【四】甚平の男
文字数 977文字
ハッとした。下校途中、亜美のグループと別れて駅前を歩いていた時のことだった。
美沙は動画に出ていた甚平姿の男によく似た男が歩いているのに気づいた。
動画内では、顔はよく見えなかったが、あの黒い甚平は……。
美沙は男の動向を目で追った。無軌道に歩き回っている。丸まった背中にダランと落ちた肩、案外イケメンだがやつれてゲッソリした顔はまるでゾンビのようだ。
男は駅前のコンビニに入っていった。美沙も入店し、棚の陰に隠れてお菓子を選ぶ振りをしながら男の様子を窺った。男は棚から本を手に取るとパラパラとページを捲り、五分もすると本をもとの位置に戻して店を出た。美沙は男の後を追った。
次に辿り着いたのは巨大なパチンコ店だった。店内から漏れ出るけたたましいユーロビートのサウンドを前にしても、男はどういうわけか店の中には入らず、入り口の前で立ち止まってしきりに手を震わせるばかりだった。何をやっているのだろうか。美沙の脳裏に不安が過ぎる。しかし、ここまできた以上、あの男の正体を何とか突き止めて――
イヤな気配。
首筋が凍りつきそうになる。
美沙はその正体を知っていた。
浮遊霊――それも思い切りイヤなにおいのするタイプの。
美沙は息を止め、その場から逃げ出すように歩き出した。が、淀んだ空気は美沙を捕らえて放さない。昔から幽霊には散々な目に遭わされてきた。外出すれば青白い顔をした霊魂に憑き纏われ、霊が自宅付近までやってくるのもしばしばだった。
が、両親に霊感はなく、どういうわけか美沙だけが突然変異的に霊感を持ってしまった。
美沙が霊感を持っていてよかったと思ったことは一度もない。人には見えない物が自分には見えてしまう。それは苦痛以外の何物でもない。人からは白い目で見られ、必死に隠そうにも霊は自分を放っておいてはくれない。
ついてこないで!――こころの中でそう唱える。
ヌルッとした手の感触が肩を舐めた。
止めて!――肩に掛かった手を振り払い平手を振った。
皮膚が皮膚を弾く感触――悪臭と重苦しさが消えた。
が、何だろう。この手に残る生々しい感触は――
「何だよ……」美沙の手が当たったのは、黒い甚平の男の頬だった。
美沙は動画に出ていた甚平姿の男によく似た男が歩いているのに気づいた。
動画内では、顔はよく見えなかったが、あの黒い甚平は……。
美沙は男の動向を目で追った。無軌道に歩き回っている。丸まった背中にダランと落ちた肩、案外イケメンだがやつれてゲッソリした顔はまるでゾンビのようだ。
男は駅前のコンビニに入っていった。美沙も入店し、棚の陰に隠れてお菓子を選ぶ振りをしながら男の様子を窺った。男は棚から本を手に取るとパラパラとページを捲り、五分もすると本をもとの位置に戻して店を出た。美沙は男の後を追った。
次に辿り着いたのは巨大なパチンコ店だった。店内から漏れ出るけたたましいユーロビートのサウンドを前にしても、男はどういうわけか店の中には入らず、入り口の前で立ち止まってしきりに手を震わせるばかりだった。何をやっているのだろうか。美沙の脳裏に不安が過ぎる。しかし、ここまできた以上、あの男の正体を何とか突き止めて――
イヤな気配。
首筋が凍りつきそうになる。
美沙はその正体を知っていた。
浮遊霊――それも思い切りイヤなにおいのするタイプの。
美沙は息を止め、その場から逃げ出すように歩き出した。が、淀んだ空気は美沙を捕らえて放さない。昔から幽霊には散々な目に遭わされてきた。外出すれば青白い顔をした霊魂に憑き纏われ、霊が自宅付近までやってくるのもしばしばだった。
が、両親に霊感はなく、どういうわけか美沙だけが突然変異的に霊感を持ってしまった。
美沙が霊感を持っていてよかったと思ったことは一度もない。人には見えない物が自分には見えてしまう。それは苦痛以外の何物でもない。人からは白い目で見られ、必死に隠そうにも霊は自分を放っておいてはくれない。
ついてこないで!――こころの中でそう唱える。
ヌルッとした手の感触が肩を舐めた。
止めて!――肩に掛かった手を振り払い平手を振った。
皮膚が皮膚を弾く感触――悪臭と重苦しさが消えた。
が、何だろう。この手に残る生々しい感触は――
「何だよ……」美沙の手が当たったのは、黒い甚平の男の頬だった。