第8話:ルール変更
文字数 1,391文字
「止めだ!」
この声を受けたラディーナ女王号の船員達が、一斉に意識をその声へ向けた。カーン船長の言葉は彼らに向けて発されたものだったらしい。同時にまたヴァイオラ船長も、その切っ先を止めていた。
ヴァイオラ船長の細剣の先はカーン船長のみぞおちに、カーン船長の曲刀の腹は彼女の肩口に突きつけられたまま動きを止めている。カーン船長は哄笑した。
「俺の女神よ!あんたはいい女な上に大した戦士だな!だがここで俺達が殺し合うのは無意味ってもんじゃないか?」
細剣のように鋭いヴァイオラ船長の眼光が疑問を含み、カーン船長の顔に向けられた。彼女は問う。
「ここまで来て海賊が死を恐れるのか?」
いやいやとカーン船長は首を振った。
「俺はあんたを殺したくない、ついでにあんたをものにせずに死ぬのもごめんだ。だが俺らが斬り合えばどちらかが死ぬしかないだろう?決闘の方法を変えないか」
曲刀の切っ先がヴァイオラ船長の体から離れた。彼女はますます疑い深い目付きで目の前の異邦人を睨んだ。
「方法を変える?何を言ってる」
とうとう細剣の先もカーン船長のみぞおちから離れた。カーン船長は愉快そうに頷いた。
「『宝島』だ」
突然浮上した思いがけない単語に対して、短い沈黙が生まれる。
「…『宝島』の話は私も知ってる。それがどうした」
カーン船長はヴァイオラ船長の眼光を受けながら、曲刀を握った腕を下ろしリラックスした姿勢で、相手を見つめ返した。
また二人の周囲では、船長二人の異変に気が付いた海賊達が、徐々に動きを止めつつある。
「『宝島』には、今でも宝箱がひとつだけあるんだろう?俺達はその箱を巡って争うんだ」
視線は目の前の男に据えたまま、ヴァイオラ船長も先の折れた細剣を腰の鞘に収めた。周囲の海賊達も今やほとんど戦闘をやめている。カーン船長は続けた。
「先に島の宝箱を取って、島の海岸まで戻ってきた方が勝ちだ。先に戻ってきた方が、そこで船の大砲を鳴らす。それがゲーム終了の合図だ」
勝手に喋り続けているカーン船長だが、彼の言葉はヴァイオラ船長にとっては外国語である。彼女は確かめるように、彼の言葉を繰り返した。
「先に宝箱を持ち帰った方が勝ちなんだな。そして勝った方はそれを相手に知らせるために、『宝島』の浜辺で空砲を撃つ」
そうだ、とカーン船長は満足気に頷いた。
ヴァイオラ船長はわずかの間考えていたようだったが、すぐに小さく頷き返した。
「…いいだろう。私達が勝てば、この入り江から出て行ってもらおう。だがいいのか?ここは私らの海だ。地の利は私達にある。あんたらには不利かもしれないぞ」
彼女の言っていることを理解したのかしていないのか、カーン船長はさらに頷いた。
「いいさ。俺は勝っても負けても、あんたの船を沈める気はない。俺が負けたら、俺のラディーナ号をあんたにやろう。俺はあんたの船に乗る。俺が勝ってもエンパイア号は沈めない。ただ俺はあんた一人を俺の船に乗せる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
ヴァイオラ船長はすぐには頷かずに、ますます眉間の皺を深くした。彼女は自分達の会話が若干すれ違いかけていることに、気が付き始めたのかもしれない。
しかしその時、今や完全に戦闘をやめて二人のやり取りを注視していた男達の中から、エンパイア号の航海士が歩み出てきた。
*
この声を受けたラディーナ女王号の船員達が、一斉に意識をその声へ向けた。カーン船長の言葉は彼らに向けて発されたものだったらしい。同時にまたヴァイオラ船長も、その切っ先を止めていた。
ヴァイオラ船長の細剣の先はカーン船長のみぞおちに、カーン船長の曲刀の腹は彼女の肩口に突きつけられたまま動きを止めている。カーン船長は哄笑した。
「俺の女神よ!あんたはいい女な上に大した戦士だな!だがここで俺達が殺し合うのは無意味ってもんじゃないか?」
細剣のように鋭いヴァイオラ船長の眼光が疑問を含み、カーン船長の顔に向けられた。彼女は問う。
「ここまで来て海賊が死を恐れるのか?」
いやいやとカーン船長は首を振った。
「俺はあんたを殺したくない、ついでにあんたをものにせずに死ぬのもごめんだ。だが俺らが斬り合えばどちらかが死ぬしかないだろう?決闘の方法を変えないか」
曲刀の切っ先がヴァイオラ船長の体から離れた。彼女はますます疑い深い目付きで目の前の異邦人を睨んだ。
「方法を変える?何を言ってる」
とうとう細剣の先もカーン船長のみぞおちから離れた。カーン船長は愉快そうに頷いた。
「『宝島』だ」
突然浮上した思いがけない単語に対して、短い沈黙が生まれる。
「…『宝島』の話は私も知ってる。それがどうした」
カーン船長はヴァイオラ船長の眼光を受けながら、曲刀を握った腕を下ろしリラックスした姿勢で、相手を見つめ返した。
また二人の周囲では、船長二人の異変に気が付いた海賊達が、徐々に動きを止めつつある。
「『宝島』には、今でも宝箱がひとつだけあるんだろう?俺達はその箱を巡って争うんだ」
視線は目の前の男に据えたまま、ヴァイオラ船長も先の折れた細剣を腰の鞘に収めた。周囲の海賊達も今やほとんど戦闘をやめている。カーン船長は続けた。
「先に島の宝箱を取って、島の海岸まで戻ってきた方が勝ちだ。先に戻ってきた方が、そこで船の大砲を鳴らす。それがゲーム終了の合図だ」
勝手に喋り続けているカーン船長だが、彼の言葉はヴァイオラ船長にとっては外国語である。彼女は確かめるように、彼の言葉を繰り返した。
「先に宝箱を持ち帰った方が勝ちなんだな。そして勝った方はそれを相手に知らせるために、『宝島』の浜辺で空砲を撃つ」
そうだ、とカーン船長は満足気に頷いた。
ヴァイオラ船長はわずかの間考えていたようだったが、すぐに小さく頷き返した。
「…いいだろう。私達が勝てば、この入り江から出て行ってもらおう。だがいいのか?ここは私らの海だ。地の利は私達にある。あんたらには不利かもしれないぞ」
彼女の言っていることを理解したのかしていないのか、カーン船長はさらに頷いた。
「いいさ。俺は勝っても負けても、あんたの船を沈める気はない。俺が負けたら、俺のラディーナ号をあんたにやろう。俺はあんたの船に乗る。俺が勝ってもエンパイア号は沈めない。ただ俺はあんた一人を俺の船に乗せる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
ヴァイオラ船長はすぐには頷かずに、ますます眉間の皺を深くした。彼女は自分達の会話が若干すれ違いかけていることに、気が付き始めたのかもしれない。
しかしその時、今や完全に戦闘をやめて二人のやり取りを注視していた男達の中から、エンパイア号の航海士が歩み出てきた。
*