第14話 聖書を一度も開かなかった悪魔祓い?
文字数 3,156文字
さてさて、幽霊についてはだいたい知ることができたかな?
「幽霊について知る」って、こういうことだったんですね……もっと霊感っぽい何かを使う調査かと思いました。
私もだよ。正直、ここで誰が亡くなったのか調べるとか、幽霊と因果関係のある事件を探すとか、そんなことかと思ってた。
早智も同じようなことを考えていた。いやむしろ、心霊番組で見るようなそれっぽい調査をして、納得しそうな原因を語って、適当に聖書の言葉を唱えてお祈りする……そんな感じの「悪魔祓い」をするんじゃないかと疑っていたのだ。
けれども、ここまで先輩は聖書を開いてもいないし、そもそも持ってきてさえいない。エクソシストっぽいことを一切することなく今に至っている。
俺に霊感はないし、幽霊が何かもよくわからないから「出る」原因を調べるっていうのもなぁ……それより、幽霊が出ることで何が起きるのか、どんな変化が起きているのか考える方が、この先のことも考えやすいと思うんだ。
スズちゃんの場合は、これからどうしたらいいんですか?
それについて考えるのは、スズちゃん自身じゃないかなー。
えっ、えと……今までよりは幽霊について、何かわかった気がするんですけど、まだどうしたらいいかはよくわからなくて……。
大丈夫だよ、そんな焦らなくても。順に考えていこう。まず、スズさんは今日「幽霊について今までよりはわかった気がする」って言ったけど、わかる前とわかった後で、気持ちに変化は出てきたかな?
幽霊のこと考える前は……「何でこんなにたくさん出てくるの?」とか「早く消えたらいいのに」とか「このままじゃ本当に変になる」とか思ってたりしたんですけど……今は「幽霊が出てきたから、いつも一人っきりにならなくて済んだのかな」って思います。
考えてみたら、何もないときに自分から初対面の人に話しかけたりすることなんてなかったので……。
確かに、今回も幽霊に悩まなかったら私たちも知り合うことなかったもんね。他学部の人が神学部の面識ない人を訪ねてくるとか早々ないよ。でも、そのおかげで私たちもお昼先輩に奢ってもらえちゃった。
怖いって気持ちは、やっぱり今もあります……いきなり出てきたら「うわっ」てなるし、「このままじゃまずい」って思います。
でも、「このままじゃまずい」って、「一人っきりだから誰かに会おう」って思わせてくれるのが幽霊なら、ちょっと申し訳なかったな……とも思います。
幽霊に対して「申し訳なかった」って気持ちは初めて出てきた言葉だね。それは今回全く新しく出てきた思い? それとも、前から少しあったのかな?
先輩と話してて気づいたんですけど……そういえば私、小さい頃は今みたいに幽霊のこと怖がってなくて、生きている人たちと同じ感覚で見てたんです。一人で遊んでたら時々遊びにきてくれる何か面白い人たち……みたいな感じで。
それなのに、「自分にしか見えてない」ってわかったら急に私から避けるようになったから……いつかバチが当たるかも、みたいに思ってたかもしれません。
「いつかバチが当たるかも」……それは幽霊への罪悪感みたいなもの?
なるほど……今は、そのとき避けちゃった幽霊に何か伝えられるとしたら、何て伝えたい?
ごめんね……って言いたいです。せっかく遊んでくれたのに急に避けるようになっちゃって。
今も、「いつかバチが当たるかも」っていうふうに感じてる?
やっぱりちょっと感じてます。私が一人のとき出てくるのもそのせいかなって。
それって、幽霊が自分に怒ってるかもしれないってこと?
今まで幽霊は、スズさんが一人のときにしか出てこなかったんだよね? スズさんが幽霊を避けて人のいる場所へ行こうとしたときも、追いかけてきたり邪魔したりはしなかった。
他の人と一緒にいるとき、引きはがしにやってきたこともなかった。実際には、どこか一人っきりの場所に連れていくこともなかった……。
怒っているなら、反対のことするんじゃないかな? 一人のときより誰かと一緒にいるときに脅かすとか、人のいる場所へ行こうとしたら怖がらせるとか。その方が孤立するし。
でも、そうじゃなかった。むしろ、君が一人になるとみんなの所へ行くような現れ方をした。君が孤立するようなことはしなかった……幽霊はスズさんに怒っていたのかな?
俺も実際幽霊が意図してることとかはわからないけど、幽霊のやってきたことがスズさんを孤立させる方に向かわせなかったことは確かだよ。「バチが当たるかも」なんて思う必要はないんじゃないかな。
それよりも、せっかくチャンスを与えられたんだから、幽霊が君を引っ張り出した世界で新しく人と出会っていけばいいと思うよ。
ちなみに文芸部には文学部の人何人か来てるよー。地理歴史学科の新入生はまだ入ってきてないけど、一つ上の先輩で私と仲良い子もいるし。
まあ文芸部に来てる人のほとんどは学部にいるよりも部室にいる方が時間長いからね……俺もあそこにいたから過ごしやすい場所だと思うよ。
好きな時に来て、好きな時にだべって、月に一回読書会したり批評会したりするだけだから。必ず参加しなきゃいけないってわけでもないし。
しまった……古和がいるから気をつけてたのについ流れで。
こらこら、私が全て悪いみたいな言い方しないでよー。
あっ、あの……文芸部、今度お邪魔してもいいですか? 私ずっと部活はスポーツしてきたけど、本当は本読んだりする方が好きなので……。
ほんとに? 大歓迎だよ! 今週は早智と履修登録の相談しててあんま部室行けてなかったからさ、明日三人で一緒に行こうよ。
もちろん全員歓迎するともー! いやぁ、後輩に恵まれて先輩は嬉しいよ。
そんなことないってー、前から言ってるでしょ。八津貝くんが厄介ごとに呼ばれるように、私は事件に呼ばれているんだよ。
まあ……あながち、それも間違いじゃないのかもって最近思ってきたよ。
とりあえず、これからどうするかは見つかったね。スズさんも今度、私の書いてる小説出来上がったら見せるね。あっ、もちろん早智にも見せるよ。
わかってるって。でもいきなり原稿用紙二百枚とかは勘弁だよ……。
どうやら、ひとまずこの相談は落ち着いたらしい。結局この日、スズと杏実と早智の三人は、一緒に部屋で泊まっていくことになった。最初にこの部屋に入ったときは、いつ幽霊が出てくるかビクビクしていたのに、相談が終わる頃には、スズだけでなく早智もそんなに怖くなくなっていた。
むしろ、たぶんもうスズがこの部屋で幽霊を見ることはないんだろうな……とどこかで確信していた。
先輩は本当に、霊感も聖水も儀式も使わないで、スズの悩みを解決してしまった……いや、「先輩が解決した」と言っていいのだろうか? 思い返してみれば、先輩はスズに質問を繰り返しただけで、特別なことは何もやってない。
それこそ、神学部で勉強しているくせに聖書さえ一度も開いていない。「神様」という単語も口から全く出てこなかった。映画や小説で見るエクソシストとは全然違う。
もしも今度、神学部にやってきた誰かが「八津貝先輩はエクソシストなんですか?」と尋ねてきたら……きっと早智は違うと答えるだろう。先輩はエクソシストじゃない。
じゃあ何か? と聞かれたら何とも答えられないけれど、とにかく違う。きっともっと別の……何かなんだろう。
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