第24話「ケンカ」

文字数 2,541文字

 ルカとノアが働き出して、2週間。確かにギムレットの言った通り、女の客が増えてきた。
 しかしルカは、上手く接客が出来ず、悩んでいた。整備の技術的なことに関しては、遅くまで勉強して、習得しているものの、客への対応でつまずいていた。その点、ノアは割り切っていて、リッキーに教わったように、笑顔で応対し、なんとか出来ていた。
「まさかこんなことでつまずくとは…。」
「ルカ。俺たちといるときみたいに、笑えばいいんだよ。」
「それが出来れば苦労しない。だが、別におかしくもないのに、笑うことなんか出来ねえ。」
「作り笑いだもんなー。でも、慣れてくると、結構本当に笑えるぜ。ああ、お客さんに喜んでもらって良かったなーとかってさ。」
「そうか…?」
 久しぶりに、ルカはノアと共に、「RED CAT」を訪れた。今日が初の給料日だったのだ。
「ルカさん!来てくれたんだ。」
 マリンが、嬉しそうに出迎えてくれた。ルカは、久々のマリンを見て、胸が高鳴るのを感じた。マリンが、やけに眩しく見えた。マリンは、肩を出した白いワンピースを着ていた。
「あ…あ。今日金が入ったんでな。せっかくだし…。」
「お給料日?良かったわね。でも、あんまり飲み過ぎないでね。」
「あの、やけに親しげですね。俺、ルカの友達のノアってもんです。」
「あら、ごめんなさい。私…マリンといいます。」
 マリンは、今まで、視界にルカしか入っていなかった。ノアの存在に気付いて、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「へえ…。ルカ、どういう…?」
 ノアは、ルカを肘で小突いた。
「あ、あの、ルカさんは私を悪い人たちから助けてくれたんです。それが縁で、知り合いのギムレットさんの所に仕事の紹介を…。」
「なるほどね。ルカってばそういうことぜってー言わねーからなー。」
「なあ、折り入って話がある。」
 突然、ルカはマリンに真面目な顔で言った。
「え?何でしょう…?」
「ノア。悪いが、話が終わるまで、カウンターで飲んでてくれ。俺はマリンと、奥の席で話があるからな。」
と言って、ルカはマリンに奥の席へ行くよう示した。
「ほいほーい、分かったぜ。」
 ノアは意味ありげな笑いを浮かべて、ルカに目配せして、カウンター席についた。
 ルカは、壁の方にマリンを座らせて、自分はマリンの向かい側に座った。カウンターからは、マリンの顔しか見えない。ルカは後ろ姿だ。
「お前、ここで接客してるんだろ。どうやってるんだ?」
「どうやってるって…。そうね、やっぱり笑顔ね。」
 マリンはにっこり笑ってみせた。
「…自然だな。」
 そう言って、ルカは腕を組んで、悩むように下を向いた。
「どうしたの?何か悩み事でもあるの?仕事のこと?」
「ああ。技術的なことは、覚えればどうにかなるが、客の相手をするのがどうもニガテでな…。」
「そんなに大変なの?うーん…、あのガレージで、そこまで接客にこだわることってないような気がするけど…。」
「面倒でないオッサンとか男どもは別にいいが、面倒な女の客がな…。いちいち、色んなことを聞いてきたり、仕事にカンケーねえ話とか、とにかくうざくてしょうがねえ。といって、叩き出すわけにもいかねえし…。」
「そういうこと。ルカさんて、女の人に人気があるのに、相手をするのがニガテなのね。」
「てっ、てめえだってどうなんだよ。こんなトコ、酔っ払いオヤジとか来るんだろ。」
「こんなトコ、なんて失礼ね。あんまり酷い酔っ払いの方は、お断りしてるわ。ここは、安心して楽しく飲める店って評判なんだから。…でも、そうね、ときには、嫌な態度をとる人が来ることもあるわ。人のお尻を触ったり、いやらしいことを言ってきたり…。あんまり酷いときは、ピアノ弾いてるジンジャーさんや、店長のブランデーさんに助けてもらってるわ。」
「なんでそんな嫌なことされても、ここで働いてんだよ。」
「どうしてそこまでルカさんに言わなきゃいけないの。ルカさん、自分の悩みを相談したいんじゃなかったの?」
 思わずかっとなったルカは、マリンに冷静に言われて、はっと我に返った。
「いや…つい…。マリンが、嫌なことをされてる姿を考えたら、腹が立ってな。」
「まあ…ルカさん…。」
 マリンは、ルカが自分のためにそこまで怒ってくれたと思うと嬉しかった。
「ルカさんは、正直な人なのね。だから、お客さんに対しても、自分の気持ちに正直に、対応してしまうのね。でも、大丈夫。焦らないで。仕事が分かってくれば、だんだん、接客にも慣れてくると思うわ。私も最初は、そんな感じだったから。慣れよ、慣れ。」
「慣れ…か。」
 ルカの暗かった表情に、少し明るい光が差したようだった。
「お前に話してなんかスッキリしたぜ。そうだな、悩んだって仕方がねえ。慣れるしかねえんだもんな、何事も。近道なんかねえんだ。」
「そうね。」
「…しかしな、俺のことはそれでいいとして。やっぱり、マリンが、酔っ払いヤローなんかに嫌な思いをさせられてるのは、許せねえ。」
「許せない、だなんて…。」
 そこへ、ちょうど酔った男がやって来た。
「おい!おめえ!見たことねえヤローだな。何マリンちゃんを独り占めしてんだあ?俺にもお酌させろォ!」
 男は、突然マリンの座っているソファに転がって、マリンの膝に頭をのせてきた。
「きゃ!」
「てめえ!!」
 怒ったルカが、男をマリンから引き剥がし、頬を拳で殴った。その衝撃で、男はソファに叩き付けられた。男は気絶した。
「だ…大丈夫ですか!?」
 マリンは、倒れた男に声をかけた。
「軽く殴っただけだ。すぐに目を覚ますさ。」
「ルカさん。この人はただ酔っ払ってただけですよ。なのに、殴るなんて…。」
 非難するように、マリンはルカを見た。
「おまえ、嫌がってただろ。だから…。」
「何でも暴力で解決するなんてよくないです。」
「そんなに酔っ払いが好きなら、好きなだけ相手にしてろ!」
 ルカはそう言い捨てて、店を出て行った。そのあとを、ノアが慌てて追いかけて行った。
 後には、泣いているマリンが残された。
「いいんすか!?あれじゃ、マリンさんがかわいそうですよ!」
 ノアがルカに言った。
「うるせえ!」
 ルカは、エアライドをガンガン飛ばして、さっきのことを振り払おうとするかのように、物凄いスピードで、走った。
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