第6話:戦闘開始
文字数 1,396文字
入り江の空は時として思い出したように嵐に見舞われることもあるが、大体は美しい青色である。この日もそうだった。
その青空に、もうもうと灰色の煙が立ち昇っている。
海面には大破した船の残骸が漂い、焼け焦げた何処かの国旗が木切れと共に浮かんでいた。
ラディーナ女王号の面々は、つい今し方小さな商船を爆破したところだった。
彼らはいつものように商船を襲って略奪を行ったが、商船に火薬の詰まった樽が積まれているのを見て、乗組員の一人がそれに火を点けたのである。もちろんその行為に大した意味はない。彼らにとっては遊びのようなものである。
しかし大きな花火は、偶然にも探し人を招き寄せたようだった。
ラディーナ女王号の船員達はゆっくりと沈み行く商船の破片を横目に見ながら、それぞれの所定位置に戻っていた。甲板掃除に戻る者、夕食の仕込みに取り掛かる調理係――しかし見張り台から声が発されたことで、彼らの動きは中断された。
「六時の方向に海賊船です!」
カーン船長は読みかけの本の続きを読むといって船室へ入っていたが、その船長が本を掴んだまま甲板へ飛び出してきた。ちなみにナシームは魚釣りでもしようとたった今船べりに立って釣り糸を下したばかりだったが、彼もその声を聞き、慌てて釣竿を上げた。
本を手にしたままの船長が見張りを見上げた。
「どこの船だ!」
望遠鏡を覗いている見張りが嬉しそうに叫ぶ。
「エンパイア号です!」
「来たな!」
船長は見張り以上に嬉々として叫んだ。気分の高揚を表すためかそれとも錯乱しているのか、彼は手にしていた詩集を手近に立っていたナシームに無言で投げつけると、早速船員達に対して号令を始めた。
釣竿を放り出した代わりに本を辛うじて掴んだナシームには、船長の不躾な態度を責める暇もない。彼は駆け足で船長室へ本を戻しに行くと、釣竿を片付けるために再び甲板へ走り出ていった。水平線の向こうに浮かんでいる船は徐々に近づいてきている。あちらもこちらを敵として認識しているに違いない。
彼が釣竿とバケツを掴んで船室へ戻ろうとすると、その肩をカーン船長が掴んだ。
「待てナシーム、今日のは記念すべき闘いになる。お前もここに残って見ていけ!」
楽しそうに言う船長の顔を凝視しつつ、ナシームは自分の耳を疑った。
「何をおっしゃるんですか船長、そんなことしたら私は殺されてしまいますよ!」
船長はいやいやと首を振る。
「お前だって逃げ回るくらいのことはできるだろう?いざとなったら誰かがお前を守るさ!こんな日に船倉に籠もるなんてバカな真似はよせ!」
馬鹿はあんただと叫ぶことを堪える以外に、ナシームにできることはなかった。とりあえず頷くだけ頷いて気の違っている男の手から逃れると、彼は船倉に走り込んで釣り道具を片付けた。
このままここに隠れていれば――
そう考えた彼が道具入れの隣で息を潜めていると、案の定甲板から野太い声が響いてきた。
「ナシーム!見ろ、エンパイア号だぞ!ナシーム出て来い!」
ああ、と彼は悲嘆の溜め息を吐いた。とうとうここで死ぬしかないのか。ここで現世と別れればこれ以上海賊達の悪行を目にせずに済むわけだが、海賊船の上でなど、誰が死にたいと思うだろうか。
それでも覚悟を決めたナシームは、よろめくような足取りで甲板へと上がっていった。
*
その青空に、もうもうと灰色の煙が立ち昇っている。
海面には大破した船の残骸が漂い、焼け焦げた何処かの国旗が木切れと共に浮かんでいた。
ラディーナ女王号の面々は、つい今し方小さな商船を爆破したところだった。
彼らはいつものように商船を襲って略奪を行ったが、商船に火薬の詰まった樽が積まれているのを見て、乗組員の一人がそれに火を点けたのである。もちろんその行為に大した意味はない。彼らにとっては遊びのようなものである。
しかし大きな花火は、偶然にも探し人を招き寄せたようだった。
ラディーナ女王号の船員達はゆっくりと沈み行く商船の破片を横目に見ながら、それぞれの所定位置に戻っていた。甲板掃除に戻る者、夕食の仕込みに取り掛かる調理係――しかし見張り台から声が発されたことで、彼らの動きは中断された。
「六時の方向に海賊船です!」
カーン船長は読みかけの本の続きを読むといって船室へ入っていたが、その船長が本を掴んだまま甲板へ飛び出してきた。ちなみにナシームは魚釣りでもしようとたった今船べりに立って釣り糸を下したばかりだったが、彼もその声を聞き、慌てて釣竿を上げた。
本を手にしたままの船長が見張りを見上げた。
「どこの船だ!」
望遠鏡を覗いている見張りが嬉しそうに叫ぶ。
「エンパイア号です!」
「来たな!」
船長は見張り以上に嬉々として叫んだ。気分の高揚を表すためかそれとも錯乱しているのか、彼は手にしていた詩集を手近に立っていたナシームに無言で投げつけると、早速船員達に対して号令を始めた。
釣竿を放り出した代わりに本を辛うじて掴んだナシームには、船長の不躾な態度を責める暇もない。彼は駆け足で船長室へ本を戻しに行くと、釣竿を片付けるために再び甲板へ走り出ていった。水平線の向こうに浮かんでいる船は徐々に近づいてきている。あちらもこちらを敵として認識しているに違いない。
彼が釣竿とバケツを掴んで船室へ戻ろうとすると、その肩をカーン船長が掴んだ。
「待てナシーム、今日のは記念すべき闘いになる。お前もここに残って見ていけ!」
楽しそうに言う船長の顔を凝視しつつ、ナシームは自分の耳を疑った。
「何をおっしゃるんですか船長、そんなことしたら私は殺されてしまいますよ!」
船長はいやいやと首を振る。
「お前だって逃げ回るくらいのことはできるだろう?いざとなったら誰かがお前を守るさ!こんな日に船倉に籠もるなんてバカな真似はよせ!」
馬鹿はあんただと叫ぶことを堪える以外に、ナシームにできることはなかった。とりあえず頷くだけ頷いて気の違っている男の手から逃れると、彼は船倉に走り込んで釣り道具を片付けた。
このままここに隠れていれば――
そう考えた彼が道具入れの隣で息を潜めていると、案の定甲板から野太い声が響いてきた。
「ナシーム!見ろ、エンパイア号だぞ!ナシーム出て来い!」
ああ、と彼は悲嘆の溜め息を吐いた。とうとうここで死ぬしかないのか。ここで現世と別れればこれ以上海賊達の悪行を目にせずに済むわけだが、海賊船の上でなど、誰が死にたいと思うだろうか。
それでも覚悟を決めたナシームは、よろめくような足取りで甲板へと上がっていった。
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