【弐拾漆】一枚の木葉
文字数 1,853文字
翌日、五村市内は謎の集団自殺で騒然となった。しかも、その死亡者の一部は、先日殺害された大原美沙の同級生で、美沙の友人であった野添麻奈美までもが美沙を殺害したグループの餌食となったというのである。が、不思議なことに、犯人グループは麻奈美を殺害後、狂乱、殺し合いを始め、全員その場で死亡していた。
犯人グループの乗っていた銀色のバンが、野添麻奈美を拉致する瞬間を目撃した通行人の証言と、五村市警察の刑事組織犯罪対策課強行係の弓永龍警部補が、別件の捜査にて得た情報から特定した犯人グループのバンの所有者の情報をもとに、捜査を進めた。
捜査は順調に進むかと思われたが、警察は依然として真相を突き止められずにいる――鈴木兄妹の部屋を訪れた弓永の話によれば、そういうことになっている。
「でも、あれから美沙って子はどうなったんだよ?」弓永はソファに大きく寄り掛かった。
祐太朗はただ苦い顔をするばかりで、何も語ろうとしなかった。詩織も意味深な笑顔を浮かべている。
「……何だよ、あんなに手伝ってやったのに、おれだけ蚊帳の外かよ」
「ごめんなさい。でも、これはユウくんと美沙ちゃんだけの秘密だから」
「そんなこといって、詩織さんも何か知ってるんじゃないか。一体、三〇半ばのおっさんが幽霊とはいえ女子高生と何を話してたのかね」
それは詩織と祐太朗と美沙、三人だけの秘密だ。
ひとついえるのは、復讐が終わっても、美沙は成仏しなかったということだ。
――だって、まだ未練は残ってるんだモン。
顔を紅潮させ、上目遣いで祐太朗の顔を覗き込む美沙。
――ほんとは復讐なんかどうでもよかったんだ。祐太朗はわたしのこころを満たしてくれた。本当に嬉しかったんだ。わたしね…………ううん、わたしね、ただ祐太朗に幸せになって欲しい。だからね、祐太朗が幸せになるのを見届けるまで、わたしの未練は消えないんだ。……本音をいうと、わたしが祐太朗を幸せにしてあげたいけど、幽霊じゃそれも無理ジャン? だから、せめてあなたの幸せを、わたしにも見届けさせて欲しいの。
祐太朗は照れ臭そうに鼻で笑った。
「お前、おれの何なんだよ」
――わかんない。でも、祐太朗のいう通りだったな。
あっけらかんと答える美沙に、祐太朗は、何がと訊ね返した。美沙は寂しげに笑った。
――霊になったら、好きな人にも触ることも触られることもない。わたし、もう好きな人に触ることも、抱き締めることも、チューすることもできないんだなぁ、って……。
涙混じりの声でそういい、天を仰ぎ見る美沙――まるでそうすれば、涙が零れ落ちないからとでもいわんばかりに。祐太朗は荒れ果てた地面に向かって目を落とした。
「……なら、あの世にいっちまったほうが楽だぞ?」
――もう、説教くさいのはジジイの証拠だよ? 祐太朗って、ほんと進歩しないね。
「うるせえ」口調はぶっきらぼうだが、声は震えていた。「……これから、どうする?」
――うーん、何も考えてない。でも、しばらくはひとりでそこら辺適当に散歩するんだ! だって、もうわたしを縛る物は何もないだモン!
「いいのか、それで……?」祐太朗の目、潤んでいる。
アザに塗れた美沙の顔に一瞬緊張が走った。
が、すぐにまた綺麗な花を咲かせた。
――うん、大丈夫。だって、だってさ……わたし、嬉しかったんだ! 一週間だけとはいえ、この世で一番好きな人とひとつになれた。それに、もし寂しくなっても、大好きな人が、わたしの存在に気づいてくれる。だから……
「何ニヤけてんだよ、気持ち悪いな」
祐太朗はハッとした。弓永は祐太朗が動揺する様を見て笑い、立ち上がった。
「まぁ、また連絡よこせや。一〇〇万、忘れずに返せよ」
弓永が部屋を後にすると、祐太朗は窓の外で風に揺れる一枚の木の葉を眺めたまま、
「そういや、金を都合したの、ジジイとババアんとこからだろ」
と訊ねると、詩織は落ち着きをなくし、申し訳なさそうに頷いた。が、祐太朗はどこか上の空といった調子で、ふうんと呻っただけだった。
「怒らない……の?」無言。「……そう、ならいいんだけど」
詩織も祐太朗同様、窓の外で揺れる一枚の木の葉へと目を向けた。
「美沙ちゃん、どこにいるんだろうね」
木の葉が切れて、曇天に舞った。
風がうるさかった。
【終幕】
犯人グループの乗っていた銀色のバンが、野添麻奈美を拉致する瞬間を目撃した通行人の証言と、五村市警察の刑事組織犯罪対策課強行係の弓永龍警部補が、別件の捜査にて得た情報から特定した犯人グループのバンの所有者の情報をもとに、捜査を進めた。
捜査は順調に進むかと思われたが、警察は依然として真相を突き止められずにいる――鈴木兄妹の部屋を訪れた弓永の話によれば、そういうことになっている。
「でも、あれから美沙って子はどうなったんだよ?」弓永はソファに大きく寄り掛かった。
祐太朗はただ苦い顔をするばかりで、何も語ろうとしなかった。詩織も意味深な笑顔を浮かべている。
「……何だよ、あんなに手伝ってやったのに、おれだけ蚊帳の外かよ」
「ごめんなさい。でも、これはユウくんと美沙ちゃんだけの秘密だから」
「そんなこといって、詩織さんも何か知ってるんじゃないか。一体、三〇半ばのおっさんが幽霊とはいえ女子高生と何を話してたのかね」
それは詩織と祐太朗と美沙、三人だけの秘密だ。
ひとついえるのは、復讐が終わっても、美沙は成仏しなかったということだ。
――だって、まだ未練は残ってるんだモン。
顔を紅潮させ、上目遣いで祐太朗の顔を覗き込む美沙。
――ほんとは復讐なんかどうでもよかったんだ。祐太朗はわたしのこころを満たしてくれた。本当に嬉しかったんだ。わたしね…………ううん、わたしね、ただ祐太朗に幸せになって欲しい。だからね、祐太朗が幸せになるのを見届けるまで、わたしの未練は消えないんだ。……本音をいうと、わたしが祐太朗を幸せにしてあげたいけど、幽霊じゃそれも無理ジャン? だから、せめてあなたの幸せを、わたしにも見届けさせて欲しいの。
祐太朗は照れ臭そうに鼻で笑った。
「お前、おれの何なんだよ」
――わかんない。でも、祐太朗のいう通りだったな。
あっけらかんと答える美沙に、祐太朗は、何がと訊ね返した。美沙は寂しげに笑った。
――霊になったら、好きな人にも触ることも触られることもない。わたし、もう好きな人に触ることも、抱き締めることも、チューすることもできないんだなぁ、って……。
涙混じりの声でそういい、天を仰ぎ見る美沙――まるでそうすれば、涙が零れ落ちないからとでもいわんばかりに。祐太朗は荒れ果てた地面に向かって目を落とした。
「……なら、あの世にいっちまったほうが楽だぞ?」
――もう、説教くさいのはジジイの証拠だよ? 祐太朗って、ほんと進歩しないね。
「うるせえ」口調はぶっきらぼうだが、声は震えていた。「……これから、どうする?」
――うーん、何も考えてない。でも、しばらくはひとりでそこら辺適当に散歩するんだ! だって、もうわたしを縛る物は何もないだモン!
「いいのか、それで……?」祐太朗の目、潤んでいる。
アザに塗れた美沙の顔に一瞬緊張が走った。
が、すぐにまた綺麗な花を咲かせた。
――うん、大丈夫。だって、だってさ……わたし、嬉しかったんだ! 一週間だけとはいえ、この世で一番好きな人とひとつになれた。それに、もし寂しくなっても、大好きな人が、わたしの存在に気づいてくれる。だから……
「何ニヤけてんだよ、気持ち悪いな」
祐太朗はハッとした。弓永は祐太朗が動揺する様を見て笑い、立ち上がった。
「まぁ、また連絡よこせや。一〇〇万、忘れずに返せよ」
弓永が部屋を後にすると、祐太朗は窓の外で風に揺れる一枚の木の葉を眺めたまま、
「そういや、金を都合したの、ジジイとババアんとこからだろ」
と訊ねると、詩織は落ち着きをなくし、申し訳なさそうに頷いた。が、祐太朗はどこか上の空といった調子で、ふうんと呻っただけだった。
「怒らない……の?」無言。「……そう、ならいいんだけど」
詩織も祐太朗同様、窓の外で揺れる一枚の木の葉へと目を向けた。
「美沙ちゃん、どこにいるんだろうね」
木の葉が切れて、曇天に舞った。
風がうるさかった。
【終幕】