第22話:最後の宝箱

文字数 3,345文字

 夕暮れを迎えた海岸に、二艘の大きな帆船が影となって並んでいる。
 浜辺では少し距離を置いて、二つの篝火があがっている。一方の火の回りにはエンパイア号の乗組員達が、もう一方の火の回りにはラディーナ女王号の乗組員達が集まって、それぞれのんびり酒を飲んだり、疲れた体を休めたりしていた。
 ナシームは島の中心からここへ戻ってくる間に、ヴァイオラ船長に彼が知っていて彼女が知らないと思われることを、全て説明した。
「つまり、あんたらのとこのトロイって会計士は、私達を勝たせてカーンをうちの船に乗せたがってたってことか。つまりじゃあ私達を襲ってたのは……」
 ヴァイオラ船長は部下達から少し距離を置いたところで、砂の上に腰を下ろした。彼女に従っていたナシームも、一日歩き通しでくたびれ果てていたこともあり、その隣に席をもらって座り込んだ。
「例の、カーン船長に吹き矢の針を刺した山男みたいですよ。トロイは嘘をついてカーン船長のチームを抜けたあと、私達の先回りをして、あらかじめ仕掛けられていた罠を解いて回っていたんだそうです」
 はああ、とヴァイオラ船長は呆れたように溜め息を吐いた。
「そりゃご苦労なこったな。…しかし、どうして私達の進むルートが奴にわかったんだ?地図を見れば道はわかっただろうが、私達が正規ルートを辿るとは限らないだろう。あんたんとこの船長みたいに、川の中を進んでたかもしれない」
 そこへ、夕闇を纏ったライラが近付いてきた。彼女のブロンドは、篝火の色をはね返して赤く輝いている。
「マーシャがね、私達の取りそうなルートを彼に伝えていたんですって。よく当たったわよね」
 美しい顔に微笑の花を咲かせたライラは、彼女も感じているはずの疲れを全く見せない素振りで、ヴァイオラ船長の隣に腰を下ろした。そして彼女の背後には、航海士見習いのアンネリーがついていた。少女も彼女の先生に倣って、ライラの隣に腰を下ろした。
 ヴァイオラ船長は呆れ顔のまま続ける。
「人の行動パターン読み取ってゴマするのは商社時代からの特技だって、いつか自慢してたもんな。当たって何よりだ。で、あいつは今何してる。捕まえてくれたんだろ?」
 その問いにライラに代わって反応したのアンネリーである。ちなみに、彼女は当のマーシャの娘である。
「さすがにちょっと気まずいみたいで仮病使って船室に引きこもってますよ。大方トロイってにーちゃんをそそのかしたのもあのおっさんでしょ?独立させたあとイングランドに送ってもらおうとか思ってたんだろうけど。でもどうせ明日になったら、私は船長の勝利に貢献するためにとか適当言って、またいつも通りですよ。ほんと図々しくて恥ずかしいですよ、あのおっさん」
 苦々しく言う少女を見て、ヴァイオラ船長は逆に「まあまあ」と窘めた。
「私達を狙ったわけじゃないんだから、今回はよしとしてやろうじゃないか。びしょぬれになったり森の中を一人で駆け回ったりして、随分苦労したみたいだしな」
 アンネリーはまだ不服そうだったが、ライラに肩を叩かれて、それ以上の愚痴は控えることにしたようだった。
「それから例の山男だが、どうだった?結局カーンのところの部下が捕獲したんだろう?」
 ヴァイオラ船長が再びライラに顔を向ける。ライラは頷いた。
「どうやらね、もとは遭難者だったみたいなの。自分じゃ宝島に宝を残した海賊の一人だなんて言ってるけど、彼はどう見てもそこまでおじいさんじゃないし、ちょっと頭が混乱してるみたいね。島に残ってるひとつだけの宝箱を守ろうとして、私達を襲ったみたい」
 ちょっと頭が混乱してるとはまた優しい表現だなと関係のない部分にナシームが感心していると、突如彼らの目の前に、がしゃりと重々しい荷物が下ろされた。
 カーン船長の二人の部下が、古びた宝箱を運んできたのである。しかもその後からは、当のカーン船長がにこにこしながら近付いてきた。ナシームは隣のヴァイオラ船長から、形容し難い緊張感というか不快感が醸し出されたのを感じた。
「おおナシーム!すっかりそちらさんに馴染んでるようだな。まるで三人娘のパパみたいだな!結構なこった!」
 カーン船長の言いがかりに、ナシームは顔を若干赤黒くして反抗した。
「船長、私はそんな年じゃございませんよ。いくら髭を伸ばしているからって、あんまりじゃありませんか」
 しかし相変わらずカーン船長は彼の言葉に対しては右から左のようで、何事も聞かなかったかのように、すぐに顔をヴァイオラ船長の方へ戻した。
「さてヴァイオラ、さっきの勝負じゃあんたの勝ちだったな。洞窟から宝箱が移されてなきゃ、これはあんたのもんだった」
 そういったカーン船長は、いかつい顎で宝箱をしゃくった。ちなみにヴァイオラ船長の隣では、ライラがカーン船長の言葉を同時通訳している。ヴァイオラ船長はどことなく気まずそうに首を振った。
「いや、結局箱はあんたらが例の山男と一緒に見つけたんだ。それに何よりあれは、第三者が絡んだ不公平なゲームだった。今回の決闘に勝者はいないよ」
 ちなみにヴァイオラ船長の言葉は、ナシームが通訳して彼に伝えた。どうやらヴァイオラ船長は、カーン船長の船に乗るのもカーン船長を船に乗せるのもやはり御免被りたいようである。しかしながら当然、しつこさが売りといっても過言ではないカーン船長は、空気を読まないことはもちろん、そのくらいでは引き下がらない。
「ならもう一度決闘だ!今度は別の方法を考えよう。ここにある宝箱を使って何かできるかもしれないし、この際だ、チームに分かれてビーチバレーってのも面白そうだな!」
 船の行く末を決める決闘がビーチバレーでも構わないのか、がははと笑った船長に合わせて船長の両サイドに立っている部下も爆笑した。唇の端をわずかに引きつらせたヴァイオラ船長の隣で、ライラが「熱烈ねぇ」と呟くのをナシームは聞いた。
 その時彼の視界の端に、夕食もとい宴会用のラム酒が詰まった樽を運ぶガスポと、ソーセージを齧りながら男達の間を行き来するマリーの姿が映り込んだ。その瞬間、ナシームの頭の中に一つの考えが閃いた。
「そういうことでしたら、飲み比べで決着を着けるというのはいかがでしょう」
 ヴァイオラ船長から、すぐに驚きと怪訝の表情が返ってくる。しかしライラは何かを悟ったのか、口を開きかけた船長に含みのある視線を送った。一方でカーン船長の顔には、一気に満面の笑みが広がった。
「飲み比べか!今夜の余興にもちょうどよさそうだな!よし、受けて立とう!」
 まだヴァイオラ船長が引き受けたかもはっきりしないというのに、カーン船長は大きく頷いた。
「酒樽は両方の船から同じ数だけ出そう。メシが済んだら同時にスタートで、先にダウンしたほうが負けだ。簡単だな!これでいいだろう?」
 ヴァイオラ船長は未だに疑問そうな表情を変えてはいないが、ライラの視線はそのまま彼女に向けられている。ライラに全面的な信頼を寄せている船長は、ここでも親友を信用してみることにしたのだろう、とりあえずといった感じで頷いた。
 了解を得ると、カーン船長とその部下達はご機嫌で去っていった。その後ろ姿を見送ったところで、ヴァイオラ船長が左右の二人を見比べた。
「さて、受けてしまったぞ。どういうつもりなんだ、二人とも」
 ふふふと微笑んだライラが、先に口を開いた。
「いえ、私達もマーシャの図々しさに倣おうと思ってね。そうでしょう、ナシームさん?」
 明るい色の瞳に見詰められて、ナシームは年甲斐もなくひとりでに頬が緩むのを感じた。が、彼は慌ててそれを笑顔に転化すると、ヴァイオラ船長に向かって頷いた。
「大丈夫です。飲み比べでは、ヴァイオラ船長はカーン船長に絶対勝ちますよ。ライラさんの保証付きです」
 それを聞いて、ヴァイオラ船長はますます眉間に皺を寄せた。
「…敵を欺くにはまず味方からってことか。…いいよ、これ以上聞かない。お前らの計画に乗ってやるよ」
 ライラの隣では、アンネリーが好奇心で瞳を輝かせている。ライラは「そう来なくちゃ」と、親友の肩を叩いた。



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登場人物紹介

ヴァイオラ船長


入り江の街を根城にする、海賊船エンパイア号の女船長。

自由と海を愛し、無暗な略奪や不要な殺生を避ける変わった海賊。

カーン船長をさっさと倒し、入り江からラディーナ号を追い払わなければと考えている。

カーン船長


海賊船クイーンラディーナ号の船長。

侠気がないことはないが乱暴者で、頭の螺子が足りない(とナシームには思われている)。

ヴァイオラ船長に一目惚れし、彼女を手に入れるために決闘を申し込む。

マーシャ


元巨大商社の支社長で、現在はエンパイア号の航海士。

ビジネス上の敵だった公爵を暗殺し損ねて流刑になっていたところを、ヴァイオラ船長に救われた。

いつも悪だくみばかりしている。

ナシーム


ごく平凡な商人。

乗っていた商戦をカーン船長に襲撃されて以来、通訳として強制的に海賊船に乗船させられている。

本編の主人公。

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