第12話:宝島上陸

文字数 2,200文字

 宝島への航海は、恐らく誰もが予想していた通りにハプニングに満ちたものとなった。
 その孤島に辿り着くには、渦潮の巻く海峡や頻繁に嵐に見舞われる海域を抜けねばならないうえに、途中にはどういう仕掛けかコンパスの効かない場所まであった。危険な海域では、彼らは昼夜問わず航行のために働き続けなければならない。ハプニングがアクシデントにならず無事に目的地まで辿り着けたのは航海士の能力に加えて船員達の協力があったからだろうが、一週間ほどの船旅の末にやっとライラが航海の終了を告げた時には、さすがに乗組員の多くが歓喜の声を上げた。
 大海原に浮かぶ小さな島に辿り着いた時、彼らは緑に覆われた島の白い砂浜の近くに、赤い海賊旗を掲げた海賊船が停泊しているのを発見した。間違いなくライバルの船である。
「随分早いお越しじゃないか」
 ヴァイオラ船長が言った。たまたま彼女の側でラディーナ女王号を眺めていたナシームは、彼女の声に相槌を打った。
「私達は寄り道しましたからね。それにどういうわけかカーン船長は、航海は得意なんです。シベリアの海岸も西インド諸島も、彼は自分の腕一本で潜り抜けてきましたから。ラディーナ号に航海士はいないんですよ」
「そりゃあ丁度いいな。ライラがまた休暇に入ってマーシャが消えたら、今度は彼に航海士を頼もうか?…いや、やっぱりごめんだな。あの男には故郷の海へ帰って頂こう」
 彼女の口調は冗談めいていたが、思わず気まずくなったナシームは口を閉ざした。結局彼は未だに、カーン船長の正しい意図をヴァイオラ船長に伝えられずにいる。この様子ではカーン船長は完全に脈なしだが、果たしてそれを伝える勇気が自分にあるかどうか、ナシームには全く定かではない。
「だが、勝負はここからだ」
 ヴァイオラ船長の意気込みと共に、船員達は停泊したエンパイア号から、次々と降り始めた。







 船員達は船から降りたが、大勢で島に入っていったところで利益より危険の方が勝るというヴァイオラ船長の判断により、船員の大半は浜辺に残って船を守ることになった。帰りの航海に備えて、新鮮な水や食料の調達をしておく者も必要である。
 ちなみに航海士見習いのアンネリーは元々アウトドア派ではないようで、居残り組に入っていた。一方で船長から残るように命じられながらそれに抵抗しているのが、船長の妹のマリーである。
「ずるいよ!みんな行くのに私だけおいてきぼりなんてひどいよ!」
 どこで生まれ育ったのか、ナシームの耳にも馴染みのない風変わりな訛りで話すマリーは、大きな瞳に不満をありありと映して姉のコートにしがみついた。横から現れた甲板係のアントーニオが彼女を引き剥がそうとその肩を掴むが、マリーはなかなか離れようとしない。
「マリー、島はとても危ない。置いていくのは、誰も君が怪我をするところを見たくないからだ」
「私、自分の面倒は自分で見れるよ!」
 マリーは活発で愛嬌のある少女だが、正直言って、随分抜けているところがある。彼女の言葉に信憑性があるとは誰も思っていない。しかしヴァイオラ船長は腕を組むと、眉を寄せて悩み始めた。
「…まあ、甘やかしすぎても問題だしね…」
 この場合連れて行くことが甘やかすことになるのか置いていくことがそうなるのかは定かではないようにナシームには思われたが、船長はしばしの間考えた末、結論を下したようだった。
「わかったマリー、あんたも連れて行くから、黙って歩きなさい。余所見しない、脱線しない、拾い食いしない。ナシームとアントーニオの間に置くから、絶対に二人の間から出るんじゃないわよ。約束を破って何かあっても、私達はあんたのこと置いてくからね」
 訥々と妹に言い聞かせるヴァイオラ船長の背後で、ライラはナシームに向かって「そんなこと言って、絶対に放っておかないのよ」と可笑しそうに呟いた。
 どうやら妹に向かう時だけは、ヴァイオラ船長の口調も普段の雄々しさを取り払うようである。海賊船の横で繰り広げられている姉妹の団欒に、ナシームは気を抜かれたように溜め息を吐いたが、ライラはそれを見ていたらしい。
「面白いでしょう?うちの船って」
 ナシームは苦笑し、頷いた。
「確かに、そうですね」
「ここにいると自分の家族が恋しくなるのよ。……貴方も、貴方の家族を思い出してたんじゃない?お子さんはいるの?」
 その問いに対しては、彼は首を振った。
「子供はいませんが、弟がいます。…もちろん、あんな小さな子供じゃないですけどね。……」
 わずかに彼の目が細められたのも、ライラは見逃さなかったのだろう。彼女は優しく彼の肩を叩いた。
「また弟さんにも会えるわよ。ヴァイオラが勝てばね」
 そう、ヴァイオラ船長が決闘に勝利すれば、ナシームは呪わしきカーン船長とラディーナ女王号に別れを告げることができるのである。彼の胸は自然と、希望と期待で膨らんでいった。
「カーン船長の前ではもちろん言えませんが、私にできることがあればお手伝いしますよ。…まあ、宝探しで私がお役に立てることなんて、ないかもしれませんが」
 苦笑したナシームに向かって、ライラはいいえと首を振った。
「十分あるわよ。とりあえずは、マリーの見張りをお願いね」
 華やかなライラの笑顔に向かって、ナシームも穏やかに頷いた。



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登場人物紹介

ヴァイオラ船長


入り江の街を根城にする、海賊船エンパイア号の女船長。

自由と海を愛し、無暗な略奪や不要な殺生を避ける変わった海賊。

カーン船長をさっさと倒し、入り江からラディーナ号を追い払わなければと考えている。

カーン船長


海賊船クイーンラディーナ号の船長。

侠気がないことはないが乱暴者で、頭の螺子が足りない(とナシームには思われている)。

ヴァイオラ船長に一目惚れし、彼女を手に入れるために決闘を申し込む。

マーシャ


元巨大商社の支社長で、現在はエンパイア号の航海士。

ビジネス上の敵だった公爵を暗殺し損ねて流刑になっていたところを、ヴァイオラ船長に救われた。

いつも悪だくみばかりしている。

ナシーム


ごく平凡な商人。

乗っていた商戦をカーン船長に襲撃されて以来、通訳として強制的に海賊船に乗船させられている。

本編の主人公。

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