第7話「ゴーレム(2)」

文字数 3,362文字

 部屋に入ると、フィンが料理をしていた。
 そして、二人分のパスタが出来上がり、二人はカウンターの席に座った。
「おいしい!フィンにこんな才能があったなんてね。」
「袋に書いてある通りに作ったんだが、いけるな。」
「ねえ、フィンにあんなに仲間がいたなんて、ちょっと意外。」
「あんなにって…。ああ、そうか。

のか…。」
「みたっていっても、細かいいきさつまでは分からないわよ。どうせフィンは何も話さないだろうし、テキーラさんとかアリスちゃんに聞いてみるから。」
「…もう何百年も昔のことだ。あいつらに会ったのは。途中まで、一緒に旅をしていた。」
「どうして、別れたの?」
「…俺には、使命があったからな。」
 それ以上は、フィンは何も言わなかった。
「ふーん。で、その後にあたしに会ったってわけだ。」
「そうだ。」
 フィンは、食べ終わった皿を片付けて、水道水で丁寧に洗った。
「…あたしが洗えばよかったね。気付かなくてごめん。」
「いや…。」
「ううん。あたしだけ、何もできないんじゃやっぱりだめだよね。でも、どうしたらいいのか…。」
「そんなことは気にしなくていい。むしろ、こういうのが楽しいんだ。神官だった頃を思い出してな。」
「神官か…。神官って、色々厳しそうね。」
「そうでもない。決まりさえ守っていれば、別に困ることはなかったな。」
「フィンって、真面目なんだね。あたし、決まり事とかルールとか、何かに縛られるのが嫌いだから。」
「けど、戦士だって、規則とかがあったんじゃないか?」
「そうだけど、今のあたしは、戦士だった頃とはほとんど別人みたい。記憶を失ったことで、性格も変わったのかもね。」
「まあ、それが本来のお前なのかもしれないな。戦士という使命から解放されて…。」
「じゃあ、フィンが使命から解放されたら?」
「俺はつまらない奴さ。」
「そうかなあ…?」
「もういいだろ。さっさと風呂に入って寝ろよ。俺は明日から訓練だ。お前はしばらく、休みだろう。その間に、テキーラたちに会うといい。」
「そういえばそうね。同じバンパイアだものね。何か聞けるかも。」

 次の日。フィンはゴーレムの訓練所へ行き、ウォッカは居住区を散歩していた。
 テキーラやアリスが行った方、店スペースの方へ行ってみると、同じような金属製の四角い建物が並んでおり、それぞれの建物の上部に電子看板があって、「食料」「服」「生活道具」などと表示されていた。中へ入って見ると、売り物そのものはなく、商品の画像の映し出されたパネルが並んでいて、それに手をかざすと、購入が決定され、のちに自室へ配送されるという仕組みになっていた。さらに、BOXを使う事でも、わざわざ店に行かなくても購入することが出来る。しかし、店でしかできないこととして、配送ではなく、持ち帰りを選ぶことも出来るようになっていた。服を売っている店では、BOX購入では試着ができないが、店でなら試着することが出来た。
 ウォッカは一通り店を眺めたあと、一番手前にあった「RED CAT」と書かれた電子看板の店に入った。
 中に入ると、内装が外装と全く違っていて、前世紀風、という感じがした。前世紀、といっても、ウォッカにとってはそれでも新しいのだが、20世紀的な雰囲気があった。
「あら、ウォッカじゃないか。」
 店の奥から声を掛けてきたのは、テキーラだった。赤くてカールした長い髪が印象的な美しい女性だ。
「テキーラさん。もしかして、この店の人ですか?」
「そうだよ。RED CATって看板があっただろ。ここは昼はカフェ、夜はバーなんだ。ゆっくりしていきな。」
「レッド・キャット…。もしかして、テキーラさんも猫に?」
「え?あんたも猫に変身するのかい!」
 一気に二人の距離が縮まった。
 話をしていると、奥から、長身で髪の黒い、美形の青年が出て来た。
「…もしかして…、お前がウォッカか?」
「はい。」
 青年は、見かけがフィンより年上に見えた。二十代後半くらい。テキーラもそのくらいに見える。
「俺は、ジンジャー。テキーラが店主で、俺は店員として、ここで働いている。これからよろしくな。」
 ジンジャーは真面目で、誠実そうな感じだった。
「もう知っているかもしれないが、俺たちは、バンパイアなんだ。キールに拾われて、ゴーレムになった。それでまさかここで、フィンと再会するとはな。…いや、俺はまだ会っていないんだが…。」
「フィンは今、サイバーとしての訓練をしている所よ。戻ってくるのは夕方くらいになるのかな。」
「サイバー?フィンが?」
「それがどうかしたの?」
「いや…。」
 ジンジャーは、顎に人差し指を当て、何かを考えている様子だった。その指も綺麗な形をしていた。
「そうだ、アリスちゃんは?」
「アリスは部屋にいるはずだ。…一緒に部屋まで行くか?ブランデーも紹介したいし。…テキーラ、いいだろう?」
「いいよ。お客さんもそんなに来ないだろうし。」
「じゃあ、行こうか。」
 ジンジャーについていくと、居住区の北東側、ちょうどウォッカたちの部屋からまっすぐ進んだ突き当りの所に、ジンジャーたちの部屋があった。ここは、テキーラ、ジンジャー、ブランデー、アリスの四人が暮らす部屋で、二階に分かれていた。一階は皆が使うスペースになっていて、二階はそれぞれの個室になっていた。
 よく見ると、ウォッカの部屋からまっすぐ行けば、テキーラたちの部屋があり、さらに進めば、「RED CAT」があって、それぞれ一直線に並んでいた。
「これなら、行き来がしやすいわね。」
「さあ、着いたよ。中へどうぞ。」
 ジンジャーに言われ、中へ入ると、広いリビングで、一人の男とアリスがくつろいでいた。
「あ!昨日の!」
 アリスが駆け寄ってきた。
「お父さん。昨日あたしが言ったウォッカだよ!」
「君がウォッカか。僕はブランデー。アリスの父親なんだ。よろしく。」
 ブランデーは柔らかな微笑みを浮かべた、穏やかそうな青年だった。
「よろしく。まさか、いっぺんにこんなに仲間と出会えるなんて…!」
「俺も嬉しいよ。」
 ジンジャーが笑った。
「ジンジャー。もう、あのオカリナを吹く必要はなさそうだね。」
 ブランデーも笑って言った。
「オカリナ?」
 ウォッカが聞き返した。
「これさ。」
 ジンジャーが、ポケットから小さなオカリナを取り出した。
「これは、バンパイアにしか聞こえない音を出すんだ。これで、仲間を探してたんだが、こいつらと出会った後は、全く誰とも出会わなかった。」
「それどころか、今は逆にそれを吹くとまずいかもしれないね。」
「どういうこと?」
 ウォッカがブランデーに聞いた。
「今では、バンパイアはどこにでもいる。僕らのように、ゴーレムで活動しているバンパイアは特別なんだ。というより、僕らの正体は、キールや、限られた者しか知らないんだ。」
「そうなの?どうして…。」
「ゴーレムは魔物と戦っているが、今特に警戒しているのが、バンパイアなんだ。皮肉なことにね。」
「…まあ、今はそれくらいでいいだろう。あとで、キールか誰かが説明すると思う。ここにいるってことは、ウォッカも、ゴーレム団員になったんだろう?」
「うん。戦闘員よ。」
「そうか。俺とテキーラも戦闘員なんだ。二人でバディを組んでる。ブランデーは情報員、アリスはその助手ってことになってるんだ。」
「まあ、アリスは子供だからね。」
 ブランデーが付け足した。
「失礼ね!あたしは子供じゃないわ!何百年も生きてるんだから!」
 アリスは頬を膨らませた。
「ああ、いいなあ。ウォッカがうらやましい。フィンと一緒なんて。」
「…フィンが好きなの?」
 ウォッカが聞いた。
「大好き!でも、フィンは…。」
 そこまで言って、アリスはにこっと笑ってウォッカを見上げた。
「でもいいの。片思いでも。だって、どう考えても、あたしとフィンじゃ、釣り合わないもの。」
 外見と精神の乖離。ウォッカは、安易に質問したことを後悔した。
 アリスは、外見は小さな子供でも、中身はウォッカと変わりなかった。
「…気にしないで。あたし、子供扱いは慣れてるから。ね、ウォッカ。これからはあたしたち、友達よ。」
 ウォッカの気持ちを察したように、アリスは優しく微笑んだ。
 よほど、自分の方が子供だと、ウォッカは思った。
「ありがとう。アリス。」
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