第15話 くっつくのが一番?

文字数 3,537文字

いやぁ〜部室が賑やかになってきて先輩は嬉しいよ。
 昼休み、文芸部の部室に集まった早智、スズ、杏実の三人を見ながら部長はにっこりと微笑んだ。あれから数日が経ち、早智たちは揃って文芸部に入部していた。結局、スズは早智たちが家に泊まって以降、部屋で幽霊を見ることはなくなったらしい。

 大勢で部屋にやってきたから退散したのか、あるいは自分たちが友達になってスズが「一人っきり」じゃなくなったから姿を消したのか……幽霊がどうしていなくなったのか本当のところはわからない。何はともあれ、とにかく今は落ち着いているようだ。
この前は本当にありがとうございました。文芸部に入部させてもらえたので、もう「一人っきり」になることもそんなにないと思います。
一人になるのが悪いわけじゃないんだよー、スズちゃんが安心して一人を楽しく過ごせる程度に、誰かと一緒にいたらいいんだからね。ここはそのとっておきの場所であると保証しようー。
 和やかな雰囲気の中、お弁当に箸をつけている部長、スズ、杏実をよそに、早智はさっきから全然食が進んでいなかった。チラチラと辺りを見渡しながら、落ち着かない様子でスズに話しかける。
スズちゃんはもう……家の外でもあまり見なくなったの?
うん、あれからは全然見てないよ。
そっ、そっか。よかったね!
 本当によかった……よかったんだけど……今は心細い。部室の窓に映る目を見開いた女性の影を見ながら、早智は心の中で泣きたくなった。どういうわけか、神学部にいるとやたら「彼ら」を見かけることが多い。今朝もふと授業中窓の方を覗いたら、ガラスに映った女性の影と目が合ってしまったのだ。

 ぽっかり穴の空いたような真っ黒な目鼻、生気なくダラリと開いた口、バサッと垂れ下がった髪……それがこちらをじっと見ながら、早智の後をつけていた。トイレの鏡、エレベーターのガラス、床に並んだタイルまで、光を反射するところに目を向ければ、それはいつでも早智を覗いてきた。

 授業が終わった瞬間、急いで杏実のいる部室へやってきた早智は、スズが気づくかどうかずっと伺っていたが、どうも全然見えてないようだ。
んっ? なんか早智、今日はやたらくっついてくるね。どうかしたの?
ちょっ、ちょっとね……。
 そわそわする早智の様子にピンっときたのか、杏実は「あっ、また?」という顔になった。スズが何も見えてない様子だったせいか、ずっと早智が何かを見ていることに気づかなかったようだ。いつもならもっと早く気づいているはずだ。
(あっ、あれ? スズは何にも見えてないみたいだけど……あっ、「見えない時期」になったのか!)
(ごめん、朝からついてきてるんだけど、全然消えてくれなくて……ちょっと今だけひっつかせて!)
 前にも、杏実に背中をさすってもらったときに幽霊がスッといなくなったことがあった。スズの場合は誰かと一緒にいるだけで幽霊を避けられるようだが、早智の場合は誰かに触れていると比較的早く消えてくれる。人前で誰かとくっついてるのはちょっと恥ずかしいが、背に腹は変えられない。
おやおや〜さっちゃんお腹壊したのかなー? さっきから全然箸つけれてないね。そういうときは体を温めるといいんだよ。お姉さんがあっためてあげよー!
えっ、ちょっと!
部長、早智のお姉さんは私ですから! そこは部長でも譲りません!
 なぜか部長と杏実にぎゅーっと挟まれて慌てる早智、それをおろおろと見ているスズ、部長のそういう行動には慣れっこなのか、気にせず他の人と雑談している数名の部員……。
そっ、そんなにくっつかなくてもいいですから! 誰か止めっ……。
ほらっ、今だスズちゃん! そっちからさっちゃんを挟むんだー!
えっ……はっ、はい!
 部長に言われるがまま早智に飛びついてくるスズ……この子小さいのに力強い! と早智が驚いている間に、窓からじっとこちらを見つめていた影はスッと離れるように消えていった。朝からつきまとわれて首に力が入り続けていた早智は、ようやく解放された気分になる。物理的には三人から捕獲されたような格好だったが。
やあ、古和はいるかな……って何やってんの?
せっ、先輩……助けて。
おっ、いいところに来たね。さあ、八津貝くんもさっちゃんにくっつくんだ!
なんかよくわからんけど、とても怪しいぞお前ら……。
 そお? と笑いながら、ようやく部長は早智から離れた。杏実もくすくす笑いながら離れ、スズも恥ずかしそうに俯いて早智を離す。幽霊が近づいてる間少しずつ冷えていた早智の体も、一気に熱くなった気がした。
まあ顔色もよくなったし、もう大丈夫かな、さっちゃん?
気遣ってくれたのは嬉しいんですけど、さすがにくっつきすぎです……。
 そう言いながらも、実は幽霊につきまとわれてると部長はわかってやったんじゃ……と早智は勘ぐり始めていた。早智が八津貝先輩と出会ったときも、みんなでスズの家へ行ったときも、何かと部長の行動が解決のきっかけになっているような気がするのは考えすぎだろうか?


   本当は、部長は自分のことも何か知っているんじゃないだろうか?   口の硬い杏実が早智のことを部長に話してるとは考えにくいけれども、何となく自分と幽霊のことを知っていて気にかけてくれてるような気がする……。

調子悪いときは誰かとくっつくのが一番だよー、イエス・キリストも色んな人にくっついて病気治してあげたしねー。
えっ、そうなんですか? 私たちキリストと同じ仕方でさっちゃんを回復させたのか!
確かに気分はよくなったけど……。
ほんと? さっちゃんお腹痛いのもう治った?
うっ、うん……ありがとう。(別のダメージを受けた気もするけど……)
そうそう、イエスも重い皮膚病の人に直接触って病気を癒したり……
皮膚病かぁ……病気うつるかもって思ったら勇気いりますよね。良い人じゃん、イエス。
目の開かない人のまぶたに唾でこねた土を塗りたくって見えるようにしたり……。
えっ、急に怪しくなったんだけど……。
死体に触って起き上がらせたり……。
しっ、死体に触ったんですか?
イエス様ってネクロマンサー?
いや、違うから……。
まあまあ、そうやって治したって書いてあることは事実でしょ。
どれも「くっつく」って言うより手で触れた話じゃないですか!
まあ、旧約に出てくる預言者の中には実際に死んだ人と体をくっつけて生き返らせた人もいるけどね。
先輩まで……?
すげぇ……死体と体くっつけるとか……預言者すげぇ。
そういうわけだから、さっちゃんが調子悪いときは遠慮なくみんなくっつくんだ! 
調子悪い人に遠慮しないのはダメだろ……。
そういえば先輩、部長を捜しにきたんじゃ? さっき何か言いかけてませんでした?
ああ、そうそう。ちょっと頼みごとがあるんだけど。
おっ、何々? 八津貝くんの方から私に頼んでくるなんて珍しいねー。
不本意だけど古和に来てもらうのが一番良さそうだから、ちょっと付き合ってほしいんだ。
えっ! 先輩がデートに誘ってる!?
思いっきり「不本意だけど」って言ってなかった?
あっ、もしかして私みたいに誰か相談に?
えっ、よくわかったね……古和にはこの前話したけど、自分たちじゃどうにもできないから家まで来てほしいって頼まれてるんだ。
ほほお……この前言ってた子のことだねー?
「自分たちじゃ」ってことは……一人暮らしじゃない人ですか?
そう、今回は実家暮らしの子で、その子のお母さんから呼ばれたんだ。
えっ!?
 学生だけでなく保護者からも呼ばれる? エクソシストの学生なんて噂、いかにも胡散臭いのによく相談してきたな……とはいえ、実際にスズが助けられたのを見ると頼るのもわからないでもない。新たな相談者が訪れたようだ。
んー……ついて行ってもいいけど、知らない人の家に行くのはちょっと緊張するなー。八津貝くんだけじゃ頼りないしなー。
 なんとなく嫌な予感がした。そして、その予感はすぐ当たった。
さっちゃんも連れて行っていい?
ぶっ、部長!?
えっ、月無さんを……何で?
その方がなんかいい気がするから。
 なんて適当な理由! さすがにそんなことで「いいよ」とは先輩も言わないだろうが、なぜ急に自分を指名してきたのだろう? 興味と不安が一気に早智の頭を渦巻いていく。
そうか……まあ、古和がそう言うなら連れてくか。
えっ、何で! 私は別に……。
さっちゃん行けないの? まだ体調が悪いって言うなら……私はここでさっちゃんの回復を続けるよ!
ええっ!?
 両手をワキワキとさせながら部長は少しずつ早智の方へにじり寄ってくる……。
行く? 行かない?
…………いっ、行きます。
 そういうわけで(どういうわけだか)、早智は再び先輩の悪魔払い? に付き合うことになった……。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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