【弐】ヒューマニズムの代償
文字数 1,640文字
クソみたいに暑い室内。汗が芋虫のように全身を這う。蝉の鳴き声はまるでオシロスコープのように暑さの度合いを波形化しているようだった。
クーラーがついていないのは、今月の電気代を懸念したためだ。
「で、報酬は?」修理した携帯電話から聴こえる声に、祐太朗は舌打ちを堪えた。
「憑依料の六〇万だけだ」が、その答えは相手の意向にはそぐわなかったらしい。
「ウソだろ? 復讐代行は? したんだろ? あの廃墟の死体がそうなんだろ?」
復讐代行はした。が、料金は入ってこなかった。そう伝えると、電話の主は絶句した。
あれはお盆前のことだった。速水敬介と名乗る自称会社員の男が、亡くなった妻に会いたいといって祐太朗たちのもとを訪れた。が、その亡くなった奥さんは、実は依頼人である旦那の手によって殺害されていた。しかも、その旦那は精神異常と解離性健忘により、その事実を覚えておらず、祐太朗は旦那自身の依頼で、その旦那を「始末」した。お陰で報酬はなし。というか、祐太朗自身が、復讐代行の報酬を辞退してしまったのであるが。
「……まぁ、いい。二〇でいいからおれに回せ。今回はそれで勘弁してやる」
舌打ちする祐太朗。
「うるせえな、テメエは。最近になって、ほんと守銭奴に磨きが掛かったな」
「おい、お前を挙げようと思えば、こっちはいつだって挙げられるんだ。よく覚えとけよ」
「あー、あー、よくわかったよ。公僕のクソッタレ。後でエサのお皿を持っておいで。くさくて不細工なワンちゃんに二〇万のエサを食わしてやるから。それでいいんだろ?」
「今のは聞かなかったことにしてやる。でもな、祐太朗。復讐代行なんていい加減やめておけ。こうも不審死が続くと、いずれは見て見ぬ振りもできなくなるからな」
「なら、テメエが偉くなって何とかしろよ。まぁ、テメエみたいなゲロくさいチンピラ刑事じゃ無理か。きっと緒方の野郎も今頃、頭抱えて梁に渡したロープを見つめてるよ」
「お前みたいな無職の穀潰しにいわれたくないね。今ならお前の両手に銀のアクセサリーをつけることだってできるんだよ。ま、精々気をつけろよ」
電話が切れた。
「だぁーれぇ?」涼しい顔をして詩織が訊ねた。
「弓永だよ。あのクズ警官、保護料とかいっていつも金を巻き上げていきやがる。クソッ」
祐太朗が電話していた相手――弓永龍は祐太朗の小学校時代からの幼馴染だった。
今でこそ落ちぶれている祐太朗も、昔はそれなりに優秀な生徒だった。が、弓永は祐太朗のさらに上をゆく秀才で、小中高と担任からも期待され、学級委員はもちろん、生徒会長として学校の運営に携わるような優等生でもあった。が、どこで落ちぶれたのか、今ではノンキャリアの警官で、五村市警察刑事組織犯罪課強行係の警部補である。
ちなみに、ふたりの話に出てきた緒方とは、ふたりが高校二、三年生の時の担任教師だった男で、優秀でありながらアナキスト的存在だった祐太朗を敵視し、優等生だった弓永を誰よりも贔屓し、生徒からの評判はすこぶる悪かった。
詩織は、昔から成績が悪く、学力、頭のキレ、芸術的センスに関しては祐太朗に遥か及ばなかった。その代わり、詩織は祐太朗にない運動センスとコミュニケーション能力に恵まれ、一匹狼的存在だった祐太朗と違って小中高と学内でも人気者だった。
「んー、でも弓永さんって、そんな悪い人じゃないと思うんだよなぁ」
「だったら、保護料とかいって一般人から金の無心をするかよ」
「それは、弓永さんなりにユウくんを守ろうとしてるからなんじゃないかなぁ。たまにはさ、弓永さんに歩み寄ってみるのもいいんじゃない?」
「ふざけんな」祐太朗は立ち上がった。携帯を尻ポケットに突っ込み玄関へ向かうと、どこにいくの?という詩織の質問に対し、祐太朗は、散歩とぶっきらぼうに答えた。
「ギャンブルはやっちゃダメだからね」詩織がニヤッと笑った。
クーラーがついていないのは、今月の電気代を懸念したためだ。
「で、報酬は?」修理した携帯電話から聴こえる声に、祐太朗は舌打ちを堪えた。
「憑依料の六〇万だけだ」が、その答えは相手の意向にはそぐわなかったらしい。
「ウソだろ? 復讐代行は? したんだろ? あの廃墟の死体がそうなんだろ?」
復讐代行はした。が、料金は入ってこなかった。そう伝えると、電話の主は絶句した。
あれはお盆前のことだった。速水敬介と名乗る自称会社員の男が、亡くなった妻に会いたいといって祐太朗たちのもとを訪れた。が、その亡くなった奥さんは、実は依頼人である旦那の手によって殺害されていた。しかも、その旦那は精神異常と解離性健忘により、その事実を覚えておらず、祐太朗は旦那自身の依頼で、その旦那を「始末」した。お陰で報酬はなし。というか、祐太朗自身が、復讐代行の報酬を辞退してしまったのであるが。
「……まぁ、いい。二〇でいいからおれに回せ。今回はそれで勘弁してやる」
舌打ちする祐太朗。
「うるせえな、テメエは。最近になって、ほんと守銭奴に磨きが掛かったな」
「おい、お前を挙げようと思えば、こっちはいつだって挙げられるんだ。よく覚えとけよ」
「あー、あー、よくわかったよ。公僕のクソッタレ。後でエサのお皿を持っておいで。くさくて不細工なワンちゃんに二〇万のエサを食わしてやるから。それでいいんだろ?」
「今のは聞かなかったことにしてやる。でもな、祐太朗。復讐代行なんていい加減やめておけ。こうも不審死が続くと、いずれは見て見ぬ振りもできなくなるからな」
「なら、テメエが偉くなって何とかしろよ。まぁ、テメエみたいなゲロくさいチンピラ刑事じゃ無理か。きっと緒方の野郎も今頃、頭抱えて梁に渡したロープを見つめてるよ」
「お前みたいな無職の穀潰しにいわれたくないね。今ならお前の両手に銀のアクセサリーをつけることだってできるんだよ。ま、精々気をつけろよ」
電話が切れた。
「だぁーれぇ?」涼しい顔をして詩織が訊ねた。
「弓永だよ。あのクズ警官、保護料とかいっていつも金を巻き上げていきやがる。クソッ」
祐太朗が電話していた相手――弓永龍は祐太朗の小学校時代からの幼馴染だった。
今でこそ落ちぶれている祐太朗も、昔はそれなりに優秀な生徒だった。が、弓永は祐太朗のさらに上をゆく秀才で、小中高と担任からも期待され、学級委員はもちろん、生徒会長として学校の運営に携わるような優等生でもあった。が、どこで落ちぶれたのか、今ではノンキャリアの警官で、五村市警察刑事組織犯罪課強行係の警部補である。
ちなみに、ふたりの話に出てきた緒方とは、ふたりが高校二、三年生の時の担任教師だった男で、優秀でありながらアナキスト的存在だった祐太朗を敵視し、優等生だった弓永を誰よりも贔屓し、生徒からの評判はすこぶる悪かった。
詩織は、昔から成績が悪く、学力、頭のキレ、芸術的センスに関しては祐太朗に遥か及ばなかった。その代わり、詩織は祐太朗にない運動センスとコミュニケーション能力に恵まれ、一匹狼的存在だった祐太朗と違って小中高と学内でも人気者だった。
「んー、でも弓永さんって、そんな悪い人じゃないと思うんだよなぁ」
「だったら、保護料とかいって一般人から金の無心をするかよ」
「それは、弓永さんなりにユウくんを守ろうとしてるからなんじゃないかなぁ。たまにはさ、弓永さんに歩み寄ってみるのもいいんじゃない?」
「ふざけんな」祐太朗は立ち上がった。携帯を尻ポケットに突っ込み玄関へ向かうと、どこにいくの?という詩織の質問に対し、祐太朗は、散歩とぶっきらぼうに答えた。
「ギャンブルはやっちゃダメだからね」詩織がニヤッと笑った。