第13話 幽霊が出てきた結果?

文字数 3,603文字

さあて、ここからが大事なとこだね。リラックスしていこうー。
はっ、はい!
 このまま幽霊の正体が解き明かされていくのだろうか? そう感じた早智、スズ、杏実の三人は、続けざまに先輩へ問いかける。
この部屋に出る幽霊って、スズちゃんに何をしようとしているんですか?
私も、自分に何で幽霊が見えるのか知りたいです。ここに出る幽霊って、私と何か関係のある人たちなんですか?
おっ、いよいよ幽霊の正体を突き止めていく感じですか!?
まあまあ……さっきも言ったけど、俺には幽霊の正体もここに出てくる理由も正直わからないよ。それに今から知りたいのは幽霊が出てくる理由についてじゃない。
それじゃ……何について知ろうとしているんですか?
「幽霊が出てくる原因」でも「幽霊が見える理由」でもなくて、スズさんに「幽霊が見えたら何が起きるのか」を知りたいんだ。
 同じことを先輩は前にも聞いていた気がする。幽霊が出てきたら当然怖い。幽霊が見えたら「怖くなる」という答えはわかりきってるのに、他に先輩は何を聞こうとしているのだろう?
八津貝くん、もうちょっとわかりやすく聞こうよ。たとえばスズちゃんは、幽霊が出てきたらまずどんな行動をする?
えっと……この部屋に出てきたらですか? とりあえず怖いからすぐ外に出ます。
この部屋に出るとき以外のことも思い出してみよう。たとえば他の場所で、道端でも学校でもどんな所でもいいから、幽霊が見えたとき、スズさんはどんな行動をする?
普通に逃げます……。
それはどこに向かって? どんな所に逃げようとする?
えっ……どっか人のいるところに?
うん……幽霊が出るのは基本的にスズさんが一人のときだから当然そうなるよね。つまり、スズさんは幽霊が見える前「一人っきり」の状態だ。
それがどうかしたんですか?
もう一つ思い出したんだけど、スズさんが幽霊を怖がるのは、「どこか一人っきりの所へ連れて行かれそうな気がする」っていう理由があったよね。
はあ……。
ちょっと気になるのはここなんだ。スズさんは、幽霊を見る前から「一人っきり」の状態なのに、幽霊を見たら自分が「一人っきり」の場所へ連れて行かれるのを恐れてる……。


かと言って、普段一人でいるのが怖いようにも見えない。誰かと一緒にいないと駄目!   って感じのタイプじゃないでしょ?

まあ確かに……。
この部屋に来てから思ってたんだ。スズさんは「一人っきりになりたくない」って思ってるけど、実は一人で何かに熱中している時間がけっこう好きなんだなって……。


初めて一人暮らしを始めるときって、細々したものは実家に置いてこれるからたいていコンパクトな引っ越しになるけれど、見た感じスズさんは相当な荷物を持ってきたよね。壁一面に並べられるほどの本とか……。

 ちょっと恥ずかしそうに俯くスズ……どうやら図星らしい。そりゃそうだ、こんなにたくさんの荷物、きっと引っ越すとき大変だっただろう。段ボールの数から考えても、たぶん自家用車で荷物を持ってきたわけじゃなさそうだ。引っ越し屋さんに頼むときけっこうお金もかかったんじゃないだろうか。
 一人遊びのゲーム関係も最初は実家に置いてくるつもりだったけど、結局持ってきちゃったって言っていたよね。一度始めると何時間もこういうのに熱中しちゃう……3月にこっちへ引っ越してきてから、ほとんど一人で趣味の時間を過ごしてきたんじゃない?
そうですね……愛知の友達と電話で長話する以外はずっと一人で本読んで過ごしてました。4月になってからは友達も大学が忙しくなったみたいで電話もしなくなって、授業が終わったらほぼ一人で課題をやるか本読むかでした。
えっ、寂しくなかった? それ……。
正直言うと、そこまで……私何か始めるとそれに集中しちゃうから、一人でいるのが寂しいって感じたことはあんまりなくて。さすがに毎日一人でいる時間がほとんどなのはマズイな……って思ってたけど。
「一人で何かに熱中するのは好きだけど、完全に一人にはなりたくない。他の人たちと切り離されたくはない」っていうので合ってるかな?
合ってると思います。小さい頃一人で遊んでると、よくお母さんに「みんなと一緒に遊ばないの? 寂しくない?」って心配されたんですけど、周りが声かけてくれるとき「寂しい」って思ってたことなくて……。

別に人といるのを避けてるわけでもないし、みんなと遊ぶのだって楽しいし、ただ一人で遊ぶのも楽しかっただけなんです。特にみんなと違うつもりはなかったんですけど……。
でも違った……スズさんは自分で思ってるより、みんなから見て一人で過ごす時間が多かったのかな?
今でもそんな自覚ないんですけど……たぶんそうなんだと思います。気がついたら「一人でいるのが好き」ってキャラにされてること多くて。


知らない間に遊びに誘うのも遠慮されてたので、できるだけ「みんなといるのも好きなんだよ」ってアピールしようとして、なるべく外で遊んだり部活に入ったりしてました。

「みんなといるのも好きなんだよ」っていうアピールをするようになったのって、幽霊が見えるようになってから?
そう……かもしれないです。小さい頃は本当に一人でいつまでも遊んでて、そういうとき……今から思えば幽霊だった人たちがよくやってきて、砂場で山にトンネル作って潜りあったり、追いかけっこしたりしてました。


でも、それも周りから見たら一人で遊んでるようにしか見えなかったって知って……それから怖くなったんです。このままじゃ本当に一人ぼっちになっても気づかないままだって。

だから幽霊を避けて、なるべく生きてる普通の人たちと一緒にいるようになった?
はい……そういえば、そうだったかも。
つまり、スズさんは幽霊が現れると、普段は気にしてないけど今自分は「一人っきりだ」って自覚するんだね? そして、幽霊を避けるためにどこか人のいる場所へ行く……幽霊が出ると、「一人っきり」から「誰かと一緒にいる」行動をするように変わるわけだ。
色々遠回りしたけど、なんかやっとこさ出口が見えてきたねー。
人がいる所へ出ると幽霊は消える。誰かと一緒にいれば幽霊は見えなくなる。幽霊が出てくる理由も原因もわからないけど、スズさんは幽霊が見えると「一人っきりから抜け出せる」っていう結果に至る。


これまでのことからとりあえずそれはわかった気がする……違うかな?

そんなふうに……考えたこともなかったです。
幽霊が見えたら怖いのに、「幽霊が見えること自体は気にしてない」「見えるのが嫌なわけじゃない」っていうのも、実はスズさん自身に見える必要があるからかもしれないね。幽霊を見ることでスズさんに起きる変化が、スズさんの人生には必要とされてきたんじゃない?
もしかして、4月から6月に見えることが多いっていうのも何か意味があるんですか?
意味があるかはわからないけど、4月から6月って、ちょうどクラス替えとか進学とかで一緒に過ごしてきた友達と一旦離れる時期だよね? 家を引っ越したタイミングだったら尚更そうだし。

でも、学校によってはクラス替え2年毎だから、友達と離れない年もある。もしかしたら、一年間幽霊がほとんど見えなかったときって、そういう時期だったのかもしれない。


だいたい6月頃には新しい友達もできてくるから、「一人っきり」じゃなくなって幽霊が見えなくなるのかな。

あっ……。
 スズも思い当たることがあるみたいだ。先輩の分析に早智は少し感心した。
なるほど……そう言われてみたらそうかも。
スズさんが最終的に「こうなりたくない」って思っているのは、「生きている人たちと切り離される」ことだったよね? 一人で居続けたら、どんなに仲の良かった人でもだんだん疎遠になっていくし、関係が切り離されることも出てくる。

けれど、スズさん自身は割りと普段から一人でいることが平気で、自分じゃ一人ぼっちになるって危機感があまり生まれない……でも、そんな時期に幽霊は出てきて、スズさんに危機感を持たせてくる。
幽霊は……私のために出てきていたってことですか?
さあ? それはわからない。ただ一つ言えるのは、幽霊はスズさんに変化をもたらしてきた。その変化は、別に悪いものじゃなかったし、スズさんに必要なものだったとも思う。そしてスズさんはちゃんと、必要な変化に対応してきたんだよ。
 止まっていた部屋の空気が急に動き出したような、そんな雰囲気を感じたとき、早智の目にスッと黒い影が先輩を通っていくのが見えた気がした。それは、一瞬スズの方を振り向いた後、そのままフワッと消えていったように感じた。

 本当に見えたのか、ただの気のせいだったのか、普段から幽霊を見ている早智でもよくわからなかった。ただ不思議と首筋に鳥肌も立たなかったし、怖いとも思わなかった。スズもきっとそうだったのだろう。彼女の表情は、もう不安げでも固まってもいなかった。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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