第17話 新たな相談者?

文字数 2,870文字

あの、先輩……もう一個聞いていいですか?
うん? 何だろう?

 坂を下りきったところで電車に乗って、二つ目の駅を降りた早智たちは、八津貝先輩に続いて目的の家へと向かっていた。


私って、もともと先輩に相談してきた人が呼んだわけじゃないですよね……勝手に連れてきちゃってよかったんですか?
ああ、最初に家に来てほしいって頼まれたとき、それなら古和を連れて行こうって思ったから……(というかいつもは勝手についてくるんだけど)……向こうには俺の他に誰か連れてくるって先に言ってあるよ。
そうですか……でも私が行っても何もできないですよ? 何のために来たのか向こうもよくわからないんじゃ……。

いや、古和の手が空くならその方がいいから、家に着いたら月無さんに頼みたいことがあるんだ。それに、何もできないなんてことないと思うよ。月無さんがいなかったら、スズさんだって誰にも悩みを話せなかったし。


いや、あれは成り行きで……。
初対面のスズさんを見て、俺に相談があるってわかったんでしょ? どうしてかはよくわからないけど……。
うっ……それは……。
月無さんも小友さんも他の人の前ではスズさんが相談してきた内容のこと話さないし、誠実な人だなってのは古和の話聞いててもわかるよ。
えっ、部長何か話してるんですか?
かわいい後輩のことを日々OBに報告する健気な部長なんだよ、私は。
健気かどうかは賛同しかねるな……。
なっ、何話してるんですか!?
別にさっちゃんの下着の色とかは話してないよー、教えたくてもさっちゃんスカート履いてくれないし。
 これからも履けない……どうせほとんどズボンしか持ってないけれども。自分のことが話されていると聞くと途端に気恥ずかしくなる。
まあそれに、古和が「何となくその方がいい」って言ったしな……。
えっ……?
なんだかんだ、こいつが誰かに介入するとき理由なく行動することはないんだよ。何考えてるのかいつもわかんないけど……。
おやおやー、なんか褒められてる気がしないんだけど?
褒めてないって。振り回されたはずなのに最終的には解決してるから、むしろ怖くなってくる……。
ああ……わかる気がします。
 ついさっき、朝から自分についていた幽霊が部長にくっつかれていなくなったことを思い出しながら、早智も頷いた。
ついた、ここだな。
 駅から歩いて十分ほど。先輩が立ち止まった前には、最近できた感じの新しい二階建ての一軒家が立っていた。特に暗い雰囲気の家ではない。むしろ、煉瓦色の屋根にクリーム色の壁という暖かい雰囲気の建物だ。


   けれども、スズの時と違って扉を開けば親御さんもいるかと思うと、早智も緊張せずにはいられない。不安をよそに、すぐさまチャイムを押そうとする先輩を見て、早智は咄嗟に腕を掴んでしまった。

そういえば先輩……今日も聖書持ってきてないけど、よかったんですか?
 前回の相談では一度も聖書を開かなかったとはいえ、あれは急にスズの家へ行くことになってしまったからとも言える。今回はそうではない。その気になれば聖書を取りに行く時間もあったはずなのに、八津貝先輩は手ぶらのままだ。もしや、先輩は毎回聖書を持ってこないのだろうか?
んっ? ああ……たぶんほとんど開かないと思うけど、一応スマフォのアプリに入ってるから大丈夫だよ。
えっ、相談のときアプリで聖書開くんですか!?
アプリにしても紙にしても、こういう相談で聖書を開くこと滅多にないから。時々「何か聖書の言葉を教えてください」って頼まれて一緒に読むくらいかな。
でも、神学生が相談されてるのに……それでいいんですか?
牧師でも相談来た人に必ず聖書開くわけじゃないよ。こっちが何かメッセージ語ろうとしてたら、相手の話を聞く方が疎かになっちゃうこともあるし……。
そう……ですか?

それに、相談受けてるうちに自然と聖書の話が出てくるならいいけど、無理に聖書の話をしようとする感じ、俺はあまり好きじゃないんだよ。

相談の機会を聖書の話に利用するのも、聖書を相談に利用するのも、八津貝くんは好きじゃないもんねー。私はクリスチャンじゃないけど、なんとなくその気持ちわかるよ。
 確かに、早智のお父さんも似たようなことを言っていた気がする。「聖書の言葉を伝えるのは大事だけれど、自分が『語ろう』『語ろう』としていても届かない。相談に来た人がいたら、まずは聞くことが一番だ」……と。
俺に相談する人の大半は教会の人間じゃないしね。聖書を本当に信頼してるなら、相手もその言葉を求めてくるタイミングが必ずあるって信じて待つのもいいんじゃないかな……ってことで、そろそろ入っていいかな?
あっ、すみません!
 先輩の腕を掴んだままでいたことに今更気づき、早智は慌てて手を引っ込める。軽く咳払いをしたあと、先輩はインターホンを押した。ピンポーンっという、平凡な音が家の奥に響く。
はい、どなたですか?
 インターホンの向こうからかすれた女性の声が聞こえてくる。たぶん、八津貝先輩に相談を頼んだ子のお母さんだろう。
こんにちは、二時に約束していた八津貝です。
あっ、今行くわ!
 パタパタとスリッパの走る音が二つ聞こえてくる。玄関から顔を姿を現したのは、疲れた様子の母親と、その後に続く早智と同い歳くらいの女の子だった。部長と近い栗色の髪を後ろで二つに縛っている。二人とも顔色があまりよくない。女の子の方は若干目の下にクマが見える。
お待たせ……久しぶりね、亮くん。
久しぶり……先生。
ご無沙汰してます黒間さん。弥恵さんも久しぶり……もう大学二年生か。

 どうやら相手はもともと八津貝先輩の知り合いらしい。大学二年生ということは、弥恵さんは先輩と三つ違い……「先生」と呼ぶからには、家庭教師の生徒か何かだったのだろうか?

ええと……そちらが連れてくるかもと言ってた人?
そうです。こっちは前に弥恵さんと同じような経験をした河合古和さん。こういう相談があるとき、だいたい一緒に来てくれるんだけど、今回はお願いしてついてきてもらいました。
えっ、私と同じ……?
 早智も初耳だ。部長も以前幽霊の絡む体験をしていたなんて一言も聞いたことがない。

はじめまして弥恵さん。同じかどうかわからないけど、私の経験からヒントになることがあれば嬉しいよー。よろしくね。

 「よろしくね」と言ったとき、部長はチラッと早智にも目を合わせてきた。思わずゴクリと唾を飲む。自分を連れてくるとき何か企んでいる気がしたが、どうして何も言ってくれなかったのだろう……やはり部長は、自分が「見える」ことを知っているのだろうか?
それから、こっちは神学部の後輩の月無早智さん。学年は弥恵さんの一つ下かな。河合さんの勧めで手伝いに来てもらったんだけど、今日のことを誰かに勝手に話したりはしないから安心して。
あっ、えと……よろしくお願いします。

はい……。

とりあえず中に入って。今お茶出すからね。
 弥恵さんのお母さんに案内されて、早智たちは家の中に入り込む。霊感のないエクソシストの新たな相談がまた一つ、始まろうとしていた。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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