第19話「古物屋グリフィン」

文字数 3,809文字

 エンジニアのヴィットに呼び出され、フィンとウォッカはゼータ・エリアにあるヴィットの工房に向かった。
 二人はエアライドに乗りながら話をしていた。
「そういえば、テキーラがお前を雇いたがってたなあ。」
「え?そうなの?」
「店員が足りないらしい。」
「そうなんだ。それじゃあお手伝いに行こうかなあ。」
「手伝いじゃない。店員としてお前を雇うって話。つまり、金がもらえるってことだ。」
「ゴーレムで給料をもらってるのに?」
「テキーラの店はなんだかんだで繁盛している。その売り上げからもらえるんだから、悪い話じゃない。俺も近々、自分の店をやりたいと思っててな。古物屋なんだが。」
「え?そうなの!」
「ああ。イプシロン・エリアに空き店舗があってな。元は古物屋で、看板もそのままで、中にも商品の古物がそのまま残ってるんだ。店の主人が急死したとかで、急遽、知り合いだったキールがそこをタダ同然で買い取って、店を潰すのももったいないから、俺がその店を引き継ぐことになったんだ。」
「ゴーレムの仕事は大丈夫なの?」
「なあに、趣味の範囲で出来るくらい、客はほとんど来ないそうだ。」
 フィンは笑って言った。
「退屈しのぎに良さそうだと思ってな。」
「へえ、いいじゃない。今度そのお店に連れてってよ。」
「ああ、いいぜ。ヴィットの弟子が店のリフォームを手伝ってくれて、もうすぐ出来るんだ。」
「弟子?」
「…まあ、そのうち会えるだろうが…。」
 そして、ヴィットの工房に到着した。
「おお、来たな。今日はメンテの日だ。お前のな。」
 ヴィットが言った。
「そういや、俺はサイバーだったな。」
「それと、エアライドや武器の方も見てやろう。おおい!ギムレット!!」
 ガレージに響く大声でヴィットは叫んだ。
 すると、大きなキカイの下から、レンチを持ったガタイのいい男が現れた。
「ああ?」
 男は筋肉質で、よく日に焼けて、背が高かった。黒い髪をリーゼントにしていて、黒いジャンプスーツを着て、頭にはゴーグルをつけていた。この男がギムレットだった。
 ギムレットは、こちらを見ると、突然、持っていたレンチを投げ捨て、こっちを見たまま、何かに取り憑かれたようにやって来た。
「ギムレット。今からフィンのメンテだから、お前はこいつらのエアライドと武器を見てやってくれ。」
 ギムレットは、ぼーっとウォッカの方を見ている。
「あの、初めまして。ウォッカです。フィンの相棒の…。」
「ウォッカ…なんていい名前だ。俺はギムレット。」
 ギムレットはじっとウォッカを見続けていた。
「よ、よろしくお願いします。」
 ウォッカは、ギムレットの熱視線にとまどった。
「じゃあ、俺とフィンはメンテ室に行ってくる。あとは頼むぞ。」
 そう言って、フィンとヴィットは行ってしまった。
 二人の後ろ姿にちらと目をやり、再びギムレットはウォッカを見つめた。
「…あいつが相棒だって?あんなちんちくりん、頼りねーぜ。俺もな、エンジニアやりながらゴーレムの一員なのよ。だが今は相棒がいなくてさあ~~。な、ウォッカ。俺と組んだ方が楽しいぜ!」
「ちょっとあんた!フィンをなめてんの!?フィンはねえ、あんたなんかよりずっと、強いんだから!」
 ウォッカは怒って、ギムレットをキッ、と睨み付けた。その剣幕に圧倒され、ギムレットは苦笑いした。
「冗談冗談。しかしウォッカ、俺はオメーに一目でホレたぜ。」
「な!」
 ウォッカは真っ赤になった。
「しかしオメーはフィンを心底ホレ抜いてるんだな。悔しーが、仕方ねエ。認めたくねエが、認めるぜ。フィンのことをちんちくりんなんて言って悪かった。しかしよお、こんなかわいい娘が来るなんて聞いてねえぞ。今日はツイてるぜ!」
 ギムレットは何でもあけっぴろげに言うので、ウォッカはうろたえた。
「べ、別にあたしは…。」
「さてと。エアライドと武器ね。ウォッカ。オメーの戦闘スタイルは?」
「あたしは拳で殴ったり、足で蹴ったり。」
「なるほどね。武器は一つだけじゃなく、複数あるといいぜ。来な。」
 ギムレットとウォッカは武器庫に入った。
「…要は、戦闘スタイルに合った武器だな。パンチの威力を高めたいなら、グローブとか、ナックルダスターとか。蹴り技なら、エアブレードの仕込みタイプ。つま先に毒薬とか、飛び道具を仕込む。防御型ってのもある。サイバーで盾を作って、攻撃を跳ね返すようプログラムする。そのときには、サイバーヘッドギアを付けて戦うことになる。物があればカンタンだが、その場でサイバー物質にプログラムするのは大変だからな。サイバーヘッドギアは、脳イメージを瞬時にサイバー物質に変換出来る。それから…。」
「待って、話についていけないわ。難しくて…。あたしは素手でも戦えるし、今のグローブを気に入ってるわ。」
「なら、今使ってるグローブとエアブレードの強化だな。」
 武器庫を出て、元居た場所に戻ると、ギムレットはエアライドの点検と、フィンとウォッカの武器とエアブレードの点検、強化をしてくれた。仕事が早かった。
「やるじゃない。最初、あんたのことうさんくさいって思っちゃったけど、さすがはヴィットさんの弟子ね。」
「へへん。ホレたか?」
「バカ!そういうこと言うからあんたはダメなのよ!」
 そこへ、フィンとヴィットが戻って来た。
「お、少しの間に随分と仲良くなったみたいだな。」
 フィンが笑って言った。
「別にそういうんじゃないわよ。」
 ウォッカは頬を膨らませた。
「ヴィット、ギムレット。ありがとう。じゃ、用は済んだし、帰るか。」
 そう言って、フィンとウォッカが行こうとすると、ギムレットがついて来た。
「おめーら、相棒ってことは…宿舎の部屋が同じなんだろ?」
 ギムレットは、フィンを睨んだ。
「それがどうした。」
「フィン。おめー、そんな涼しい顔して、こんなかわいい娘といちゃついてんじゃねーか!ちくしょう!羨ましいぜ!」
「バカ!いちゃついてなんていないわよ!!」
 顔を真っ赤にして、ウォッカが言った。
「なあ、フィン。あの店が出来上がったら、あそこに住まわしてくんねーかな。そうすりゃ、毎日ウォッカちゃんに会えるだろ。」
「2階が開いてたな。別にいいぜ。」
「やったぜ!これから俺もイプシロンエリアの仲間だ!」
「ちょっと!…職場が遠くなるんじゃないの?イプシロンからゼータまで結構あるでしょ。」
「別にちょっとくれえ遠くたって構いやしねーよ。ウォッカちゃんの顔を見れるんならさ。」
「あんたねー…。」
 それから数日経って、フィンの古物屋「グリフィン」のリフォームが終わり、開店となった。
 出来上がった店は、元の古物屋の看板はそのままに、中は綺麗になって、店内に残っていた古物が元通りに棚に飾ってあった。
「グリフィン、だって。まるでフィンのためにあるような看板じゃない?」
「そうだな。グリフィン…神話に出てくるキメラ…。俺も今じゃサイバーだし、キメラみたいなものかもな。」
「ここって宿舎から近いし、あたしが店番してもいいわよ?」
「それは大歓迎!ついでに2階に住んでる俺を朝起こしに来てくれ。」
 ギムレットが言った。
「え!?あんたここに住むの?」
「ああ。よろしくな!」
 ギムレットはウォッカに向かってウインクしてみせた。
「ちょっとどういうこと!?なんでフィンの店にこいつが住むのよ?」
「その方が防犯上も安心だろう。」
 フィンは笑った。
「じゃあ、店番の話はなし!」
「えーなんでエ?朝からウォッカちゃんの顔を見たかったのに。」
「あたしはいやよ。なんで朝からあんたの目覚ましにならなきゃいけないのよ!冗談じゃないわ!」
 ウォッカはむくれた。
「まあ…、朝は俺が起こしてやるよ。そんで9時頃にでもウォッカが来てくれればいい。その時間はギムレットはゼータの工房だろう。」
「ケッ!野郎が起こすのかよ…。って!おめーら、二人きりだからって、店でいちゃつくんじゃねーぞ!許さんからな!」
「ちょっと!あたしは店番するのよ。って、あんた何考えてんのよ!…そんなことばっかりね。」
 ウォッカは呆れた顔で、軽蔑するような目をギムレットに向けた。
「…そういえばさ、あんたも一応ゴーレム団員なんでしょ?どこのエリアを担当してるの?」
「俺はあくまで、ゴーレムのエンジニアなんだ。お前らは、ゴーレムの戦士、ってとこだな。俺は戦闘員のためにものを作って提供する役目。特定の担当エリアってのはないが、何かあればどこにでも助っ人に行くぜ。」
「そうなんだ。」
「さて…と。俺はそろそろ行くぜ。名残惜しいが、またな、ウォッカちゃん!」
 ギムレットは、投げキッスをして、エアライドを走らせていった。
「あー、やだやだ。」
 ウォッカは投げられたキスを払い落とすように、体中を手で払った。
「あいつ、いい奴だろ。」
「どこが?」
「まあ、軽そうな奴だが仕事はきちんとこなすし、根は真面目なんだ。」
「…どうかしらね?」
 ウォッカはどうしても、ギムレットにウインクされたり、投げキッスされたりすると、寒気がしてしまうのだった。その点、何もしてこないフィンには安心感を覚えると同時に、物足りなさがあった。
「ねえ、フィン…。」
「あ?」
 ウォッカは、上目遣いでフィンを見つめてみたが、自分で恥ずかしくなって、顔を背けた。
「な、何でもない。」
「おかしな奴だな。」
 フィンは不思議そうに首を傾げて、ホコリとりを手に持ち、古物の点検を始めた。
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