【拾参】寂寥感と夜の街
文字数 2,664文字
麻奈美との食事。レストランでディッシュにドリンクバー、挙句にデザートまでつけて高校生にとって最高の贅沢を楽しんだ。美沙は麻奈美に、学校、教員、クラスメイト、そして亜美たちグループの愚痴をすべて吐き散らした。
辛い――こんな辛い学校生活、もうイヤだよ。
麻奈美は美沙の告白を、相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。美沙は麻奈美の優しさに涙を流し、麻奈美は朗らかな口調で美沙を慰めてくれた。
メロンソーダを飲む美沙――甘いはずのメロンソーダは何故かしょっぱかった。
レストランを出ると、次はカラオケにいって騒いだ。
麻奈美は今時ではない古い曲を、マイクを両手の指先で持って恥ずかしそうに歌っていた。
美沙は逆に流行歌を――といいたい所だが、麻奈美の前では鎧を脱ぎ捨てても構わないだろうと亜美たちとのつき合いの時は封印しているパンクロックのナンバーを熱唱した。
実をいえば、美沙はパンクロックやヘヴィメタルのようなハードでコアなファン層を持つ音楽や、クラシックのような荘厳で格調高い音楽を嗜む幅広さを持っていた。
ジャンルを問わず音楽を聴き、気に入った曲をピックアップしてはMP3プレイヤーに入れるのが美沙にとっての楽しみだった。最近は流行歌を追い掛けるのでアップアップになっているが、余裕がある時には自分の好きな音楽を聴いて気持ちを鼓舞させている。
美沙の音楽的な趣味が多岐に渡るのは、もとを辿れば、両親の影響からだった。が、今ではその両親も音楽など聴かず、その趣味だけが美沙に受け継がれている。
カラオケ店を出た。楽しかった。ここ最近、あまり歌いたくもなければ、あまり聴きたくもなかった曲を聴かなければならなかったので、本当に辛かった。
高校生――大人でもなければ、子供でもない微妙な年頃。自意識は当然あるが、人間的には自立しておらず、他人からの干渉を受けがちで、世間の目を気にしだす年代。
高校生にとって人と違うことは罪だ。もちろん才能があり人を魅了できる人なら別だが、美沙のような平凡な女子高生にとって、ある一定の領域から出ることは、精神的な赤線地帯を踏み越える行為としてタブー視されている。
自分は所詮、リザベーションに収容されたインディアンと変わらない。外からきた侵略者に指示され迫害され、生き方を勝手に決められる。
自己主張できない自分も悪いけれど、和を過剰に重んじる学校の世界では、自己主張は犯罪と同義で、自分たちに求められているのはあくまで偽りの調和に過ぎない。
脱却したい――この苦しみから。
美沙はにこやかな笑顔の裏で、ささやかな孤独を感じていた。
また明日と麻奈美に手を振った。本当は手なんか振りたくない。手を振ったら、まるで自分が、この時間が終わるのを歓迎しているみたいだから。でも、麻奈美の家は時間に厳しく、塾が終わる二二時から二三時までには帰宅していなければならない。
自分たちは所詮ルールの奴隷。何をするにも足枷を嵌められ、動きを制限される。
麻奈美と別れれば、そんな日常が再び自分の前に現れる。
美沙はそんな悲しみを掻き消すようにより一層明るい笑顔を見せた。
「うん、じゃあね」麻奈美が手を振り返す。振り返って夜の雑踏に消えていこうとする麻奈美――突然立ち止まって再度振り返ると手のひらをメガホン状にして声を上げた。
「何かあったら連絡頂戴ね! 何でも相談に乗るから!」
目が潤む。ありがとうとストリート全体に響き渡るほどの声でいい、大きく手を振った。
麻奈美を見送ると、美沙は寂しげに、揺れる雑踏を眺めた。
孤独がこころに満ちた喜びをストローで吸い上げていく。
楽しかった時間が、美沙の孤独を浮き彫りにする。
これからどうしよう。
美沙はキャッチやスカウトの声を無視して煌びやかな照明を撒き散らす五村のストリートの中をゆく。ナンパ目的の男が何人も声を掛けてきた。が、あんな男達では自分を満たすことはできない。別にセックスなんかしたくないし、金もいらない。今、自分に必要なのは肉体的、物理的な満足感ではなく、こころを満たしてくれる温かい誰かの存在だ。
街ゆく人々に混じって青白い顔をした者たちの姿が美沙の目に映る。幽霊。真っ青な顔に、肩を落としてその場に佇んでいる。奴らからはエネルギーが感じられず、目をつけられたら、どこまでもついてきて自分の精力を吸い取っていく。
昔からそうだった。
どういうわけか自分にだけ見えるのだ。
両親は自分をこころの病だと決めつけ心療内科を受診させたが、結果は正常。当然だ。幽霊が見える以外に、おかしな所などないのだから。
以来、両親は自分をつれていくつもの心療内科を回ったが、結果はどこも同じだった。
そうかと思えば今度は自分がおかしい理由を、育て方が悪かったからだとし、両親の間で責任の擦りつけ合いが始まった。そして、その冷戦は未だに続いている。いっそ別れてしまえばいいのにとも思うのだが、両親は世間体を気にして離婚の判を押そうとしない。
世間体――どこまでもつき纏ってくる幽霊のよう。
人の目を気にして音楽を聴き、歌い、踊り、服を着、生活態度を示す。挙句の果てには一緒にいたくもない相手といつまでも一緒にいる。世間の目が憎い。そんな物のために肩身の狭い思いをしなければならないなんて、本当に馬鹿げている。
いっそ、このストリートのど真ん中を素っ裸で歩いてみたらどうだろう。きっと、すぐに警察が飛んできて自分を拘束し、野次馬が自分に好奇の目とスマートフォンを向けてくるだろう。けど何がおかしいのだ。アダムとイブだって最初は裸だったじゃないか。そうは思うけれど、そんなことをする度胸がないのは、美沙自身よくわかっている。
何故なら、自分は一生他人の目を気にして生きていく運命だろうから。
その運命は、多分、大学にいっても、社会人になっても変わらないだろう。三つ子の魂百までという諺はまさに真理を突いている。そう、人はそう簡単には変われない。
しかし、美沙は知っている。そんな世間の評価とは無縁な存在を。
美沙は歩いた――自分の理解者となりうるあの人のもとへ。
辛い――こんな辛い学校生活、もうイヤだよ。
麻奈美は美沙の告白を、相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。美沙は麻奈美の優しさに涙を流し、麻奈美は朗らかな口調で美沙を慰めてくれた。
メロンソーダを飲む美沙――甘いはずのメロンソーダは何故かしょっぱかった。
レストランを出ると、次はカラオケにいって騒いだ。
麻奈美は今時ではない古い曲を、マイクを両手の指先で持って恥ずかしそうに歌っていた。
美沙は逆に流行歌を――といいたい所だが、麻奈美の前では鎧を脱ぎ捨てても構わないだろうと亜美たちとのつき合いの時は封印しているパンクロックのナンバーを熱唱した。
実をいえば、美沙はパンクロックやヘヴィメタルのようなハードでコアなファン層を持つ音楽や、クラシックのような荘厳で格調高い音楽を嗜む幅広さを持っていた。
ジャンルを問わず音楽を聴き、気に入った曲をピックアップしてはMP3プレイヤーに入れるのが美沙にとっての楽しみだった。最近は流行歌を追い掛けるのでアップアップになっているが、余裕がある時には自分の好きな音楽を聴いて気持ちを鼓舞させている。
美沙の音楽的な趣味が多岐に渡るのは、もとを辿れば、両親の影響からだった。が、今ではその両親も音楽など聴かず、その趣味だけが美沙に受け継がれている。
カラオケ店を出た。楽しかった。ここ最近、あまり歌いたくもなければ、あまり聴きたくもなかった曲を聴かなければならなかったので、本当に辛かった。
高校生――大人でもなければ、子供でもない微妙な年頃。自意識は当然あるが、人間的には自立しておらず、他人からの干渉を受けがちで、世間の目を気にしだす年代。
高校生にとって人と違うことは罪だ。もちろん才能があり人を魅了できる人なら別だが、美沙のような平凡な女子高生にとって、ある一定の領域から出ることは、精神的な赤線地帯を踏み越える行為としてタブー視されている。
自分は所詮、リザベーションに収容されたインディアンと変わらない。外からきた侵略者に指示され迫害され、生き方を勝手に決められる。
自己主張できない自分も悪いけれど、和を過剰に重んじる学校の世界では、自己主張は犯罪と同義で、自分たちに求められているのはあくまで偽りの調和に過ぎない。
脱却したい――この苦しみから。
美沙はにこやかな笑顔の裏で、ささやかな孤独を感じていた。
また明日と麻奈美に手を振った。本当は手なんか振りたくない。手を振ったら、まるで自分が、この時間が終わるのを歓迎しているみたいだから。でも、麻奈美の家は時間に厳しく、塾が終わる二二時から二三時までには帰宅していなければならない。
自分たちは所詮ルールの奴隷。何をするにも足枷を嵌められ、動きを制限される。
麻奈美と別れれば、そんな日常が再び自分の前に現れる。
美沙はそんな悲しみを掻き消すようにより一層明るい笑顔を見せた。
「うん、じゃあね」麻奈美が手を振り返す。振り返って夜の雑踏に消えていこうとする麻奈美――突然立ち止まって再度振り返ると手のひらをメガホン状にして声を上げた。
「何かあったら連絡頂戴ね! 何でも相談に乗るから!」
目が潤む。ありがとうとストリート全体に響き渡るほどの声でいい、大きく手を振った。
麻奈美を見送ると、美沙は寂しげに、揺れる雑踏を眺めた。
孤独がこころに満ちた喜びをストローで吸い上げていく。
楽しかった時間が、美沙の孤独を浮き彫りにする。
これからどうしよう。
美沙はキャッチやスカウトの声を無視して煌びやかな照明を撒き散らす五村のストリートの中をゆく。ナンパ目的の男が何人も声を掛けてきた。が、あんな男達では自分を満たすことはできない。別にセックスなんかしたくないし、金もいらない。今、自分に必要なのは肉体的、物理的な満足感ではなく、こころを満たしてくれる温かい誰かの存在だ。
街ゆく人々に混じって青白い顔をした者たちの姿が美沙の目に映る。幽霊。真っ青な顔に、肩を落としてその場に佇んでいる。奴らからはエネルギーが感じられず、目をつけられたら、どこまでもついてきて自分の精力を吸い取っていく。
昔からそうだった。
どういうわけか自分にだけ見えるのだ。
両親は自分をこころの病だと決めつけ心療内科を受診させたが、結果は正常。当然だ。幽霊が見える以外に、おかしな所などないのだから。
以来、両親は自分をつれていくつもの心療内科を回ったが、結果はどこも同じだった。
そうかと思えば今度は自分がおかしい理由を、育て方が悪かったからだとし、両親の間で責任の擦りつけ合いが始まった。そして、その冷戦は未だに続いている。いっそ別れてしまえばいいのにとも思うのだが、両親は世間体を気にして離婚の判を押そうとしない。
世間体――どこまでもつき纏ってくる幽霊のよう。
人の目を気にして音楽を聴き、歌い、踊り、服を着、生活態度を示す。挙句の果てには一緒にいたくもない相手といつまでも一緒にいる。世間の目が憎い。そんな物のために肩身の狭い思いをしなければならないなんて、本当に馬鹿げている。
いっそ、このストリートのど真ん中を素っ裸で歩いてみたらどうだろう。きっと、すぐに警察が飛んできて自分を拘束し、野次馬が自分に好奇の目とスマートフォンを向けてくるだろう。けど何がおかしいのだ。アダムとイブだって最初は裸だったじゃないか。そうは思うけれど、そんなことをする度胸がないのは、美沙自身よくわかっている。
何故なら、自分は一生他人の目を気にして生きていく運命だろうから。
その運命は、多分、大学にいっても、社会人になっても変わらないだろう。三つ子の魂百までという諺はまさに真理を突いている。そう、人はそう簡単には変われない。
しかし、美沙は知っている。そんな世間の評価とは無縁な存在を。
美沙は歩いた――自分の理解者となりうるあの人のもとへ。