第24話 かわいいお父さん?

文字数 4,716文字

よし……もう一度、この「悪魔」について整理してみよう。
おっ、何か掴めたみたいだねー。いいよー、まずは「悪魔」にできることとできないことからかな?
できることと、できないこと?
たとえば、この「悪魔」は食事中に出てくるけれど、他のときには出てこない……だから、いつでも弥恵さんのところに出てこれるってわけじゃない……とかだよー。
確かに食事中以外は出てきませんけど……。
「悪魔」が出て来れる場面ももうちょっと限定できるかもしれない。
えっ? 
 早智のとったメモを見ながら、先輩が自分の方に視線を向けたのを見て、早智も気になっていたことを口にした。
……弥恵さんとお母さんとお父さん、「三人が揃ってるとき」ってことですか?
えっ?
そう……弥恵さんが引っ張られるのって、夕食のとき以外は一度もなかったんだよね?
そうですけど……。
朝食や昼食のときに「悪魔」が出てくることはなかったんだよね? 
まだ明るいうちだからじゃないの?
今もわりと明るいですよー、夕食始まったの早かったですし。
……夕食以外で家族三人が揃うってこと、なかったんじゃないですか? 朝も昼も……。
朝は先に夫が仕事で出て行くから私とこの子だけだし、昼は職場や学校で食べてるから確かにバラバラだけど……それがどうしたの?
そっか……この前のスズちゃんと逆なんだね。この「悪魔」は弥恵さんが一人のときには出てこないで、三人揃ったときだけ出てくるのかー。
みんなバラバラのときは、誰も「悪魔」に引っ張られたことがないんですよね?
…………確かに……ないな。
そして、「悪魔」は弥恵さんを引っ張ったり叩いたりしてくるけど、物を投げてきたりはしない……。
だけど、さっき……弥恵さんが触れてないカップが割れちゃいましたね……あれも「悪魔」がしたことなら……。
弥恵さんが触れてない物にも「悪魔」は触れるってことかな?
うん。ただ、気になることがある……。
気になること?
弥恵さんもお母さんも怪我しそうになったことはあるけど、実際に怪我したことはないんですよね? 危ない目には遭ってるけど。
えっ……まあ…………いつも、この人が止めてくれるから……。
お父さんも怪我したことはないんですよね?
…………ああ……私はない。
「悪魔」は本当にみんなを傷つけるような行動はできないってことですか?
というより、「悪魔」が行動した結果、誰かが傷つくような事態は起きてないってことかな……。
誰も傷ついてない?……でも……。
「でも」?……何が起きてる?
二人を……困らせてます。
二人って、お父さんとお母さん?
……怪我までいかなくても……私のせいでお母さんも危ない目に遭うし、お父さんも心配するし……。
お父さんが怪我しそうになることは?
えっ……?
弥恵さんのカップが割れてお茶がこぼれたときは、お母さんの方にこぼれていった……弥恵さんが引っ張られたときはお母さんが巻き込まれたのが見えた……他のときはどうなのかな? 
えっ、どういうこと……?
弥恵さんが引っ張られてスプーンを放り投げちゃったとき……椅子を引かれてスープをこぼしちゃったとき……お皿の中のものを落としちゃったとき……誰かが危ない目に遭うとしたら、お母さんだけ?
…………お母さん……だけでした。
……私も……気になっていた……。
えっ……。
……私がいないときには出なかった…………私がいても、私には何も起きなかった……。
……あなたも私を庇って何度か危ないことあったじゃない?
…………だが、私は引っ張られなかった……こぼれた物もかかってこなかった……。
お父さん……?
……悪魔に憑かれてるのは…………私なのか?
そんなこと……。
だとしたら、お父さんに起きてる変化は何ですか?
えっ?
「悪魔」が現れると弥恵さんが引っ張られる。弥恵さんが引っ張られるとお母さんも危なくなる……お母さんが危なくなると、お父さんにはどんな変化が起きてますか?
……お母さんを呼んで……助けてる?
毎回そう? 
……はっきり引っ張られてるのが二人にわかってからは……そうかも……ほとんど毎日何かをこぼして、いつもお母さんが巻き込まれて……最後にお父さんが大声出して……。
弥恵さんが引っ張られる前のお父さんは……食事中お母さんには全く話しかけないんですか?
全然ってわけでは……テレビがあった頃は時々話しかけてわよね?
テレビが来てからでしょ……「何が見たい?」とか「こういうのが人気なのか?」とかお父さんがしゃべるようになったの……テレビが来る前は何も話してなかったよ。
何でそんなムスッと言うの……たまにだけど、弥恵に「学校はどうだ?」とか声かけてたじゃない?
私にじゃなくてお母さんにだよ! 何にも話しかけてなかったの……。
えっ……。
……弥恵…………。
前は全然お母さんに話しかけないで、私にだけたまに話しかけてきて……でも、テレビが来てからはお母さんにも見たいもの聞いたり話しかけたりしてたから「よかった」って思ってたのに……。
普通はテレビがない家にテレビが来ると、食卓から会話が減るって言うけどその逆だねー。
確かにテレビが来たときは食事中でも急に話しかけてくるようになったから驚いたけど……。
でもテレビがなくなってからは……また静かに?
私もご飯食べながらしゃべるの苦手だし、食事中静かなのは別にいいの……でも私だけたまに声かけられて、お母さんには何も話しかけないの、正直見てるの嫌だった……。
…………すまん……。
さっき、お父さんが帰ってくる前に弥恵さんが言いかけていた「普通に食事ができるようになりたい」っていうのは、「お父さんがお母さんにも話しかける食事」ってこと?
 早智は、弥恵さんが「……もともと普通じゃ……」と呟いていたのを思い出す。彼女が求める「普通」とは、賑やかな食事のことではなくて、父親が口数は少なくても、自分と母親の両方に声をかけてくれる食事のことだったのかもしれない。
そうだと……思います。「悪魔」が出てこなくなっても、お父さんはまたお母さんに話しかけなくなるだけだから……「前みたいに戻りたいの?」って聞かれても上手く答えられなくて……。
……弥恵さんが「悪魔」に引っ張られる前は、食事中お父さんとお母さんの間に会話がなかったけど、「悪魔」に引っ張られてからは会話が生まれるようになった……ってことですか?
 「幽霊が出た結果、何が起きてるの?」……先輩がスズから相談を受けたとき、最初に聞いた質問の意味がようやく早智にもわかってきた。なぜ弥恵さんが見えない何かに引っ張られるのかはわからない。

 でも、引っ張られる前と後で、確実に何か変化が起きている……それは、見えないものが現れる原因や正体を突き止めようとするよりも、ずっとはっきり何かを教えてくれるような気がした。
お父さんは「悪魔」が弥恵さんを引っ張って起きたこの変化について……どう思いますか?
…………正直……出てくるとホッとするところもあった……。
えっ……?
……お前と……何を話したらいいかわからないんだ……。
 今まで口を開いても少ししか話さなかったお父さんが、ポツポツと早智たちの前で話し始めた。
……昔は……弥恵が物心つく前は、お母さんとも……もっと話してたんだ。
えっ……私が生まれてからお母さんに話さなくなったの?
……お母さんは若かったが、私はだいぶ離れていたから……子どもができるとは思っていなかった……期待すらしていないときに生まれた子だったから……かわいくてお前にばかり話しかけるようになったんだ……。
……仕事から帰ってきたら、私には「おかえり」も言わないでこの子のとこへ行ったものね……。
…………お母さんがいてもお前ばかりに話しかけていたから……拗ねられてな……。
…………確かに拗ねてたけど……あなた気づいてなかったんじゃ……?
……まずいと思って話しかけようとしたが…………拗ねてるお母さんにどう声をかけたらいいかわからなくて……気づいてないふりしてずっと弥恵にだけ話しかけていた……。
 シリアスな話が続くのかと思ったら、予想していたよりずっと可愛い会話が始まって早智はどんな顔で聞いたらいいのかわからなくなってきた……娘の弥恵さん自身も「えっ? えっ?」という顔で二人の話を聞いている。
…………別に私、ずっと拗ねてたわけじゃないわよ? あなただって二人でいるときは話しかけるようになったじゃない?
…………ああ……食事のとき以外は…………。
えっ?
……仕事が忙しくて……夕食のときくらいしか、弥恵と話せなかったからな…………まともに三人が揃うときはほとんどお前と話していなかった……。
そう…………だったかしら……?
うん……私、お父さんがお母さんにちゃんと声かけるの、ほとんど見たことない……。
えっ…………そういえば慣れちゃったけど……私と弥恵がいるときは相変わらず弥恵ばかりに話しかけてたっけ……もともと口数少ないから……。
 確かに、食事中に話すのが一言か二言だけなら、それが娘だけにかけられたものでもあまり気にならなかったのかもしれない。なにせ、二人きりになればお母さんも話しかけられていたのだ。でも、弥恵さんの目から見れば、彼女のいる前でお父さんがお母さんに話しかけていることはなかったのだ。
……私も三人でいるときは弥恵にだけ話しかけるのに慣れてしまって…………お母さんと二人だけのときは普通に話せたんだが……食事中はどうも……。
娘に見られてると、お母さんに話しかけるの緊張しちゃうとかですかー?
…………。
えっ……あっ、ほんとにそうなんですか……。
まさか……今までずっと……?
急にテレビ買ってきたのって、もしかして……。
…………三人でいるとき、お前に話しかける話題が思いつかなくて……きっかけにしようと……。
あのでかいテレビにそんな意味があったのか……。
結局テレビがなくなったら、また話しかけるきっかけが作れなくて黙って食べるようになったと……。
だったら、会社からテレビもらえるの待たないで早くまた買ってくればよかったんじゃ……。
…………いつまでもテレビに頼るのは……よくないかと思ったんだ。
でも、やっぱ話しかけられなかったと。
…………。
(お父さん、思ってたよりもかわいいねー)
(失礼ですよ……)
(さっちゃんもちょっとそう思ったでしょ?)
(…………うん)
私……お父さんって全然お母さんに話しかけないから、お母さん寂しくないの? ってずっと思ってたんだ。テレビがなくなってから前みたいに戻っちゃったから、余計そう感じて……。
 部長は自分が寂しかったときに幽霊が現れた。けれど、弥恵さんの場合は自分が寂しいときじゃなくて、お母さんが寂しいんじゃないかと思ったときに「悪魔」が現れた……本当に、正体のわからない何かが現れるタイミングは人ぞれぞれだ。
別に……無理して話しかけなくてもいいのよ。
……だが……。
今こうして話してるじゃない? 弥恵の前で……。
 そういえばそうだ。これも、ある意味「悪魔に弥恵さんが引っ張られた結果」なのだろうか?
それに……私の目を見てれくれるでしょ、声かけられないときだって。
えっ……?
出会った頃からあなたは無口だったし、私といてもずっと口もごもごさせてるだけだったけど……話しかけようとしていつも私の目、見ててくれたでしょ? 食事中だって。
お母さん……寂しくなかったの?
まあ、たまには声かけてほしいなって思うこともあったけど……弥恵が心配するほどお父さんは私に無愛想じゃないのよ? 夜中にあなたの部屋覗きに行ったときだって、戻ってきたら必ずお父さんも起きて待ってるし、「どうだった?」って聞いてくるし。
そうだったんだ……。
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登場人物紹介

月無早智、18歳。

牧師の娘でクリスチャン。中学の頃から幽霊が見えるようになってしまったが、家族にも教会の人にも相談できずにいる。


「聖職者になれば幽霊なんて平気じゃん」と言う友人に誘われたのをきっかけに、総合大学の神学部伝道者コースに入学する。院生の八津貝亮と出会ってから、幽霊に関する様々な事件に巻き込まれるようになった。

八津貝亮、22歳。

神学部思想文化コースの院生。全く霊感がないにもかかわらず、なぜか幽霊に関する事件の相談を受けることが多い。他学部では「神学部のエクソシスト」と呼ばれ有名だが、本人はエクソシストをしているつもりはない。


自覚はないが霊を引き寄せやすく、そのせいかはわからないが常にどこか調子が悪い。かと思えば、以外とタフな一面も見せる。ストレスが溜まるとシャボン玉を吹き始める。

川井古和、20歳。

文芸部の部長をしている文学部心理学科の三回生。文化祭で出会った杏実と仲良し。のほほんとした雰囲気に見えるが素で人を振り回す侮れない先輩。


ミステリー小説をネット上にアップしている。事件と名のつくものがあれば、とりあえず現場に行きたくなってしまう。八津貝亮の周りで何か起これば、たいてい彼女が現れる。

小友杏実、18歳。

早智に幽霊が見えることを知っている唯一の友人。周りからはアンと呼ばれている。明るく話しやすい人柄で口も固い。自分の進みたい総合大学に神学部があることを知り、進路に悩んでいた早智をそこへ誘った。自身は社会学部に入る。


ホラー小説や映画が好きで、自分も文芸部に入って小説を投稿している。文芸部のOBの院生が「神学部のエクソシスト」であることを知り、早智だけでなく彼にも会いに、よく神学部へ遊びに来るようになった。

霊南坂舞、22歳。

神学部伝道者コースの院生で、亮と同じ学年。教学補佐をしており、院生の中では早智たちとよく絡む。見つからない時はだいたい喫煙所にいる。


亮と一緒にいることが多いせいか、付き合っていると勘違いされやすいが、本人は「そういう興味はない」と言っている。どういう意味にとるかは神学部の中でも解釈が分かれている。

大葉   茜、50歳。

神学部伝道者コースの社会人編入生。入学してから最初にできた早智の友人。数年前から科目等履修生をしていたので、学内には詳しい。


本人は気づいてないが、亡くなった夫らしき霊(手首のみ)が憑いている。「幽霊は死んで天国に行けなかった人の魂なのか?」という困難な問題に早智を直面させることになった。

月無葛見、45歳。

早智の父親で牧師をしている。神様は全ての人の魂を救ってくださる方だから、幽霊はいないはずだと思っている。娘に幽霊が見えていることは知らない。


破壊的カルトの脱会活動も行っており、地獄の存在を強調したり、悪魔祓いと称する儀式を行う宗教者を警戒している。そのため、「神学部の悪魔祓い師」と噂される学生の存在が気になっている。

奥野鈴香、18歳。

一人暮らしを始めたばかりの文学部の新入生。小さい頃から時々幽霊を見ていたが、下宿先のマンションで毎晩幽霊が現れるようになり、帰れなくなっていた。


「神学部の悪魔祓い師」の噂を聞きつけ、相談するために神学部を訪れた。亮が多くの霊に取り囲まれているのを見て声をかけられないでいたところ、早智と知り合った。

黒麻弥恵、19歳。

実家通いの商学部の二年生。文芸部で杏実の先輩。新しい家に引っ越してから、度々ポルターガイストの現象に悩むようになった。


毎晩、家族と夕食をとっていると自分の手が引っ張られたり椅子から落とされたりするため、見えない幽霊に怯えて暮らすようになった。杏実の紹介で亮と早智に相談するため、神学部を訪れた。

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