第5話:噂の余所者
文字数 1,111文字
「赤い海賊旗?」
そう言いながら眉を顰めたのは、海賊船エンパイア号のヴァイオラ船長である。
彼女は甲板で操縦桿に片手を掛けたまま、背後の部下を振り返った。その彼女に海図を手渡しつつ、彼女の新しい航海士は頷いた。
「だ、そうですよ。最近この辺りで手当たり次第船を沈めてる連中です。情報が少ないのは、生存者がほとんどいないからだそうで」
皮肉っぽく唇を曲げた航海士は、以前までヴァイオラ船長を補佐し続けていた美女ライラではなく、南インド会社という巨大商社の元支社長である。
彼はかつてヴァイオラ船長に敵対して破れ、紆余曲折を経て彼女の船の乗組員になった。航海士のライラがかねてより懇意にしていたウェイン提督と結婚してしまい、現在は期間未定で休暇を取っているので、ヴァイオラ船長はその間の航海士をこの男に代行させているのである。元商社の支社長は便利なことに、平社員時代に航海術を身につけていたらしい。
「聞いたことないな。船の名前は?何て呼ばれてる連中だ」
船長の疑問が航海士の言葉を追った。航海士は答える。
「どうもよそからいらっしゃったようで。船長はスペイン語だかポルトガル語だかを話すという話です。頻繁に入り江を出入りしてるようですから、そのうちうちともぶつかるかもしれませんね。海軍もぼちぼち動き出してるようですが――」
航海士の含んだような視線が、ヴァイオラ船長に向けられた。この男に問われるまでもない。ヴァイオラ船長は頷いた。
「私の縄張りを荒らすとはいい度胸だな。ハネムーンで浮かれてるウェインの邪魔をしちゃ気の毒だ、私達で先に潰してやろうじゃないか」
やはりそう来たかと言わんばかりに、航海士は頷いた。
「お人好しの船長ならそう仰ると思いましたよ。海軍の仕事を買って出てやる海賊なんて他所じゃ聞いたことございませんがね」
そう皮肉った航海士の肩を、乗組員の一人がばしんと叩きながら行き過ぎた。
「ようマーシャ!てめえ船長相手にあんま調子こいてんじゃねえぞ!」
「っ痛、…放っておいてもらおうか。私は今や航海士なのでね、軽々しくおかしな名前で呼ばないでくれるかな」
航海士は叩かれた肩を手の平で払いながら、同僚相手に噛み付くように言い返した。マーシャというのは、彼が乗組員になってから海賊達がつけた彼のあだ名である。ヴァイオラ船長は呆れたように眉を上げた。
「とにかくそのラテン野郎を叩く。面倒な相手かもしれないんだろう?お前ら、くれぐれも仲良くやってくれよ」
船長の言葉に応え、活きの良い船員達の掛け声と不服そうな航海士の曖昧な返事とが、不協和音となってエンプレス号の甲板に響いた。
*
そう言いながら眉を顰めたのは、海賊船エンパイア号のヴァイオラ船長である。
彼女は甲板で操縦桿に片手を掛けたまま、背後の部下を振り返った。その彼女に海図を手渡しつつ、彼女の新しい航海士は頷いた。
「だ、そうですよ。最近この辺りで手当たり次第船を沈めてる連中です。情報が少ないのは、生存者がほとんどいないからだそうで」
皮肉っぽく唇を曲げた航海士は、以前までヴァイオラ船長を補佐し続けていた美女ライラではなく、南インド会社という巨大商社の元支社長である。
彼はかつてヴァイオラ船長に敵対して破れ、紆余曲折を経て彼女の船の乗組員になった。航海士のライラがかねてより懇意にしていたウェイン提督と結婚してしまい、現在は期間未定で休暇を取っているので、ヴァイオラ船長はその間の航海士をこの男に代行させているのである。元商社の支社長は便利なことに、平社員時代に航海術を身につけていたらしい。
「聞いたことないな。船の名前は?何て呼ばれてる連中だ」
船長の疑問が航海士の言葉を追った。航海士は答える。
「どうもよそからいらっしゃったようで。船長はスペイン語だかポルトガル語だかを話すという話です。頻繁に入り江を出入りしてるようですから、そのうちうちともぶつかるかもしれませんね。海軍もぼちぼち動き出してるようですが――」
航海士の含んだような視線が、ヴァイオラ船長に向けられた。この男に問われるまでもない。ヴァイオラ船長は頷いた。
「私の縄張りを荒らすとはいい度胸だな。ハネムーンで浮かれてるウェインの邪魔をしちゃ気の毒だ、私達で先に潰してやろうじゃないか」
やはりそう来たかと言わんばかりに、航海士は頷いた。
「お人好しの船長ならそう仰ると思いましたよ。海軍の仕事を買って出てやる海賊なんて他所じゃ聞いたことございませんがね」
そう皮肉った航海士の肩を、乗組員の一人がばしんと叩きながら行き過ぎた。
「ようマーシャ!てめえ船長相手にあんま調子こいてんじゃねえぞ!」
「っ痛、…放っておいてもらおうか。私は今や航海士なのでね、軽々しくおかしな名前で呼ばないでくれるかな」
航海士は叩かれた肩を手の平で払いながら、同僚相手に噛み付くように言い返した。マーシャというのは、彼が乗組員になってから海賊達がつけた彼のあだ名である。ヴァイオラ船長は呆れたように眉を上げた。
「とにかくそのラテン野郎を叩く。面倒な相手かもしれないんだろう?お前ら、くれぐれも仲良くやってくれよ」
船長の言葉に応え、活きの良い船員達の掛け声と不服そうな航海士の曖昧な返事とが、不協和音となってエンプレス号の甲板に響いた。
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