第23話:後片付け
文字数 1,707文字
ナシームの計画とは、ごく単純なものだった。飲み比べの決闘でチートするだけである。
彼とライラ、おまけのアンネリーは敢えてヴァイオラ船長を浜辺に残し、密談のためにエンパイア号に戻った。
まず初めに話し始めたのはライラである。
「樽はお互いの船から下したものを同時に使うんでしょ?ヴァイオラのお酒だけ薄めるっていうようなことはできないわよね。水を詰めた樽を用意する時間もないし。ってことは、やっぱりあっちのお酒に細工するのかしら」
「山男を捕まえた時に、彼の持っていた痺れ薬も手に入れたらしいんです。私がそれを取りに行くので、カーン船長の酒かカップにそれを仕込んでおきましょう。吹き矢を食らった時も数時間で立ち直る象並みの神経の持ち主ですから、お酒に混ぜたくらいじゃ眠気を催すくらいの効果しか出ないでしょう。丁度いいと思いますよ」
「なるほど。で、どうやって薬を仕込むのかしら?そこが問題よね」
そこでナシームは、ちらりと浜辺で燃え上がっている灯り、もとい、それを囲んでいる人影に目を遣った。
「船長の妹さんにお願いしましょう。彼女ならそこらじゅううろうろして色んなところに首を突っ込んでますから、あちら側に入っていったところで別段怪しまれないでしょう。さっきもラディーナ号の面子に混ざってましたし」
それを聞いて、ライラは苦笑した。同時にその隣に立っていたアンネリーの瞳は、一気に輝きを増した。
「マリーだったらいけますね!それじゃぁ、あたしはその間他の連中を引き付けときますよ!」
「ヴァイオラもお酒強いけど、万が一にも負けるわけにいかないものね。私達は彼女を失えないわ」
「そうですよ、あんな原始人みたいな人に、ヴァイオラ船長は触れさせませんから」
はははと苦笑いしつつ、ナシームはアンネリーの言葉が終わるのを待ち、最後に一言付け加えた。
「それからね、この計画にはもうひとつ仕上げがあるんです。多分これにはヴァイオラ船長も反対しないと思うんですが…」
*
真夜中の浜辺。眩く輝く星々を敷き詰めた夜空が、海の上の天井を覆っている。
灰色の闇の中に浮かぶ浜には燃えつきかけの篝火がわずかに明かりを投げ掛けており、それを囲むようにして何人もの男達が鼾をかきながら転がっている。それらは皆、ラディーナ女王号の乗組員達だった。
一方で、星明りを頼りに闇の中を蠢いているのは、エンパイア号の船員達である。酔いかけの者は酔い潰れた者を揺り起こし、素面の者は浜辺に散らかった荷物を担いで、船へ向かってそろそろと歩いている。
次々にボートに乗り込んで母船へ向かう部下達を、水際に立ったヴァイオラ船長は腕組みをしながら眺めていた。まだ酒の抜けきらない彼女の顔はどこか眠たげだが、それでも彼女はきちんと自分の足で立っている。
仕上げとは、ラディーナ女王号の乗組員達が飲む酒全てに、睡眠薬を混ぜることだった。
薬など混ぜなくても大半の男達が酔い潰れただろうが、念には念を入れての計画である。飲み比べではヴァイオラ船長が勝利したものの、正直言って彼女もカーン船長を船に乗せる気は毛頭ない。カーン船長を振り切るために、この仕上げは必要だったのである。ライラは浜辺で眠りこけるカーン船長の胸元に置いておくための置手紙まで用意していた。手紙には彼の言語で、敗北した以上は入り江から立ち去るようにという忠告が記されている。
ナシームは、眠りかけのマリーがアンネリーに手を引かれて浜を歩いて行くのを見送っていた。ヴァイオラ船長は彼の姿を認めると、静かな声で言った。
「ラディーナ号、長いこと乗ってた船だったんだろう?離れるのに悔いはないか?」
彼は、アルコールで若干重たくなった首をゆるゆると振った。
「もう十分ですよ。今は自由が待ち遠しくて仕方がありません」
そうか、とヴァイオラ船長は笑った。
「じゃあ、私達も行くとするか」
彼らを除き、エンパイア号のクルーは全員浜辺を去ったようである。ナシームは頷くと、ゆっくりと歩き始めたヴァイオラ船長が砂の上に残した足跡を、のんびりと追っていった。
*
彼とライラ、おまけのアンネリーは敢えてヴァイオラ船長を浜辺に残し、密談のためにエンパイア号に戻った。
まず初めに話し始めたのはライラである。
「樽はお互いの船から下したものを同時に使うんでしょ?ヴァイオラのお酒だけ薄めるっていうようなことはできないわよね。水を詰めた樽を用意する時間もないし。ってことは、やっぱりあっちのお酒に細工するのかしら」
「山男を捕まえた時に、彼の持っていた痺れ薬も手に入れたらしいんです。私がそれを取りに行くので、カーン船長の酒かカップにそれを仕込んでおきましょう。吹き矢を食らった時も数時間で立ち直る象並みの神経の持ち主ですから、お酒に混ぜたくらいじゃ眠気を催すくらいの効果しか出ないでしょう。丁度いいと思いますよ」
「なるほど。で、どうやって薬を仕込むのかしら?そこが問題よね」
そこでナシームは、ちらりと浜辺で燃え上がっている灯り、もとい、それを囲んでいる人影に目を遣った。
「船長の妹さんにお願いしましょう。彼女ならそこらじゅううろうろして色んなところに首を突っ込んでますから、あちら側に入っていったところで別段怪しまれないでしょう。さっきもラディーナ号の面子に混ざってましたし」
それを聞いて、ライラは苦笑した。同時にその隣に立っていたアンネリーの瞳は、一気に輝きを増した。
「マリーだったらいけますね!それじゃぁ、あたしはその間他の連中を引き付けときますよ!」
「ヴァイオラもお酒強いけど、万が一にも負けるわけにいかないものね。私達は彼女を失えないわ」
「そうですよ、あんな原始人みたいな人に、ヴァイオラ船長は触れさせませんから」
はははと苦笑いしつつ、ナシームはアンネリーの言葉が終わるのを待ち、最後に一言付け加えた。
「それからね、この計画にはもうひとつ仕上げがあるんです。多分これにはヴァイオラ船長も反対しないと思うんですが…」
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真夜中の浜辺。眩く輝く星々を敷き詰めた夜空が、海の上の天井を覆っている。
灰色の闇の中に浮かぶ浜には燃えつきかけの篝火がわずかに明かりを投げ掛けており、それを囲むようにして何人もの男達が鼾をかきながら転がっている。それらは皆、ラディーナ女王号の乗組員達だった。
一方で、星明りを頼りに闇の中を蠢いているのは、エンパイア号の船員達である。酔いかけの者は酔い潰れた者を揺り起こし、素面の者は浜辺に散らかった荷物を担いで、船へ向かってそろそろと歩いている。
次々にボートに乗り込んで母船へ向かう部下達を、水際に立ったヴァイオラ船長は腕組みをしながら眺めていた。まだ酒の抜けきらない彼女の顔はどこか眠たげだが、それでも彼女はきちんと自分の足で立っている。
仕上げとは、ラディーナ女王号の乗組員達が飲む酒全てに、睡眠薬を混ぜることだった。
薬など混ぜなくても大半の男達が酔い潰れただろうが、念には念を入れての計画である。飲み比べではヴァイオラ船長が勝利したものの、正直言って彼女もカーン船長を船に乗せる気は毛頭ない。カーン船長を振り切るために、この仕上げは必要だったのである。ライラは浜辺で眠りこけるカーン船長の胸元に置いておくための置手紙まで用意していた。手紙には彼の言語で、敗北した以上は入り江から立ち去るようにという忠告が記されている。
ナシームは、眠りかけのマリーがアンネリーに手を引かれて浜を歩いて行くのを見送っていた。ヴァイオラ船長は彼の姿を認めると、静かな声で言った。
「ラディーナ号、長いこと乗ってた船だったんだろう?離れるのに悔いはないか?」
彼は、アルコールで若干重たくなった首をゆるゆると振った。
「もう十分ですよ。今は自由が待ち遠しくて仕方がありません」
そうか、とヴァイオラ船長は笑った。
「じゃあ、私達も行くとするか」
彼らを除き、エンパイア号のクルーは全員浜辺を去ったようである。ナシームは頷くと、ゆっくりと歩き始めたヴァイオラ船長が砂の上に残した足跡を、のんびりと追っていった。
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