第22話「芽生え」

文字数 2,483文字

 BOXで呼び出され、ルカは昼前に、エアライドで「RED CAT」へとやって来た。
 入り口で、マリンが待っていた。
「あ、ルカさん。来てくれたんですね。」
「何だ?用事って…。」
「ルカさん、仕事探してたでしょう?それで、気に入るかどうか分からないけど、職場見学を、って思って。ゼータ・エリアって知ってるでしょ。」
「ああ。エンジニアの街、って呼ばれてるトコだな。」
「そこに知り合いがいるの。もしかしたら、何か仕事を紹介してくれるかもしれないわ。もう、先方に連絡してあるから。それじゃ、行きましょうか。」
 マリンは自分のエアライドに乗り、先導するように走っていった。
「おい、待て。」
 ルカは無意識にスピードを上げて、マリンを追い越してしまった。
「ちょっと!ルカさん!レースしてるんじゃないんだから。私の後について来てもらわないと。」
 途中で気が付いて、ルカはエアライドをとめ、バツが悪そうにしていた。
「わりい。つい、な…。」
 マリンは安全運転だったので、ルカはマリンの後を走りながら、イライラしていた。
「おめー、もう少し速く走れねえのか?」
「あんまり速く走ると危ないです。事故にあったら大変ですよ。」
「…ったく…。」
 しかしルカには、こうして走るのは、新鮮だった。いつも、むさくるしい野郎どもと一緒に走っているから、こんな、清純な美しい女性と走るのは、少々照れ臭かった。

 程なく、ゼータ・エリアに入った。
 1軒のガレージへ来ると、マリンはエアライドをとめた。ルカも隣にエアライドをとめた。
「ギムレットさん、いますか?」
 何度か、ガレージの奥へ向かって呼びかけると、中から、ひょこっと、リスのように可愛らしい顔をした少年が出てきた。
「あっ、マリンさん。ちょっと待ってて下さいね。今、アニキが来ますから。」
「アニキ?」
 ルカが眉をひそめた。
「あ、ルカさんですね。話は聞いてます。マリンさんを悪党から助けたって。僕はリッキーといいます。よろしく。」
「ああ…。」
 ルカはリッキーを見て、仲間のシドと同じくらいの歳かと考えた。
 リッキーは、クルクルとした巻き毛の栗色の髪で、肌は白く、薄茶のまるい目をしていた。油などで汚れた繋ぎの服を着て、首にはタオルを巻いて、黒いエンジニアブーツを履いていた。
「や、待たせたな。」
 ギムレットが現れた。てかてかの黒髪リーゼントに、赤いジャンプスーツという出で立ちで。
「マリンちゃん。俺に会いたくて、わざわざここまで来てくれたんだろう?」
「あの…前に話しておいたと思いますけど、この方がルカさんです。仕事を探しているんです。」
「ああ…、ルカ。俺はギムレット。見ての通り、エンジニアだ。」
 ギムレットは、マリンに対する態度とは180度打って変わり、ぶっきらぼうに言った。
「ルカさん、エアライドをよく操作するって言うし、エンジニアの仕事はどうかしらね。」
「そうだな…。俺の仲間にも、独学でエンジニアみたいな仕事のうまい奴がいるんだ。そいつにも紹介していいか?」
「まあ、いいぜ。俺は忙しいからな。人手は多くて損はねえ。」
「ロー・エリアにはあまり仕事がないそうだけど…。ルカさんの友達も、仕事を探してるの?」
「ん…、まあ…な。」
 ルカは言葉を濁した。他の仲間とする仕事の話と言えば、暴走族として、金品を盗む実行計画を立てることだ、などとは言えるはずがない。
「おめー、仕事がねえってそれじゃどうやって生活してんだ?母ちゃんに養ってもらってんのか?」
「母親も父親もいない。」
「それじゃますますフシギだぜ。」
 ギムレットは、怪しむような口ぶりで言った。
「ギムレットさん。何か事情があるんでしょう。それ以上詮索しないで。」
「なんかマリンちゃん、やけにこいつに優しいなあ…。」
「だ…だって命の恩人だし…。」
「恩人?そんなたいそうなもんじゃねえよ。」
 マリンとルカは一瞬目が合って、すぐにお互いに目を逸らして、照れ合っていた。
 その様子を見て、ギムレットは面白くなかった。
「…とにかく、最初は見習いってことで。明日からビシバシしごくから覚悟しろ。」
「望むところだ。」
 ルカはギムレットを見て、にやりと笑った。

 ルカとマリンが帰ったあと、ギムレットは悔しそうに言った。
「なーんか、すげえ負けた感じがすんぜ。ちくしょう。」
「何が負けたんですか?」
とリッキー。
「認めねー。俺は認めねえぞ!」
「あー…。ルカさんて、カッコイイですよね。マリンさんが、悪党から救われて、一目惚れしてもおかしくないですよ。」
「俺だって!俺だって!」
「アニキは…ちょっと暑苦しいというか…。」
 リッキーは苦笑していた。

「今日はありがとよ。こんなカンタンに仕事が見つかるなんて、あんたのおかげだ。」
 ルカは照れくさそうに笑って言った。
「本当に、良かったです。少しでも恩返しが出来て嬉しい。」
「…あのなア、言っておくが俺は恩人なんて呼ばれるような、良い人間なんかじゃないんだ。ギムレットって奴が怪しんでただろ?それが正しい反応だ。あんたは、人が良すぎる。1回くらい助けてもらったからって、そいつがどんな奴か確かめもしないで、親切にするなんてな…。」
「でも、私はこれでも、人を見る目は確かですよ。バーで働いてますから。いろんなお客さんを相手にしてるんです。嫌だと思うようなことを言ってきたりしてきたりする人をうまくかわす方法とか。」
「そうだったな。バーで働いてるんだったな。『RED CAT』だっけ。」
「はい。また来て下さい。いつでも待ってますから…。」
 「RED CAT」に到着した。もう夕方になっていた。マリンは、ルカに寄って行くことを勧めたが、ルカは断って、そのままロー・エリアへ帰っていった。その後ろ姿を、マリンは名残惜しそうに見送った。
 ルカは、エアライドを走らせながら、バーで働いているマリンのことを考えていた。ギムレットのような、ぎらぎらした男たちを相手に、笑顔で接客するマリンの姿を想像すると、怒りが込み上げてきた。ルカは、仲間想いの性格だが、その気持ちと似ているような、複雑な気持ちだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み