第25話「知りたい気持ち」
文字数 3,728文字
「おい、ノア。ルカはどうした?」
翌日、ルカが出勤していなかったので、ギムレットがノアに聞いた。
「ちょっと…あの、二日酔いで…。」
「ああ。そういや昨日、『RED CAT』に行ったんだってな。ブランデーに聞いたぜ。何かもめ事があったとか…。」
「いやあ、俺にはよく分からんです。」
朝、ノアはいつものように、ルカを呼びに行ったが、ルカのバラックはもぬけの殻で、エアライドもなかった。昨夜は、一緒に帰って来て、各々のバラックに帰ったのを確認している。ルカは、出勤せずに、エアライドでどこかへ行ったのだ。
「無断欠勤とは、いい根性してやがる。」
ギムレットは怒っていた。
その頃ルカは、「RED CAT」の前に来ていた。店は夜からなので、閉まっていた。かと言って、BOXでマリンを呼び出す気にもなれなかった。その辺でウロウロしていると、そこを通りかかった者がいた。
「どうした?店は夜からだぞ。」
そう声を掛けた男は、銀髪に緑の目をしていた。彼の乗っているエアライドに取り付けられた荷台の籠の中には、一匹のクリーム色の猫が入っていた。猫は手を籠のふちにちょこんとのせて、人のように、じっとルカを見ていた。
「…もしかして、ここのゴーレムの奴か?」
「ああ。このイプシロン・エリアを守ってる、フィンてもんだ。店に用でもあるのかい。」
「安心しろ。別に盗みとかしに来たんじゃねえ。」
「じゃ、何だ。」
フィンという男は、無表情で、何を考えているのか分からなかった。
「いや…、昨日ちょっとな…。もめ事を起こしちまって…。」
「もめ事?別にこっちには何の連絡も入ってねえが…。」
「そうか。なら、大したことはなかったんだろう。」
「もしかして、あんたがルカって奴か?」
「なんで知ってるんだ。」
「ここの従業員たちと知り合いでさ。マリンを助けたんだろ。」
「ああ、それでか。…マリンとも知り合いなんだな。」
「ああ。俺もたまにここに飲みに来る。」
「そうか…。」
急にルカは、自分がマリンにとって、知り合いの一人でしかないことに思い至って、熱くなっていた心が冷えていくのを感じた。さっきまで、昨日のことを謝りたいと必死な気持ちだったが、マリンにとっては、さほどの出来事でもないかもしれない。
「どうかしたのか?」
フィンが聞いた。
「いや…。俺がどうかしていた。帰るぜ。」
ルカは、ロー・エリアのバラックへ戻って行った。
一方、ギムレットのガレージでは…。
「アニキ!今、マリンさんが…。」
リッキーが、ギムレットを呼びに来た。
「なに?マリンちゃんが俺に会いに?」
「いえ、ルカさんはいるかと…。」
「なに!?ルカはイルカだって!?シャレか!」
ギムレットはセルフツッコミを独りでしゃべりながら、事務室から出てガレージに入った。
入り口で、マリンが立っていて、ギムレットを見ると頭を下げた。
「…あの、ルカさんいますか?」
「あのヤロー、無断欠勤しやがった!」
「そうですか…。やっぱり、昨日のことで…。」
「ん?昨日どうかしたのか?」
「昨日、酔っ払った男の人が、私の方に倒れ込んできて…、それをルカさんが殴ったんです。その人は気絶しましたけど、しばらくして目が覚めて、何ともありませんでした。でも、ルカさんは私の言葉で、気を悪くしてしまったみたいで…。なんだか、ケンカ別れのようになってしまったのが気がかりだったのですが…。」
「そんなことがあったのか…。だとしても、いつまでもウジウジ引きずって、仕事まで休むなんざ、男じゃねえな。ダメ男だ。」
「あの、ノアさんはいますか?私、どうしても心配で。かと言って、BOXで呼び出したところで、出ないような気もするし…。直接、ルカさんと話したいんです。」
ノアが出て来た。
「俺が呼んでみますね。」
ノアはBOXを使ってルカに電話した。しばらくして、ルカが出た。BOXから、ホログラム映像で、ルカの上半身が飛び出して見えた。ルカの方では、BOXを持っているノアの半身が見えている。
「ノアか。どうした。」
「どうしたって、ルカこそなんで無断欠勤なんか。」
「…明日は行くさ。」
「今、マリンさんがここに来てるんだ。マリンさんと代わるぞ。」
そう言って、ノアは自分のBOXをマリンに渡した。すると、ルカ側のホログラムが、ノアからマリンに変わった。
「ルカさん。昨日はごめんなさい。せっかくまた助けてもらったのに…。私の言い方が悪かったから…。」
「なんでおめーが謝るんだよ。おめーの方が正しい。間違ってるのは俺だ。お前の言う通り、何でも暴力で解決はよくねえ。暴走族から足洗って、まともになろうとしてんのに、昨日は俺、サイアクだった。」
「暴走族…?」
「そうだ。俺は『ブルー・ドルフィン』ていう暴走族の頭 なんだ。でも、お前が、正しい道を歩くチャンスを与えてくれた。それなのに俺は、それを裏切るようなマネをして、無断欠勤までしちまった。どうしようもねえ奴だ。…とにかく、昨日は悪かった。あんなヒドいこと、言っちまって…。俺が殴った奴はどうなった?」
「ルカさんの言う通り、すぐに目を覚まして、無事でした。ルカさんに殴られたことを覚えていないみたいでした。」
「そうか…。」
「あの、ルカさん。今、どこにいるんですか。」
「ロー・エリアの自分ちだ。」
「そこに行っても…?」
「ロー・エリアは危険だ。前にお前を襲ったような奴らがうじゃうじゃいる。」
「どうしても、ルカさんに会いたいんです。」
「なんで?」
「なんでって聞かれても…。」
マリンは、抑えきれない気持ちで、顔が赤くなった。
「分かった。今からそっちに…ギムガレージに行くから、待ってろ。」
そこでホログラムが消え、通話が切れた。
ほどなくして、エアライドに乗ってルカがやって来た。
「ルカ!無断欠勤は許さねえぞ。今日は遅刻ってことにしといてやるが。次はクビだからな。」
ギムレットが腕組みして言った。時刻は正午に近くなっていた。
「すいません。」
ルカは素直に頭を下げて、謝った。
「よかった。来てくれて…。」
「マリン。このために呼んだのか?」
ルカは顔を上げると、マリンを見て言った。
「そういうわけじゃないわ。ただ、本当に…。」
「まあ、いい。確かに休むのは、よくない。また元の道に戻されちまうトコだった。」
「そうだ、ルカ。言い忘れてたが、見習い期間の2週間が終わったんで、もうノアとルカは正式にこのギムガレージのエンジニアだ。で、正社員には、昇給の他、社宅も用意してある。ロー・エリアからゼータまで来るのは大変だろう。ゼータ・エリアの空きアパートをお前たちのために確保しといたぜ。近いうちに移るといい。新しくはねえがまあ住むのに不自由はしねえだろう。家賃は給料から差し引くがな。」
「へえ、ありがたいな。」
「じゃあ、イプシロンにも近くなりますね。」
マリンが言った。
「マリンは、イプシロンに住んでんのか。」
「ええ。」
ギムガレージのオーナーは、当然ギムレットだが、そのさらに上に、ヴィットという会長がいて、このゼータ・エリア全部のガレージ(エンジニアの会社)を取り仕切っていて、給与等も、儲けに関係なく、ゼータ・エリア全体で公平に分配し、仕事の量も、偏らないように、ガレージ全体で分配するような仕組みになっていた。
「マリン、今日も仕事なんだろ。俺はもう大丈夫だから、早く帰れよ。」
「今日は定休日なの。だから、終わるのを待ってるわ。…いいですか、ギムレットさん。」
「もっちろんよ。マリンちゃんならOK~。そうだ、事務室でコーヒーでも飲んで待ってな。特別に今日は早めに終わらせるからねー。」
マリンは、ギムレットの計らいで、事務室に案内された。そこには、エンジニア兼事務員のリッキーが机について働いていた。
「やあ、マリンさん。今、コーヒー淹れますね。」
「ありがとう。」
マリンはコーヒーを飲みながら、ルカの終わるのを待っていた。
ルカの方は、仕事をしながら、疑問に思っていた。
(マリンの奴…なんですぐ帰らないんだ?)
仕事が終わったのは、いつもより早い午後3時だった。いつもは9時~4時の、約7時間。ある程度、ギムレットの気分次第なところもあった。
「おまたせー、マリンちゃん。ルカを待ってたんだろ。全く羨ましいねエ。」
ギムレットがからかうようにルカの肩をぽんと叩いた。
「…なんか他に用でもあったのか?」
「別にないけど…。ルカさんの住んでる、ロー・エリアに行ってみたいわ。」
「前にも言ったが、あぶねートコだぞ。」
「ルカさんとノアさんが一緒なら、大丈夫でしょう?私、見てみたいの。ルカさんが、どういう暮らしをしてるのか…、ルカさんのことを知りたいんです。」
マリンは、頬を赤らめながら、真剣な口調で言った。
「そ、そうだな…。まあ、俺たちと一緒ならキケンはないが…。」
ルカもつられて赤くなった。
「で、でもなア、俺の住んでるトコなんか見たってしょーがねえぞ。汚ねえ小屋だし、イプシロンにあるような家とは全然違うんだ。」
「ルカさんが嫌なら、仕方ないけど…。」
「いや、別に嫌ってこともねエが…。」
ルカとノアはエアライドで、マリンはエアブレードで、共にロー・エリアへ向かった。
翌日、ルカが出勤していなかったので、ギムレットがノアに聞いた。
「ちょっと…あの、二日酔いで…。」
「ああ。そういや昨日、『RED CAT』に行ったんだってな。ブランデーに聞いたぜ。何かもめ事があったとか…。」
「いやあ、俺にはよく分からんです。」
朝、ノアはいつものように、ルカを呼びに行ったが、ルカのバラックはもぬけの殻で、エアライドもなかった。昨夜は、一緒に帰って来て、各々のバラックに帰ったのを確認している。ルカは、出勤せずに、エアライドでどこかへ行ったのだ。
「無断欠勤とは、いい根性してやがる。」
ギムレットは怒っていた。
その頃ルカは、「RED CAT」の前に来ていた。店は夜からなので、閉まっていた。かと言って、BOXでマリンを呼び出す気にもなれなかった。その辺でウロウロしていると、そこを通りかかった者がいた。
「どうした?店は夜からだぞ。」
そう声を掛けた男は、銀髪に緑の目をしていた。彼の乗っているエアライドに取り付けられた荷台の籠の中には、一匹のクリーム色の猫が入っていた。猫は手を籠のふちにちょこんとのせて、人のように、じっとルカを見ていた。
「…もしかして、ここのゴーレムの奴か?」
「ああ。このイプシロン・エリアを守ってる、フィンてもんだ。店に用でもあるのかい。」
「安心しろ。別に盗みとかしに来たんじゃねえ。」
「じゃ、何だ。」
フィンという男は、無表情で、何を考えているのか分からなかった。
「いや…、昨日ちょっとな…。もめ事を起こしちまって…。」
「もめ事?別にこっちには何の連絡も入ってねえが…。」
「そうか。なら、大したことはなかったんだろう。」
「もしかして、あんたがルカって奴か?」
「なんで知ってるんだ。」
「ここの従業員たちと知り合いでさ。マリンを助けたんだろ。」
「ああ、それでか。…マリンとも知り合いなんだな。」
「ああ。俺もたまにここに飲みに来る。」
「そうか…。」
急にルカは、自分がマリンにとって、知り合いの一人でしかないことに思い至って、熱くなっていた心が冷えていくのを感じた。さっきまで、昨日のことを謝りたいと必死な気持ちだったが、マリンにとっては、さほどの出来事でもないかもしれない。
「どうかしたのか?」
フィンが聞いた。
「いや…。俺がどうかしていた。帰るぜ。」
ルカは、ロー・エリアのバラックへ戻って行った。
一方、ギムレットのガレージでは…。
「アニキ!今、マリンさんが…。」
リッキーが、ギムレットを呼びに来た。
「なに?マリンちゃんが俺に会いに?」
「いえ、ルカさんはいるかと…。」
「なに!?ルカはイルカだって!?シャレか!」
ギムレットはセルフツッコミを独りでしゃべりながら、事務室から出てガレージに入った。
入り口で、マリンが立っていて、ギムレットを見ると頭を下げた。
「…あの、ルカさんいますか?」
「あのヤロー、無断欠勤しやがった!」
「そうですか…。やっぱり、昨日のことで…。」
「ん?昨日どうかしたのか?」
「昨日、酔っ払った男の人が、私の方に倒れ込んできて…、それをルカさんが殴ったんです。その人は気絶しましたけど、しばらくして目が覚めて、何ともありませんでした。でも、ルカさんは私の言葉で、気を悪くしてしまったみたいで…。なんだか、ケンカ別れのようになってしまったのが気がかりだったのですが…。」
「そんなことがあったのか…。だとしても、いつまでもウジウジ引きずって、仕事まで休むなんざ、男じゃねえな。ダメ男だ。」
「あの、ノアさんはいますか?私、どうしても心配で。かと言って、BOXで呼び出したところで、出ないような気もするし…。直接、ルカさんと話したいんです。」
ノアが出て来た。
「俺が呼んでみますね。」
ノアはBOXを使ってルカに電話した。しばらくして、ルカが出た。BOXから、ホログラム映像で、ルカの上半身が飛び出して見えた。ルカの方では、BOXを持っているノアの半身が見えている。
「ノアか。どうした。」
「どうしたって、ルカこそなんで無断欠勤なんか。」
「…明日は行くさ。」
「今、マリンさんがここに来てるんだ。マリンさんと代わるぞ。」
そう言って、ノアは自分のBOXをマリンに渡した。すると、ルカ側のホログラムが、ノアからマリンに変わった。
「ルカさん。昨日はごめんなさい。せっかくまた助けてもらったのに…。私の言い方が悪かったから…。」
「なんでおめーが謝るんだよ。おめーの方が正しい。間違ってるのは俺だ。お前の言う通り、何でも暴力で解決はよくねえ。暴走族から足洗って、まともになろうとしてんのに、昨日は俺、サイアクだった。」
「暴走族…?」
「そうだ。俺は『ブルー・ドルフィン』ていう暴走族の
「ルカさんの言う通り、すぐに目を覚まして、無事でした。ルカさんに殴られたことを覚えていないみたいでした。」
「そうか…。」
「あの、ルカさん。今、どこにいるんですか。」
「ロー・エリアの自分ちだ。」
「そこに行っても…?」
「ロー・エリアは危険だ。前にお前を襲ったような奴らがうじゃうじゃいる。」
「どうしても、ルカさんに会いたいんです。」
「なんで?」
「なんでって聞かれても…。」
マリンは、抑えきれない気持ちで、顔が赤くなった。
「分かった。今からそっちに…ギムガレージに行くから、待ってろ。」
そこでホログラムが消え、通話が切れた。
ほどなくして、エアライドに乗ってルカがやって来た。
「ルカ!無断欠勤は許さねえぞ。今日は遅刻ってことにしといてやるが。次はクビだからな。」
ギムレットが腕組みして言った。時刻は正午に近くなっていた。
「すいません。」
ルカは素直に頭を下げて、謝った。
「よかった。来てくれて…。」
「マリン。このために呼んだのか?」
ルカは顔を上げると、マリンを見て言った。
「そういうわけじゃないわ。ただ、本当に…。」
「まあ、いい。確かに休むのは、よくない。また元の道に戻されちまうトコだった。」
「そうだ、ルカ。言い忘れてたが、見習い期間の2週間が終わったんで、もうノアとルカは正式にこのギムガレージのエンジニアだ。で、正社員には、昇給の他、社宅も用意してある。ロー・エリアからゼータまで来るのは大変だろう。ゼータ・エリアの空きアパートをお前たちのために確保しといたぜ。近いうちに移るといい。新しくはねえがまあ住むのに不自由はしねえだろう。家賃は給料から差し引くがな。」
「へえ、ありがたいな。」
「じゃあ、イプシロンにも近くなりますね。」
マリンが言った。
「マリンは、イプシロンに住んでんのか。」
「ええ。」
ギムガレージのオーナーは、当然ギムレットだが、そのさらに上に、ヴィットという会長がいて、このゼータ・エリア全部のガレージ(エンジニアの会社)を取り仕切っていて、給与等も、儲けに関係なく、ゼータ・エリア全体で公平に分配し、仕事の量も、偏らないように、ガレージ全体で分配するような仕組みになっていた。
「マリン、今日も仕事なんだろ。俺はもう大丈夫だから、早く帰れよ。」
「今日は定休日なの。だから、終わるのを待ってるわ。…いいですか、ギムレットさん。」
「もっちろんよ。マリンちゃんならOK~。そうだ、事務室でコーヒーでも飲んで待ってな。特別に今日は早めに終わらせるからねー。」
マリンは、ギムレットの計らいで、事務室に案内された。そこには、エンジニア兼事務員のリッキーが机について働いていた。
「やあ、マリンさん。今、コーヒー淹れますね。」
「ありがとう。」
マリンはコーヒーを飲みながら、ルカの終わるのを待っていた。
ルカの方は、仕事をしながら、疑問に思っていた。
(マリンの奴…なんですぐ帰らないんだ?)
仕事が終わったのは、いつもより早い午後3時だった。いつもは9時~4時の、約7時間。ある程度、ギムレットの気分次第なところもあった。
「おまたせー、マリンちゃん。ルカを待ってたんだろ。全く羨ましいねエ。」
ギムレットがからかうようにルカの肩をぽんと叩いた。
「…なんか他に用でもあったのか?」
「別にないけど…。ルカさんの住んでる、ロー・エリアに行ってみたいわ。」
「前にも言ったが、あぶねートコだぞ。」
「ルカさんとノアさんが一緒なら、大丈夫でしょう?私、見てみたいの。ルカさんが、どういう暮らしをしてるのか…、ルカさんのことを知りたいんです。」
マリンは、頬を赤らめながら、真剣な口調で言った。
「そ、そうだな…。まあ、俺たちと一緒ならキケンはないが…。」
ルカもつられて赤くなった。
「で、でもなア、俺の住んでるトコなんか見たってしょーがねえぞ。汚ねえ小屋だし、イプシロンにあるような家とは全然違うんだ。」
「ルカさんが嫌なら、仕方ないけど…。」
「いや、別に嫌ってこともねエが…。」
ルカとノアはエアライドで、マリンはエアブレードで、共にロー・エリアへ向かった。