂しい思いをしていたのだ。

(いつも夜に出かけるなんて。オトコと会っているに違いない)

 幼いながらに、そう感じていた。

 そして、運命の日。その日は、シンジの誕生日であるにもかかわらず、母親は出かけようとする。

「ママ、今日はいかないで」

「そんなこと急にいわれたって、約束があるもの」

 そう言って、タクシーに乗り込んだ母親の後を、裸足で追いかけるシンジ。
 バックミラー越しにシンジが転倒するところを見た瞬間、今日はシンジの誕生日であると思い出した。

「運転手さん、止めて!」

 母親がシンジの元へ走り寄っていく時に悲劇が起きた。
 よろよろと車道上で立ち上がった、シンジの目の前に大型バイクが迫った。

 ◇◇◇◇

 気が付くと、シンジは病院のベッドに寝ていた。頭と両手は動くが、両足が動かない。

「シンジ、気が付いたのね。よかった!」

 シンジは、母親の安堵とは全く別の事を考えていた。

(この女、一生許さない)

 母への愛情がすっかり憎悪に変わった瞬間だ。
 その日以降、シンジは車椅子の生活である。学校への送り迎えは、母親がやってくれたし、夜の外出もなくなった。
 しかし、シンジは母親と一切口を利かない。そして、母親が外出した僅かな時間に、懸命なリハビリをして、実は半年前から歩ける様になっていたのだ。

 ◇◇◇◇◇

「というわけなんだ。僕は、まだあの女を許す気なんかないから、歩けることは黙っておいて」

「夜遊びまわっていたって本当なの? お仕事だったんじゃない?」

「そんなことあるもんか。いつも帰って、僕が寝ているか見に来た時いっつも酒臭かったんだぜ。仕事だとしても、枕営業なんじゃねー」

「それはいくらなんでも、言い過ぎだ…………」」

「パシー」

 なんとアサミが、シンジの頬を平手打ちしたのである。

「アサミ!」

 アサミは、頬に涙をおとしていた。そして必死の思いで言葉を絞り出した。

「こんなのだめよ。お母さまを許してあげて」

 シチュエーションは違うが、自分をかばって交通事故に遭った両親のことを、心配した経験があるアサミには、シンジの母親の心中を察して、余りあるものがあったのだ。

 またしても、みんなの視線を集めてしまったアサミは、いつものように、脱兎のように部屋を飛び出していった。

 ◇◇◇◇◇
 翌朝

「おはよ」

 リコは正門近くでシンジから声をかけられた。まだ杖はついているものの、歩いての登校だ。

「シンジ、おはよう!」リコ、サヤカ、アサミが笑顔で向かえる。

「おはよう!心配かけやがって」とオサム。

 実は、みんなでシンジの歩いての初登校を、待ち構えていたのだ。

「ワン!ペロペロ!」

「おい!気持ち悪いから、やめろ!」

 最後に熱烈歓迎したのは、サヤカのワンコである。 
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