第17話 新たな相談者?
文字数 2,870文字
坂を下りきったところで電車に乗って、二つ目の駅を降りた早智たちは、八津貝先輩に続いて目的の家へと向かっていた。
私って、もともと先輩に相談してきた人が呼んだわけじゃないですよね……勝手に連れてきちゃってよかったんですか?
ああ、最初に家に来てほしいって頼まれたとき、それなら古和を連れて行こうって思ったから……(というかいつもは勝手についてくるんだけど)……向こうには俺の他に誰か連れてくるって先に言ってあるよ。
そうですか……でも私が行っても何もできないですよ? 何のために来たのか向こうもよくわからないんじゃ……。
いや、古和の手が空くならその方がいいから、家に着いたら月無さんに頼みたいことがあるんだ。それに、何もできないなんてことないと思うよ。月無さんがいなかったら、スズさんだって誰にも悩みを話せなかったし。
初対面のスズさんを見て、俺に相談があるってわかったんでしょ? どうしてかはよくわからないけど……。
月無さんも小友さんも他の人の前ではスズさんが相談してきた内容のこと話さないし、誠実な人だなってのは古和の話聞いててもわかるよ。
かわいい後輩のことを日々OBに報告する健気な部長なんだよ、私は。
別にさっちゃんの下着の色とかは話してないよー、教えたくてもさっちゃんスカート履いてくれないし。
これからも履けない……どうせほとんどズボンしか持ってないけれども。自分のことが話されていると聞くと途端に気恥ずかしくなる。
まあそれに、古和が「何となくその方がいい」って言ったしな……。
なんだかんだ、こいつが誰かに介入するとき理由なく行動することはないんだよ。何考えてるのかいつもわかんないけど……。
おやおやー、なんか褒められてる気がしないんだけど?
褒めてないって。振り回されたはずなのに最終的には解決してるから、むしろ怖くなってくる……。
ついさっき、朝から自分についていた幽霊が部長にくっつかれていなくなったことを思い出しながら、早智も頷いた。
駅から歩いて十分ほど。先輩が立ち止まった前には、最近できた感じの新しい二階建ての一軒家が立っていた。特に暗い雰囲気の家ではない。むしろ、煉瓦色の屋根にクリーム色の壁という暖かい雰囲気の建物だ。
けれども、スズの時と違って扉を開けば親御さんもいるかと思うと、早智も緊張せずにはいられない。不安をよそに、すぐさまチャイムを押そうとする先輩を見て、早智は咄嗟に腕を掴んでしまった。
そういえば先輩……今日も聖書持ってきてないけど、よかったんですか?
前回の相談では一度も聖書を開かなかったとはいえ、あれは急にスズの家へ行くことになってしまったからとも言える。今回はそうではない。その気になれば聖書を取りに行く時間もあったはずなのに、八津貝先輩は手ぶらのままだ。もしや、先輩は毎回聖書を持ってこないのだろうか?
んっ? ああ……たぶんほとんど開かないと思うけど、一応スマフォのアプリに入ってるから大丈夫だよ。
アプリにしても紙にしても、こういう相談で聖書を開くこと滅多にないから。時々「何か聖書の言葉を教えてください」って頼まれて一緒に読むくらいかな。
でも、神学生が相談されてるのに……それでいいんですか?
牧師でも相談来た人に必ず聖書開くわけじゃないよ。こっちが何かメッセージ語ろうとしてたら、相手の話を聞く方が疎かになっちゃうこともあるし……。
それに、相談受けてるうちに自然と聖書の話が出てくるならいいけど、無理に聖書の話をしようとする感じ、俺はあまり好きじゃないんだよ。
相談の機会を聖書の話に利用するのも、聖書を相談に利用するのも、八津貝くんは好きじゃないもんねー。私はクリスチャンじゃないけど、なんとなくその気持ちわかるよ。
確かに、早智のお父さんも似たようなことを言っていた気がする。「聖書の言葉を伝えるのは大事だけれど、自分が『語ろう』『語ろう』としていても届かない。相談に来た人がいたら、まずは聞くことが一番だ」……と。
俺に相談する人の大半は教会の人間じゃないしね。聖書を本当に信頼してるなら、相手もその言葉を求めてくるタイミングが必ずあるって信じて待つのもいいんじゃないかな……ってことで、そろそろ入っていいかな?
先輩の腕を掴んだままでいたことに今更気づき、早智は慌てて手を引っ込める。軽く咳払いをしたあと、先輩はインターホンを押した。ピンポーンっという、平凡な音が家の奥に響く。
インターホンの向こうからかすれた女性の声が聞こえてくる。たぶん、八津貝先輩に相談を頼んだ子のお母さんだろう。
パタパタとスリッパの走る音が二つ聞こえてくる。玄関から顔を姿を現したのは、疲れた様子の母親と、その後に続く早智と同い歳くらいの女の子だった。部長と近い栗色の髪を後ろで二つに縛っている。二人とも顔色があまりよくない。女の子の方は若干目の下にクマが見える。
ご無沙汰してます黒間さん。弥恵さんも久しぶり……もう大学二年生か。
どうやら相手はもともと八津貝先輩の知り合いらしい。大学二年生ということは、弥恵さんは先輩と三つ違い……「先生」と呼ぶからには、家庭教師の生徒か何かだったのだろうか?
そうです。こっちは前に弥恵さんと同じような経験をした河合古和さん。こういう相談があるとき、だいたい一緒に来てくれるんだけど、今回はお願いしてついてきてもらいました。
早智も初耳だ。部長も以前幽霊の絡む体験をしていたなんて一言も聞いたことがない。
はじめまして弥恵さん。同じかどうかわからないけど、私の経験からヒントになることがあれば嬉しいよー。よろしくね。
「よろしくね」と言ったとき、部長はチラッと早智にも目を合わせてきた。思わずゴクリと唾を飲む。自分を連れてくるとき何か企んでいる気がしたが、どうして何も言ってくれなかったのだろう……やはり部長は、自分が「見える」ことを知っているのだろうか?
それから、こっちは神学部の後輩の月無早智さん。学年は弥恵さんの一つ下かな。河合さんの勧めで手伝いに来てもらったんだけど、今日のことを誰かに勝手に話したりはしないから安心して。
弥恵さんのお母さんに案内されて、早智たちは家の中に入り込む。霊感のないエクソシストの新たな相談がまた一つ、始まろうとしていた。
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