第18話 これは悪魔ですか?

文字数 3,470文字

   家の中に入った早智たちは、ダイニングルームに案内され、めいめいお茶をいただいていた。家の中も外側と変わらず明るい雰囲気だ。


   フローリングの床はピカピカで、どこも綺麗に片付いている。とても幽霊が出てくるような暗い雰囲気には見えない。早智の目にも何か見えたり、鳥肌が立ったりという感じはなかった。


   やがて、弥恵さんのお母さんがお盆を片付けて戻ってくると、八津貝先輩はコトリと茶碗を置いて話し始めた。

来る途中で話そうと思ってたんだけど、黒間さんとうちの母親は元同級生なんだ。
えっ、そうなんですか?
亮くんが小学生くらいのとき、私たちみんな関西に引っ越しちゃったのよね……それから全然会ってなかったんだけど、亮くんが大学進学でこっちに来てから、またお母さんとも連絡取り合うようになったのよ。
引っ越し前、子ども同士ではあまり話したことなかったんだけどね。こっち来てから「黒間さんの娘さん受験生だから勉強見てあげて」って母さんから頼まれて……。
あっ、だから「先生」って呼ばれてるんですね。
そう、一応家庭教師だったからね。と言っても、まともに教えられることなんてそんなになかったけど……。
ひょっとすると、八津貝くんが三回生のとき家庭教師してた生徒が弥恵さんかな?
えっ、何でわかったんですか?
私が大学入ったばかりの頃、八津貝くんから「高校生にここはどう教えたらいい?」ってよく相談受けてたんだよー。
先生が参考書借りてた後輩って、河合さんのことだったんですね。
大学受験から二年も経てば思い出せないことがけっこう多くて……古和もあの時話した子が弥恵さんだってよくわかったね? 今回誰から相談受けてるかは話してなかったのに……。
しばらく前に「昔家庭教師してた子に会いに行くかも」って話してたでしょ。その後に「私と似た経験してる子がいるんだ」って言うようになったから、もしかしてその子かな? って思ってたんだー。
えっ、同じ人だなんて一言も言ってなかったのに……?
「前教えてた生徒に会いに行く」って話してた八津貝くん、いつも相談受けてるときと同じ顔してたからねー。もしかして、その子も何か困った体験をしてるのかな……って思ったんだよ。
相談っていうのは……やっぱり、他の人からもこういう相談を受けてるの?
えっ……知らずに相談してたんですか?
ごめんなさい、よくは知らないの……最初に相談したのは舞……亮くんのお母さんで、彼女から「息子がそういうの得意だから、試しに話してみたら?」って言われて……。


そんな話聞いたこともなかったから随分驚いたけど。

俺も母から「黒間さんの相談聞いてあげて」って突然連絡がきたときはびっくりしました。


昔からそういうこと相談してくる友だちはいたけど、保護者から話がきたのは初めてだったし……しかも自分の知り合いで少し前に家庭教師してた相手のことだったから。

すみません、私も今までこんな経験したことなくて……先生がこういうこと詳しいって聞いてびっくりしたけど。
詳しいのとはちょっと違うけど……。
何かみんなびっくりしてるねー。まあ、無理もないけどね。なかなか自分から話すことじゃないし。
母さんと黒間さんから簡単に聞いているけれど、もう一度何に困ってるのか教えてくれるかな?   二人にも聞いてもらいたいし。
はい……。
それと、月無さんは弥恵さんの話、簡単にメモ取ってくれるかな? 月無さんの気になったところだけでいいから。
えっ、メモですか?
そう、全部書こうとしなくていいし、話を要約する必要もないから、思うまま書き留めていってくれる? 


本当は俺か古和でやろうと思ってたんだけど、月無さんがやってくれたら話聞くのに集中できるから。書き方とかも全然気にしなくていいよ。

どっ、どう書いてもいいんですね?   わかりました……字あまり綺麗じゃないですけど。
助かるよー、私の字全然読めたもんじゃないから。
うん、古和に頼むと解読に時間がかかるから……読めさえすれば大丈夫だよ。よろしく。
   先輩の言葉に頷くと、早智は部長からノートと鉛筆を受け取っていつでも書き始められるように用意した。


   どう書いてもいい……と言われても正直どうしたらいいかよくわからないので、とりあえずなるべく速記することにした。

それじゃあ、何に困ってるのかってとこから話し始めてくれる?
はい……困ってるのは、夕食の時おかしなことが起こるんです。
夕食のときっていうのは、毎日の?
はい、毎日です。夕食の時間になってご飯食べてたら、急に手が何かに引っ張られたり、足が叩かれたりして……。
最初はこの子に「何かいる!」って言われても、別に何もいないし気のせいだって思ってたんだけど……本当にご飯食べてるとき私たちの目の前でこの子の腕が引っ張られるようになって。
何かが弥恵さんの手を引っ張るけど、何が引っ張ってるかは見えないってことですか?
ええ、色々されるけど、この子にも私にも何か見えたことはないの……。
   スズの時とは違う……今度は「見えるもの」じゃなくて「見えないもの」に悩ませられてる問題だ。早智の目にも、今のところ何かが弥恵さんに憑いているようには見えない。
引っ張られるのは、弥恵さんの手足だけ?   お母さんとかお父さんは何もされないの?
私たちは何も……。
私だけなんです。右手を急に引っ張られてスプーンを落としちゃったり、スープを飲もうとしてるとき足を掴まれてこぼしちゃったり……。
何度か椅子ごと後ろに引かれたり、倒されたりしたこともあって……何かがこの子を掴んだり引っ張ったりしているようにしか見えないの。
いっ、椅子ごと……ですか。
   どうも穏やかじゃない。いわゆるポルターガイストという奴だろうか?   早智には普段「見える」ことは多くても、実際に「触られる」のは稀な方だ。


   しかも、椅子まで引っ張られるというなら本人以外にも物理的な接触をしてくる存在ということになる。本人にも見えないし、早智にもまだ何かわからない厄介な存在だ……。

それは、夕食の時間だけ?   他の時には起きないの?
はい、夕食のときだけです……寝てるときも一人でいるときも何も起きないんですけど。
それは外でご飯食べてる時でもかな?
うちは外食ほとんどしないから……。
私もお父さんも、家族以外に自分が食事してるところ見られるのが苦手で……学校とか職場じゃなかったら家以外で食べる習慣がないんです。
なるほど……とりあえずは、この家で夕食を食べるときだけ、そういうことが起きるんだね?
夫も調べたんだけど、別にこの家が何か事故物件だったとかいうこともなくて……この三月まで何も起きたことなかったのに……。
この辺りで最近亡くなった人もいないし……何かそういうのに憑かれるような心当たりもないんです。
「そういうの」っていうのは?
えっ?
弥恵さんは、自分を引っ張ったり押したりしてくるのは何だと思ってるの?
幽霊とか……悪魔とか……そんなわけないですけど。
私もそんなわけないとは思うんだけど、何かがいるのは確かで……亮くん、これは何なの?   幽霊? それとも悪魔? 神学部で勉強してるなら、追い出すことができるの?
弥恵さんを引っ張るものが何なのかは、よくわからないです。
そうよね……でも、わかったら何とかなる? 悪魔とか信じられないけど……もし本当にそうだったら追い出せる?
「とにかく追い出さなきゃ」って考える前に、それのもたらす変化から気づけるものがないかちょっと考えてみましょう。

誤解してる人が多いけど、聖書に出てくる「悪魔」や「悪霊」って、必ずしも神様と敵対しているものばかりじゃないんです。


もともとは「神様が人々に送って不幸をもたらすもの」って思われてたし、人間が悪に傾く可能性を神様に「訴える者」として登場するところもあるし……。

今、弥恵さんを困らせているものが悪魔かどうかはわからないけど、僕らが気づかなきゃならないものを気づかせるきっかけになるものかもしれません。

   八津貝先輩は、そのまま早智と部長の方を向いて言う。
古和も今の話で聞きたいことある? 何か気にならなかった?
うん、所々違うけど私がした体験とちょっと似てるねー。八津貝くんの言うとおり、何かヒントになるかも。
それってどういう……?
まずは、先に私からもいくつか聞いていいかなー?
   部長の言葉に、弥恵さんだけでなく早智もゴクリと唾を飲んだ。謎だらけの部長の過去何があったのかわかるかもしれない……思わず、メモを取る手に力が入った。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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