第21話 言っちゃった……

文字数 4,287文字

ええと……バトンタッチって?
さっちゃんからも恵弥さんに聞いておきたいことないかなーって話。
月無さん、メモ取ってくれてありがとう。俺も確認したいから、ちょっと今まで取ったメモ見せてくれる?   
あっ、はい……どうぞ。
   早智は今まで取っていたメモを先輩に渡す。最初はなるべく速記していたが、だんだん手が疲れてきて途中からは気になったことだけをまとめていた。


   八津貝先輩は、なぜか最初の細かく書いていたメモの方にはあまり目を留めず、どちらかと言えば適当になってきた途中からのメモをじっと見つめている。

(あの……これって結局何のためにとってるんですか?)
   早智は隣の部長に小声で質問する。後ろになれば後ろになるほど適当なメモになってしまったが、本当にこんな書き方でよかったのか不安になってきた……。
(さっちゃんは、臨床牧会実習って知ってる?)
(えっ、臨床牧会実習?)
(前に八津貝くんに聞いたんだけど、病院とかホスピスに行って一定期間、霊的なケアを求める人と対話して、カウンセリングの訓練をするプログラムがあるんだって。


その時に、実習生は患者さんとの会話を「逐語録」っていうものに起こすらしいんだー)

(それを見ながら相手のことを理解するんですか?)
(それもあるけど、むしろ「カウンセリングをしてる自分が何かに陥ってないか気づくため」って八津貝くんは言ってたかな……)
(自分が何かに陥ってないか……?)
(そう、たとえば相手が失敗した過去を自分の失敗した過去と結びつけて、自分の望んでいた解決の方向へ誘導しようとしたり……相手の沈黙を恐れてとにかく話で埋めようとしてたり……そういう自分自身の姿勢に気づきつつ、相手のことを理解するために後から会話の内容を書き起こすんだって)
(えっ……それじゃ先輩本人がやらなきゃ意味ないんじゃ?   それに、後から思い出して書き起こすなら今私がメモする必要なかったんじゃ……)
(八津貝くんは、臨床牧会実習と同じことをしようとしているわけじゃないんだと思うよー。


そんなキッチリしたものじゃなくて、自分や第三者が「引っかかる」ものをヒントに自分と相手のことを理解しながら対話を進めたいって前言ってたから……)

(あまりよくわからないけど……相談してきた相手の理解だけじゃなくて、相談されてる自分たち自身のことも見つめなきゃならないってことですか?)
(うん、たぶんね〜。特に、相手と似たような悩みや過去を持ってるときは注意しなきゃならないって言ってたよー)
   思わずドキッとしてしまう。相手と似たような悩みや過去を持っている……それはまさに、メモを取らされていた早智自身に当てはまるからだ。ちょうどその時、先輩がメモから目を離して早智に声をかけた。
なるほど……月無さんからもメモ取りながら気になったこととかあったら教えてくれる?
きっ、気になったこと……ですか?
   突然自分に振られても正直困る。さっきまでメモを取るのに必死だったのだ。自分が質問する方になるとは思ってなかったし、どんな質問をすれば役に立つのかもよく分からない。そもそも相談されてるのは八津貝先輩だ。
あの……私からも聞いていいですか?
えっ?
   早智がオロオロしていると、なぜか弥恵さんの方から自分に質問が飛んできた。
以前私みたいな体験をした古和さんが呼んだってことは……月無さんも何かそういう体験されていたんですか?
   一気に顔の温度が上昇する。まさか相談者からそんなことを聞かれるとは思っていなかった。早智は今日、ただ第三者として少しだけ手伝えばいいだけかと思っていたのに、そうは問屋が卸さないらしい……。
私は……その……。
   今ここで自分が「見える」ことを言ったら、先輩と部長はどんな反応をするだろう?   きっと、二人は早智が内緒にしてほしいことを誰かに話したりはしないだろう。あるいはもう、何となく自分の秘密に気づいているかもしれない……。


   それでも、自分から話すのは何だかためらわれた。今自分が「見えてしまう」ことを話せば、相談してくれたスズに自分のことは黙っていたのも、先輩を試すような質問をしたことも、全部認めることになる。

今日は……手伝いで来てて……。
   上手く言葉が出てこない。じっと自分を見つめる弥恵さんの顔が直視できない。本当は何と答えればいいのだろう?   言葉を探しながら、口が動かない。
さっちゃんは前にも手伝ってくれたんだよー。幽霊が出て困ってたけど、誰に相談すればいいかわからなかった人がいてね。
そうだったんですか?
うっ、うん……。
さっちゃんのおかげで誰にも相談できなかった人が、八津貝くんに相談できたしね。この人は信用できるなー……と思って連れて来たんだ。
   助け舟だったのだろうか?   部長のおかげで、何とか答えなくても済みそう……と思ったのもつかの間、再び弥恵さんが口を開いた。
じゃあ、月無さんは何もされたことないんですね?
えっ、何もって……?
何かに引っ張られたり、つかれたり、何かが見えたりとか……そういうのはなかったんですね……?
   「何かが見えたり」という言葉にどうしようもなく動揺して、早智はビクッと体が動いてしまった。


    これ、弥恵さんの相談だよね……?    何で私が自分のこと答えなきゃいけない展開になっちゃったんだろう……。

わっ、私も部長みたいにどこか振り向いた拍子に人影とかが見えたりすることはありますけど……それが気のせいか、本当に何かいるのかはハッキリわからなくて……。
   なぜか、「そんなことないよ」とは言えなくて中途半端に答えてしまう。早智はだいぶ焦りながら必死に言葉を選んだ。


   嘘ではない。言葉は足りてないけど嘘はついてない。だからこれ以上聞かないで……けれども、早智の願いもむなしく弥恵さんは容赦なく聞いてきた。

人影ってどんなのですか?   本当に気のせいって思える程度のものですか?   それとも、古和さんみたいに「何かの霊かもな」って感じるような見え方ですか?


私、自分には何も見えないので古和さんみたいに一部でも見えるなら正体が知りたいなって思って……月無さんも、自分の知ってる人と似ている人影を見るんですか?

…………。
   今度は、部長も何も口を挟まない。黙って早智が返すのを待っている。八津貝先輩も同じだった。しばらくの沈黙の後、早智は大きく息を吐いて、ポツリポツリと答え始めた。
……………ううん、私のは……私に見えるのは……知り合いとか誰かに似てる人じゃありません。
   さっきまでペンを握っていた手のひらが、今度は汗でしっとりと濡れている。先輩と部長がどんな顔をしているのか、早智は見れなかった。
わたしに見えるのは黒くて輪郭のぼやけた影みたいなのが多くて……たいてい人の形をしてるけど、首から上だけだったり上半身だけだったりのときも……あります。
そっ、そうなの?   あなた見える人なの?
それなら……私にも何か見えますか?
ううん……今は見えない……何も。
さっちゃんが見てきたのは、黒っぽい影みたいなやつだけ?   ハッキリ細部まで見えたことはないんだっけ?
   部長は特に驚いた様子もなく、まるで早智からある程度聞いていたかのように質問を重ねる。

たまに青白かったり輪郭のハッキリした鮮明な奴が見えることもありましたけど……。

それって……やっぱり霊とか悪魔なの?

正直、私クリスチャンだけど悪魔って信じてなくて……私に何が見えてるのかはわかりません。私の心が見せてるものかもしれないし、何かの霊が見えてるかもしれないし、全然別のものかも……。

引っ張られたりとかは……ないんですよね?
引っ張られたことはたぶん……あんまり覚えてないけど、触られたことは何回かだけありますけど……。
その時はどうしてるんですか?  
何も……触られるほど近づかれたら気を失うことが多くて。実際触られたのかもあんまり覚えてないんです……それに、そこまで近づく前に自然に消えちゃうことが多いから。
気絶しちゃうんですか……。
弥恵さんは、何かに引っ張られたとき体が冷えたりしませんか?   私は見えると……それが近づいてくるほど体が冷えてきて、ひどいと倒れちゃうんですけど……。
私は引っ張られるだけです……そういえば、何かに掴まれたとき「触られた」って感触はあるけど、冷たいとか手の形とか感じたことなかったです……。
椅子ごと引っ張られたり、倒されたりするとも言ってましたよね?   私は自分の周りのものがそういうふうに動かされたり影響受けたりしたことなかったからちょっと驚きました……気になったのは……物が飛んできたりはしなかったんですか?
物が飛んで?   いえ、それはないです。
そうですか……普通、こういうポルターガイストって、物が飛び回ったり、扉が勝手に開いたりするものだと思ってたから……弥恵さんに触れているものしか接触してこないんだなと思って……。
んっ……いいヒントかもしれない。確かに、影響を受けてるのは弥恵さんだけで、弥恵さんご触れてないものは何も影響を受けていないね。お父さんもお母さんも、弥恵さんが使っている以外の食器も。
えっ?
弥恵さんを引っ張る何かができることとできないことが見えてきたねー。その何かは弥恵さん自身か、弥恵さんの触れているもの、使っているものにしか接触できないってことかー♫
   気がつくと、早智が取っていたメモを先輩と部長が二人で見てる。

俺は弥恵さんが何かに引っ張られるってことに気を取られて、「どういう時に引っ張られるんだろう?」とか「何をしている時にそれが現れるんだろう?」とかを気にしてたけど、月無さんはもっと別のことが気になってたんだね。


後の方のメモに「他の物が弥恵さんに飛んでくることはない」とか「食卓以外では襲われない」とか書いてあるから、弥恵さんを引っ張るものに何が可能で何が不可能かが見えてきたよ。


今の会話でも、相手は引っ張ったり叩いたりするだけで、弥恵さんの体温を奪ったり、気絶させたり、掴んだ跡を残したりはしないってわかったしね。

やっぱり、さっちゃんを連れてきて正解だったよー。そのまま気になったこと、どんどん言ってみよ。このメモ見ながらみんなで考えれば、きっと何かが見えてくるよー。
   部長がにっこりと早智に呼びかける。自分のことをためらいがちに話して、気になったことを聞いただけなのに、何か役に立ち始めてしまったようだ。今までにない不思議な気分だった。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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