第20話「ブルー・ドルフィン」

文字数 2,385文字

 最貧地区、ロー・エリア。ここには、多くの孤児や浮浪者たちがいた。
 川のそばに、木の板や襤褸布で作られた粗末な小屋(バラック)が連なっている。
 そこで孤児仲間と共に暮らしている少年がいた。名はルカ。19歳。
 ルカは、仲間と共に、「ブルー・ドルフィン」という暴走族を結成して、毎日改造エアライドをぶっ飛ばして、パラダイス周辺の港町まで繰り出して強盗を繰り返していた。そうして得た金品を自分たちで分け、余ったものは他の浮浪児たちや浮浪者に与えていた。
 彼は今日も、仲間たちと盗みの相談をしていた。
「今日はシータ・エリアにするか。しばらく行ってねえから、奴らも油断してるさ。」
 そして、ルカを先頭に、ノア、シド、ラークの4人「ブルー・ドルフィン」は、改造エアライドに乗り、かなりのスピードで走り出した。
 シータ・エリアへ入り、商店の集う港町へ。派手に改造エアライドで店の周りを回って、破壊の限りを尽くすと、そこら中に散らばった品物を乱暴に袋につめて、すばやく走り去った。後には店主や店員の叫びと悲鳴が響くばかりだった。
 逃走した4人は悠然とロー・エリアへ戻ったが、そこで待っていたのはゴーレムのジュレップとシェリーだった。ジュレップは背がすらりと高い美青年で、シェリーは肌が褐色で、ストレートの長い金髪をした美女だった。その二人が立っていると、まるで映画のワンシーンといった佇まいだった。
「おい、お前ら。逃げおおせると思ってんのか。」
 ジュレップがあざけるように言った。その横でシェリーは、細いが引き締まった腕を組んですっと立っていた。
「ち…。」
 ルカは舌打ちした。
「なあ、なあ、見逃してくれよー。ちっとばかしハラが減って、食べもんをちょっともらってきただけなんだからさ。それくらいいいじゃねエか。」
 ラークが手を合わせて頼んだ。
「フザけるな!」
 シェリーが怒鳴った。
「それを許していたら、町が滅茶苦茶になっちまうだろ。取ったものを返しな。」
 だが、ルカの合図で、4人は一斉に、ゴーレム二人をエアライドで飛び越えて、逃げ出した。
「そうはさせねえ。」
 その後を、ジュレップとシェリーがエアライドで追う。
 ルカを除く3人にすぐに追いつくと、ジュレップは手にしていた金属バットで、3人の改造エアライドを叩き壊した。3人は道路に投げ出された。怪我はない。ただ、改造エアライドはポンコツになってしまった。
「残るはあいつだ。」
 ルカは後ろを振り返り、3人の様子を見ると、引き返してきた。だが今度は、ジュレップたちをひき倒す勢いで、スピードを上げて走ってきた。しかし、直前でジュレップとシェリーが二手に分かれ、ルカを挟みこむ形になると、シェリーは網を投げて、ルカを捕らえた。
 ジュレップは、網に囚われたルカを横目でちらりと見て笑みを浮かべ、ルカの改造エアライドに近付いた。
「やめろ!」
 ジュレップは、上げた足をわざと戻してから、哀れむようにルカを見つめ、突然、ルカの改造エアライドをサイバー強化させた足で蹴り、その衝撃で、エアライドは真っ二つになった。それをルカは、あっけにとられて見ていたが、悔しそうに唇を噛んだ。ジュレップは、さらにバットでエアライドを滅茶苦茶にした。
「ひでえ…!」
 ルカの仲間たちも、悔しそうにしていた。ノアの弟で、一番年下のシドは、泣いていた。
「盗んだ罰だ。さ、盗んだものを返してもらおうか。」
 シェリーは、4人から奪い取るようにして、食料や金を押収した。
「いつも言ってるだろ。金や食べ物が欲しいなら、まともに働けって。それが何で出来ない。」
「仕事?ロー・エリアにまともな仕事があるってんなら、紹介してほしいぜ。」
 ノアが言った。
 ロー・エリアにまともと言える仕事はほとんどなかった。しかし、闇の仕事ならいくらでもある。麻薬栽培、売買、取引、それに、人身売買、売春…そのほとんどが裏ルートでパラダイスの金持ちたちと繋がっていた。
 「ブルー・ドルフィン」はあくまで闇商売に手は出さず、孤児である自分たちで協力して生きていこうとしていた。自力でなら、盗みが例え悪いことであっても、人間性を売るよりマシだと思っていた。
「お前らの言い分は分からなくもねえぜ。だが、これも俺の、ゴーレムの仕事だからな。悪く思うな。」
「ジュレップ。こいつらのことなんか分かる必要もないよ。」
「シェリー。お前はなんにも知らねえのさ。」
「ああ!?」
 盗品を押収し、ロー・エリアへ4人を釈放した後、シェリーはジュレップに詰め寄った。
「あたしが何を知らないっていうのさ。」
「お前は元々、パラダイスのお嬢様育ちだ。だから、俺みてえな貧乏な子供のことなんか、分からねーのさ。」
「そりゃ、そうかもしれないが…。でも、人様のものを盗むのはよくないって、基本だろ。」
「しかしな、そうするしか生きる道がねえって奴もいるのさ。あんなガキ共を、一体どんな雇用主が欲しがると思う…?」
「……。」
 シェリーは、ジュレップが子供の頃、パラダイスの色街で育ったことを知っていた。
「…じゃあ、あいつらはどうすれば…。」
「そこまで俺たちが考えることじゃねえ。奴ら次第さ。」
「でも…確かにジュレップ、あんたの言う通り、ここにまともな仕事はないし、かと言って闇に手を出すことになったら、それこそあたしたちにとっても困ることになるだろ。なんとか更生する方法はないか…。」
「本当にお前は、優しいな…。」
 ジュレップは、目を細めて、シェリーの頭を優しく撫でた。
「やめろよ!何すんだよ!」
「はははは。お前、そうやってワルぶってるが、俺は知ってるんだぜ…お前は…。」
「やめろ!過去のことなんか!」
 シェリーは、尖ったハイヒールでジュレップの足を思い切り踏み付けた。
「いてえ!」
「フン。」
 冷たい視線。しかしシェリーは、小さくクスっと笑っていた。
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