第15話:近道
文字数 1,792文字
「…船長、なぜわざわざ我々は、水の中を歩いているんですかね」
渋い声でそう言ったのはマーシャである。
彼の言葉通り、彼らは谷底に流れる、細い川の中を歩いていた。
彼らは腰の辺りまで水に浸かっており、普段からシャツ姿のカーン船長や軽装の乗組員はともかく、コートを着ているマーシャの服の裾はどっぷりと水に浸かっている。
カーン船長は陽気に答えた。
「そりゃあマーシャ、これが近道だからに決まってるだろう!」
他の船員達はこの船長に全幅の信頼を置いているのか、今のところ他に抗議した者は見当たらない。マーシャは不平を続けた。
「近道ですか。船長はこの島の地図でもお持ちなので?」
「まさか、そんなわけないだろう!だが言い伝えによれば宝箱の隠し場所は洞窟だろう?洞窟ってのは必ず地下水脈や川の近くにあるもんだ。そう大きくない島だから、水を追っていけば恐らく洞窟に着くだろう。水の中なら先代の仕掛けた罠もないだろうし、一石二鳥ってわけだ!」
自信たっぷりに言い切った船長は笑ったが、マーシャにはどうにも納得がいかない。
「果たしてそう上手くいきますかね…」
それから三十分も歩かないうちに、彼らの前には洞穴が口を開けていた。
水の流れはその闇の中から続いており、彼らの進行方向には、その横穴を除けば岩壁の他は何もない。
そびえる岩壁と洞窟とを見上げる船長に、とうとうトロイが言った。
「船長、この先進むのは微妙ですよ。下手すれば穴が小さくなってて通れないってこともありますし…引き返して道を変えませんか?」
しかし船長は首を振ると、別の部下に向かって威勢よく声を張り上げた。
「行ける所まで行こうじゃないか。バッツォ、火をくれ!」
名を呼ばれたバッツォの他、数人が松明を用意し、一行は水を掻き分けながら真っ暗闇の中へ進んで行くことになった。
松明の灯りが洞窟の岩壁を照らし出す他は、そこはほとんど闇の世界である。しかもどうやら水深を増しつつある足元に不快そうな視線を落としながら、マーシャがぽつりと呟いた。
「パリやローマの下水の中を歩くよりはいくらかましでしょうね。…出口がどこだかわかっていないにしても」
それに対してカーン船長の大声が、洞穴の中に反響する。
「そうだ!バカでかいドブネズミや病気持ちの追い剥ぎはここには住んでないだろうからな!安心しろ」
男達は闇の中松明を掲げ、水の中を進んでいく。川の流れは徐々に深さと速さを増してゆき、気付けば彼らは腹の辺りまで水に浸かっていた。
「これ以上深くなったら、歩くのはしんどくなってきますよ」
マーシャが愚痴ったところで、前方を歩いていた男達が声を上げるのが聞こえた。
「船長、この先天井が低くなってて、水に潜らないと進めませんぜ」
ほらきたと言わんばかりの顔でマーシャがカーン船長を見遣ると、船長は「どれどれ」と低くなっているらしい天井を自ら見に、水を掻き分けて進んでいった。
実際に列の先頭まで来てみると、洞窟の天井は急激に窄まっており、川面と天井の間には五センチ程度の隙間しかない。
「松明が使えなきゃ、先に進むのはちとキツいですよ」
バッツォが言い、手にしている松明を高く掲げ、彼らの頭上の岩肌を照らし出した。しかしそこで、バッツォはぴたりと動きを止める。
首を上げたまま固まった彼の動きを不審に思ったのは、何もカーン船長だけではなかっただろう。付近にいた男達がバッツォの視線の先を追いかけると、彼らもそこでそのまま硬直した。
天井の高くなっている部分には、岩肌を覆い隠すように、びっしりと大量の蝙蝠が貼り付いていたのである。
「げっ」
誰かが呟いたのを合図にしたかのように、蝙蝠達が一斉に飛び立った。
軋むような羽音が嵐のように重なり、巨大な羽を広げた黒い塊が群れとなって海賊達の頭上に襲来する。
「うぎゃあ」と誰かが叫んだかと思えば、驚いて足を滑らせた者がいる。転んだ男は水に流され、後方にいた者に追突した。蝙蝠の羽音と跳ねる水音、男達の喚き声が反響して洞窟の中は騒然となった。
マーシャはすっ転んだ海賊の一人に激突され、彼も水の中に転倒した。後から後から流されてくる男達や逆走する連中が引き返してくるため、彼のブーツの底は川床を捉える隙のないまま、空しく水を蹴り続けた。
*
渋い声でそう言ったのはマーシャである。
彼の言葉通り、彼らは谷底に流れる、細い川の中を歩いていた。
彼らは腰の辺りまで水に浸かっており、普段からシャツ姿のカーン船長や軽装の乗組員はともかく、コートを着ているマーシャの服の裾はどっぷりと水に浸かっている。
カーン船長は陽気に答えた。
「そりゃあマーシャ、これが近道だからに決まってるだろう!」
他の船員達はこの船長に全幅の信頼を置いているのか、今のところ他に抗議した者は見当たらない。マーシャは不平を続けた。
「近道ですか。船長はこの島の地図でもお持ちなので?」
「まさか、そんなわけないだろう!だが言い伝えによれば宝箱の隠し場所は洞窟だろう?洞窟ってのは必ず地下水脈や川の近くにあるもんだ。そう大きくない島だから、水を追っていけば恐らく洞窟に着くだろう。水の中なら先代の仕掛けた罠もないだろうし、一石二鳥ってわけだ!」
自信たっぷりに言い切った船長は笑ったが、マーシャにはどうにも納得がいかない。
「果たしてそう上手くいきますかね…」
それから三十分も歩かないうちに、彼らの前には洞穴が口を開けていた。
水の流れはその闇の中から続いており、彼らの進行方向には、その横穴を除けば岩壁の他は何もない。
そびえる岩壁と洞窟とを見上げる船長に、とうとうトロイが言った。
「船長、この先進むのは微妙ですよ。下手すれば穴が小さくなってて通れないってこともありますし…引き返して道を変えませんか?」
しかし船長は首を振ると、別の部下に向かって威勢よく声を張り上げた。
「行ける所まで行こうじゃないか。バッツォ、火をくれ!」
名を呼ばれたバッツォの他、数人が松明を用意し、一行は水を掻き分けながら真っ暗闇の中へ進んで行くことになった。
松明の灯りが洞窟の岩壁を照らし出す他は、そこはほとんど闇の世界である。しかもどうやら水深を増しつつある足元に不快そうな視線を落としながら、マーシャがぽつりと呟いた。
「パリやローマの下水の中を歩くよりはいくらかましでしょうね。…出口がどこだかわかっていないにしても」
それに対してカーン船長の大声が、洞穴の中に反響する。
「そうだ!バカでかいドブネズミや病気持ちの追い剥ぎはここには住んでないだろうからな!安心しろ」
男達は闇の中松明を掲げ、水の中を進んでいく。川の流れは徐々に深さと速さを増してゆき、気付けば彼らは腹の辺りまで水に浸かっていた。
「これ以上深くなったら、歩くのはしんどくなってきますよ」
マーシャが愚痴ったところで、前方を歩いていた男達が声を上げるのが聞こえた。
「船長、この先天井が低くなってて、水に潜らないと進めませんぜ」
ほらきたと言わんばかりの顔でマーシャがカーン船長を見遣ると、船長は「どれどれ」と低くなっているらしい天井を自ら見に、水を掻き分けて進んでいった。
実際に列の先頭まで来てみると、洞窟の天井は急激に窄まっており、川面と天井の間には五センチ程度の隙間しかない。
「松明が使えなきゃ、先に進むのはちとキツいですよ」
バッツォが言い、手にしている松明を高く掲げ、彼らの頭上の岩肌を照らし出した。しかしそこで、バッツォはぴたりと動きを止める。
首を上げたまま固まった彼の動きを不審に思ったのは、何もカーン船長だけではなかっただろう。付近にいた男達がバッツォの視線の先を追いかけると、彼らもそこでそのまま硬直した。
天井の高くなっている部分には、岩肌を覆い隠すように、びっしりと大量の蝙蝠が貼り付いていたのである。
「げっ」
誰かが呟いたのを合図にしたかのように、蝙蝠達が一斉に飛び立った。
軋むような羽音が嵐のように重なり、巨大な羽を広げた黒い塊が群れとなって海賊達の頭上に襲来する。
「うぎゃあ」と誰かが叫んだかと思えば、驚いて足を滑らせた者がいる。転んだ男は水に流され、後方にいた者に追突した。蝙蝠の羽音と跳ねる水音、男達の喚き声が反響して洞窟の中は騒然となった。
マーシャはすっ転んだ海賊の一人に激突され、彼も水の中に転倒した。後から後から流されてくる男達や逆走する連中が引き返してくるため、彼のブーツの底は川床を捉える隙のないまま、空しく水を蹴り続けた。
*