第20話:狙っているのは

文字数 1,377文字

 洞窟の道はそのまま反対側の出口までまっすぐに伸びており、トロイを追ったエンパイア号のクルー達は、再び洞窟の外へ出た。
 ラディーナ女王号の会計士はなかなか足が速く、先頭を走るヴァイオラ船長との距離も簡単には縮まらなかった。
 しかしいよいよ十数歩というところまで迫った時、トロイの先にはまたジャングルが広がっていた。そしてそのジャングルの中から、カーン船長を筆頭に、ラディーナ女王号の海賊達が現れたのである。トロイはたちまち男達の集団に飛び込んだ。
「出たな!」
 ヴァイオラ船長が叫んだ。
 正面から突如現れた敵を見て、ラディーナ女王号の面々は驚愕の声を上げると共に次々に武器を抜いた。
 既に殺気立っているエンパイア号の男達もそれに答えて武器を握る。吃驚したナシームは、思わずマリーの腕を掴んで自分の足に急ブレーキを掛けた。
 言葉が交わされる暇もなく戦闘が始まった。しかも場所が悪い。ジャングルの狭い入口で、何人もの男達が剣を振り回しているのである。ナシームはマリーを促して彼女と共に手近な木に飛びつくと、その幹をよじ登り始めた。
「裏切ったのか!」
 そう言ったのはヴァイオラ船長であり、その言葉はカーン船長に向けられている。同時に彼女は細剣の先も彼に向けていた。
 剣を向けられたカーン船長も咄嗟に曲刀を抜き、ヴァイオラ船長の一撃を辛うじてはね返した。
「待てヴァイオラ、なぜ俺を倒そうとするんだ!」
 突然の混乱の中で、どうやらヴァイオラ船長の言葉はカーン船長に伝わっていない。樹上に登って視界と安全を確保したナシームは、カーン船長に向かって叫んだ。
「船長、私達を狙ったのは貴方達ではないんですか」
 ヴァイオラ船長の切っ先から逃れながら、カーン船長が声のもとを探して首を回した。
「ナシームか!何を言ってる、俺が狙ってるのはヴァイオラのハートだけだ!」
 緊急事態ということもあり船長のボケは黙殺し、ナシームはさらにカーン船長に向けて言った。
「船長、誰かが私達を殺そうとしていくつも罠を仕掛けてきたんです。ヴァイオラ船長の妹さんがトロイの姿を見ました」
 続けて彼はヴァイオラ船長に向かっても言う。
「ヴァイオラ船長、カーン船長は罠のことを知りません。私達を狙ったのは彼じゃありませんよ!」
 カーン船長が「トロイだと!」と叫ぶ一方、ヴァイオラ船長が「じゃあ誰が!」と叫んだ。
 曲刀を構えたままカーン船長が体を反転させて会計士の姿を探すが、戦闘中の男達の中にその姿はない。
 どうやら二人の会話を理解したらしいライラが、鞭で敵を退けながら「さっき一人でそっちへ下っていったわよ!」とカーン船長の言葉で叫び、続いてヴァイオラ船長に向かって言った。「ヴァイオラ、どうやら犯人は単独犯みたいよ」
 即ヴァイオラ船長から回れ右したカーン船長は、部下に号令をかけながら猛然とジャングルの坂道を下り始めた。
 ラディーナ女王号の部下達は戸惑いながらも武器に込める力を抜き、またヴァイオラ船長も犯人追跡の命令を下したので、エンパイア号のクルー達も武器を手にしたまま、戦闘をやめて森の中を走り始めた。
 マリーは木の枝から飛び降り、戸惑うことなく仲間達を追って走り出した。それを見たナシームも、慌てて木からずり落ちると、彼女の後を追った。



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登場人物紹介

ヴァイオラ船長


入り江の街を根城にする、海賊船エンパイア号の女船長。

自由と海を愛し、無暗な略奪や不要な殺生を避ける変わった海賊。

カーン船長をさっさと倒し、入り江からラディーナ号を追い払わなければと考えている。

カーン船長


海賊船クイーンラディーナ号の船長。

侠気がないことはないが乱暴者で、頭の螺子が足りない(とナシームには思われている)。

ヴァイオラ船長に一目惚れし、彼女を手に入れるために決闘を申し込む。

マーシャ


元巨大商社の支社長で、現在はエンパイア号の航海士。

ビジネス上の敵だった公爵を暗殺し損ねて流刑になっていたところを、ヴァイオラ船長に救われた。

いつも悪だくみばかりしている。

ナシーム


ごく平凡な商人。

乗っていた商戦をカーン船長に襲撃されて以来、通訳として強制的に海賊船に乗船させられている。

本編の主人公。

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