第12話 幽霊にできないこと?

文字数 3,571文字

ここが幽霊の出る家かぁ……私にも見えるかな?
人の家来ていきなりその台詞はどうかなぁ……それにしても……。
 スズの部屋は思っていたより物の多い部屋だった。何よりも目につくのは本の多さだ。壁一面に本棚が置かれ、その本棚にもギッシリと文庫本が詰まっている。


   ほとんどはラノベだか、他にもSFにミステリー……レーベルも幅広い。一見何かスポーツをやってる活発な女の子に見えたのだが、案外インドア派なのかもしれない。

おっ、法月綸太郎シリーズが揃ってる! スズちゃんもミステリー読むんだねー、文芸部には案外推理もの読む人が少ないから嬉しいよ。
そうなんですか? 意外です……私、雑食だからミステリーも読むしSFも読むし、けっこうつまみ食いなんです。
いやー色々読むのはいいことだよ。うん、君文芸部入ろう。それとも、もう部活何か入ってる?
いきなりついてきて勧誘始めないでくださいよ……それよりもスズちゃん、気分は平気? 久しぶりに部屋入ったと思うけど、大丈夫?
たっ、たぶん大丈夫……みんなと一緒だから。
 早智の方も、今はまだ変わったところはない。壁に人の形をした変なシミでも出てたらどうしよう……と思っていたがそんなこともなく、この前みたいにザワザワしたり鳥肌が立ったりもしていない。とはいえ、こっちにはチャペルの時間やたら幽霊を引き寄せる八津貝先輩がいる。警戒するに越したことはない。
ヨーヨーに剣玉にルービックキューブ……一人で遊べる玩具が多いね。
 ベッドの隣にあったラックに乗っかってるものを覗いて、八津貝先輩がぼそりと呟く。いきなり後輩の家に行くのは……と言っていた割に、けっこう遠慮なしに色々見てる。
あっ……すみません。私小さい頃からこういうのずっと大好きで、始めると何時間もやっちゃうんです。大学来るときは実家に置いていこうかと思ったんですけど、どうしても置いていけなくて。
へえ……以外。肌焼けてるし身軽そうだから、もっと外でスポーツやってるイメージだった。
あんまり一人で遊んでばかりもよくないかなって思って。バスケとかバトミントンとか色々やってはいたんだけど……大学来てからはまだ部活も決めてなくて。
ほほう、それはそれは……どの部活に入るか迷っているならお姉さんに相談してね。自信を持ってスズちゃんに合いそうな部活紹介してあげるよー。
 これはまた新たなターゲットが増えたな……と早智は軽くため息をついた。道端で会ったばかりだというのに、部長は初めての人にも本当に物怖じすることがない。でも、かえってスズみたいなタイプにはありがたいのかもしれない。実際、彼女は部長の言葉に満更でもない表情をしている。
今のところ、幽霊が出てくる様子はない……かな?
はっ、はい……この部屋に人連れてきたのは初めてですけど、たぶん皆さんが一緒にいるからじゃないかと思います。
それって、私たちがいなくなったらやっぱりまた出てくるかも……ってこと?
これで消えてくれたらいいけど……わかんない。
 早智の場合も、この前杏実に背中をさすってもらった時のように、誰かに触れてもらうと自分に見えていた幽霊がすぐにいなくなることがある。その後同じ幽霊が再び見えることはほとんどない。


   スズの場合、数人誰かと一緒にいるだけで幽霊は消えてくれるのかもしれないが、一度消えたらもう見えないとは限らない。夜になるとまた出てくるのだとしたら厄介だ。

一人で部屋に入ったとき感じる「ここにいちゃいけない」って感覚も今はない?
それも今はしません。みんなと一緒だからかもしれませんけど……。
 ふむ……と考えこんだ先輩は、おもむろに部屋の真ん中で座り込んだ。何となく、部屋に立ちっぱなしだった早智たちも、お互いに目を合わせながら座り込む。「しばらく掃除していない」というスズの言うとおり、部屋は少し埃っぽい。

 引越が終わって、まだ空いてないダンボール箱も数箱ミニキッチンの側に置いてあった。自分たちが来るまで、本当にここはしばらく無人だったのだ。そう思うと、なんだか未開の地に足を踏み入れたような、不思議な気持ちになってくる。
先輩……何かわかりました?
……いや、まずはもう少し、スズさんに見える幽霊のことを知るところから始めよう。
幽霊のことを知る? ああ、ここに幽霊が出る理由について探るってことですか? もしかして曰く付きの部屋だったとか、近くに事故のあった場所があるとか……。
いや、幽霊が出る理由は考えても正直わかんないから置いとくよ。
えっ?
幽霊が出る原因よりも、幽霊が出た結果から考えていこう。
 普通、なぜそこに幽霊が現れるのか原因を突き止めて、そこから追い出す方法を探るんじゃないだろうか? よく心霊番組なんかでは、どこでどんな人がどういう理由で亡くなって、どう供養してあげれば心霊現象が収まる……なんてことを一時間から二時間かけてやっていくが、先輩がやるのはそういうことじゃないんだろうか?
スズさんは、幽霊を避けられないのが怖いから悩んでたんだよね?
はい……。
スズさんが幽霊に対して今できることは、「誰かと一緒にいるとき、外にいるときは彼らを避けられる」。できないことは「一人で部屋にいる間は彼らを避けられない」ってことで合ってる?
そうですけど……。
じゃあ今度は、幽霊がスズさんにできることとできないことを整理してみよう。
おっ、始まったねー。スズちゃんも思い出してみようか。今まで幽霊がスズちゃんにやってきたことと、やってこなかったこと……まず幽霊がスズちゃんにできることは何かな?
えっ、幽霊ができること? ええと……突然目の前に現れる?
突然っていうのはどういうとき? いつでもスズさんに姿を表すことができる? それとも姿を現せないときもある?
あっ、そうか……スズさんが一人のときは姿を見せられるけど、誰かといるときは姿を見せられないってことですか、先輩?
アンちゃん、良いところついてるねー。でも、一人のときだったらいつでも幽霊は姿を見せてくるのかな、スズちゃん?
あっ……見える時期と見えない時期があるから、「いつでも」は姿を見せられない?
もっと具体的にいこう。幽霊が姿を現しやすい時期と、現しにくい時期があったよね?
確か……4月から6月頃が見えやすくて、他の時期はあまり見えないんでしたっけ?
一年間ほとんど見えないときもありました……。
つまり、まとめるとスズちゃんに見える幽霊は、「スズちゃんが一人の とき姿を見せることができる」「スズちゃんが誰かと一緒にいるときは出てこれない。一人のときでも4月から6月以外はあまり出てこれない。しかも、毎年出てこれるわけじゃない」ってことだね。
まあ、「幽霊にされなかったこと」=「幽霊にできないこと」とは限らないけど、ひとまずそういうふうに理解していこう。ところで、幽霊ができないことに関してはもう少し挙げられたよね?
えっ、まだ何かありましたっけ……?
スズさんが幽霊から離れれば、基本的についてくることはないんだよね? それってつまり、幽霊は自分が現れた場所からほとんど移動できないってことじゃない?
 確かにそうだ。早智も自分に見える幽霊とスズに見える幽霊の違いについて考えたとき、同じことを思っていたのだ。
そしてもう一つ、スズさんが幽霊を怖がるのは「関わり続けたらどこか一人っきりの場所に連れて行かれそうだから」って言ってたけど、実際に今まで連れて行かれたことは?
なっ、ないです……。
もちろん、だからと言ってこれからもそうしないとは限らない。幽霊と関わっていたらいつ、そういう所へ連れて行かれるかはわからない。これは不明瞭だね。でも逆に、はっきりしてることもある。

 それはスズさんが小さい頃から、具体的に言えばこれまで生きてきた18年の間、「幽霊は君を生きてる人たちから切り離すことはできなかった」ってことだ。
 少しだけ、ずっと不安げだったスズの表情が和らいだ気がした。同時に、それを見ていた早智の方も肩から力が抜けるのを感じる。


   そう、スズが恐れていた幽霊は確かに不安や恐怖を与えてくるものだったけれども、何でもスズにできるわけじゃない。現に何でもできるなら、みんなと一緒にいても平気でスズの前に現れてくるはずだ。しかし、実際にはみんなといる今、スズの前に幽霊は出てこない。


 幽霊にも、できることとできないことがある。しかも、今考えてみるとできないことの方がはるかに多いように見える。それはつまり、早智に見える幽霊にも限界があって、できないことがいっぱいあるはず……ということだ。

他の人に見えないからって、自分の目に見えるものを侮っちゃいけないけれど、かといってやみくもに恐れる必要もないんだよ。このままもう少し、幽霊のことを理解してみようか。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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