エピローグ:ある商人の独り言
文字数 1,707文字
……さて、以上がことの顛末です。
口で説明するのも馬鹿馬鹿しいような出来事や奇怪な偶然が重なることって、意外にあるものではないでしょうか。私の人生を振り返ってみると、見ようによっては全てがそういうことの繰り返しだと思うことすらしばしばです。
とにかく私はそういう、奇妙な出会いと事件によって、カーン船長の元から離れて再び自由を手にしました。
自由とは本当に素晴らしいものです。自由によってそれ以降の私は、自分の好きな時間に眠って目覚め、飲みたくない酒は辞退し、程度の大小はあっても好意や尊敬を抱ける人々と、自ら行動を共にできるようになったのです。再び商人に戻れば毎日休みなく働かなくてはなりませんが、その時の私にとっては自分で選び取ったその労働すらも、自由の象徴のひとつに違いありませんでした。
それはともかく、エンパイア号のヴァイオラ船長は、宝島に置手紙を残し、カーン船長と決別しました。
やはりカーン船長は完全な脈なしだったんですね。私が思うに、彼女には別に意中の男性がいるような気がしてならないのですが、……もちろんそれはただの私の妄想かもしれません。
しかし私がそう考えたのにも根拠がありました。それは私達が入り江の町に寄港した時のことですが、そこでの停泊何日か目に、ヴァイオラ船長が一人でふらりと姿を消した夜があったんです。妹のマリーや親友のライラさんさえその時は私達と残っていましたし、何よりヴァイオラ船長も妙齢の、しかも誰の目から見てもそれなりに魅力的な女性です。あの晩の彼女が密かに思い人を訪ねていたのではないかと私が想像するのもそう不自然なことではないかと思うんですが、どうでしょう。
ですが問題は、その後に起きた出来事です。何と入り江に、カーン船長率いるラディーナ女王号が乗り込んできたのです。置手紙まで残されたにも関わらず、カーン船長はしつこくも諦めきれずにヴァイオラ船長を追ってきたわけですね。
彼はヴァイオラ船長がお情けで残して来てやっていた宝島の宝箱を彼女に差し出して、もう決闘とかはどうでもいいからとにかく結婚してくれと迫りました。カーン船長に追い回されたことのある私も身にしみて共感できる恐怖ですが、彼は人を追いかける時、その人の名前を叫びながら文字通り対象を追い掛け回します。ヴァイオラ船長は地元の街を彼と追いかけっこする羽目になり、とうとう三日目には、ストーカーから逃れるために出港を決意しました。何と彼女は、自ら私を紅海まで送ってくれると言ってくれたのです!
もちろん、その動機は恐ろしいストーカーを撒くために違いありませんが、それは私にとって最高の申し出でした。彼女はストーカーを撒くために思いも寄らないような場所まで旅する必要があると考えたようで、それには私の故郷はおあつらえ向きだったのでしょう。長い旅になりますから、航海士のライラさんは再び旦那さんとのハネムーンに戻り、しばらく宿場の寝室で自主謹慎、もとい引きこもりをしていたマーシャ氏が航海士代理に復帰することになりました。船長の寛容さには実に驚かされます。
私の故郷は入り江から遥か先の海にあります。普通の海賊、大概の人ならば、そんな場所まで航海しようとは思わないでしょう。しかしヴァイオラ船長がそう言った以上、そうなる可能性は高いと私は思っています。今では彼女達は私のよき友人となりました。私は彼女達を私の家族に紹介できるかもしれないと考えると、胸が踊るのを抑えられません。
それから瑣末なことですが、カーン船長達が宝島を離れた時も、一人で森に消えたトロイは見つからなかったそうです。また彼らが新たに船に乗せた山男は、十数年前にあの島に流れ着いた探検隊か海賊の一員だったようです。十数年前にはあの山男も、トロイのような青年だったのかもしれません。
さて、これで長かった私の物語もおしまいです。
願わくば、人に語り聞かせるに値するような珍奇で特異な体験が、これ以上私の人生に訪れませんように。ここまで読んで下さったあなたも私と共に祈って下されば、それは私にとって大いに幸いです。
*
口で説明するのも馬鹿馬鹿しいような出来事や奇怪な偶然が重なることって、意外にあるものではないでしょうか。私の人生を振り返ってみると、見ようによっては全てがそういうことの繰り返しだと思うことすらしばしばです。
とにかく私はそういう、奇妙な出会いと事件によって、カーン船長の元から離れて再び自由を手にしました。
自由とは本当に素晴らしいものです。自由によってそれ以降の私は、自分の好きな時間に眠って目覚め、飲みたくない酒は辞退し、程度の大小はあっても好意や尊敬を抱ける人々と、自ら行動を共にできるようになったのです。再び商人に戻れば毎日休みなく働かなくてはなりませんが、その時の私にとっては自分で選び取ったその労働すらも、自由の象徴のひとつに違いありませんでした。
それはともかく、エンパイア号のヴァイオラ船長は、宝島に置手紙を残し、カーン船長と決別しました。
やはりカーン船長は完全な脈なしだったんですね。私が思うに、彼女には別に意中の男性がいるような気がしてならないのですが、……もちろんそれはただの私の妄想かもしれません。
しかし私がそう考えたのにも根拠がありました。それは私達が入り江の町に寄港した時のことですが、そこでの停泊何日か目に、ヴァイオラ船長が一人でふらりと姿を消した夜があったんです。妹のマリーや親友のライラさんさえその時は私達と残っていましたし、何よりヴァイオラ船長も妙齢の、しかも誰の目から見てもそれなりに魅力的な女性です。あの晩の彼女が密かに思い人を訪ねていたのではないかと私が想像するのもそう不自然なことではないかと思うんですが、どうでしょう。
ですが問題は、その後に起きた出来事です。何と入り江に、カーン船長率いるラディーナ女王号が乗り込んできたのです。置手紙まで残されたにも関わらず、カーン船長はしつこくも諦めきれずにヴァイオラ船長を追ってきたわけですね。
彼はヴァイオラ船長がお情けで残して来てやっていた宝島の宝箱を彼女に差し出して、もう決闘とかはどうでもいいからとにかく結婚してくれと迫りました。カーン船長に追い回されたことのある私も身にしみて共感できる恐怖ですが、彼は人を追いかける時、その人の名前を叫びながら文字通り対象を追い掛け回します。ヴァイオラ船長は地元の街を彼と追いかけっこする羽目になり、とうとう三日目には、ストーカーから逃れるために出港を決意しました。何と彼女は、自ら私を紅海まで送ってくれると言ってくれたのです!
もちろん、その動機は恐ろしいストーカーを撒くために違いありませんが、それは私にとって最高の申し出でした。彼女はストーカーを撒くために思いも寄らないような場所まで旅する必要があると考えたようで、それには私の故郷はおあつらえ向きだったのでしょう。長い旅になりますから、航海士のライラさんは再び旦那さんとのハネムーンに戻り、しばらく宿場の寝室で自主謹慎、もとい引きこもりをしていたマーシャ氏が航海士代理に復帰することになりました。船長の寛容さには実に驚かされます。
私の故郷は入り江から遥か先の海にあります。普通の海賊、大概の人ならば、そんな場所まで航海しようとは思わないでしょう。しかしヴァイオラ船長がそう言った以上、そうなる可能性は高いと私は思っています。今では彼女達は私のよき友人となりました。私は彼女達を私の家族に紹介できるかもしれないと考えると、胸が踊るのを抑えられません。
それから瑣末なことですが、カーン船長達が宝島を離れた時も、一人で森に消えたトロイは見つからなかったそうです。また彼らが新たに船に乗せた山男は、十数年前にあの島に流れ着いた探検隊か海賊の一員だったようです。十数年前にはあの山男も、トロイのような青年だったのかもしれません。
さて、これで長かった私の物語もおしまいです。
願わくば、人に語り聞かせるに値するような珍奇で特異な体験が、これ以上私の人生に訪れませんように。ここまで読んで下さったあなたも私と共に祈って下されば、それは私にとって大いに幸いです。
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