第78話 横槍と解放の窓 ~独占欲と嫉妬~ Bパート

文字数 5,814文字


 午前中の間に集中力は少なかったとしても、少しでも勉強しておいてよかった。
 漂うペトリコールも無くなり、葉を叩く雨音がその雨足を伝えてくれるかのように、耳朶を打ち始める。
「私からの、酷いお願いを聞いてもらっても良い?」
 その中で私の言いたい事を言わせてもらう。私の予想が当たっていれば恐らくこの後に優希君から言ってくれると思う。
「もちろん良いけど。酷いお願いって?」
 私の言い方に不安そうにする優希君。
「私のお願いを聞いても私の事嫌いにならないって約束してくれる? もし嫌われても私、優希君の事諦められないけれどね」
 でも私の方も不安だから重ねてもう一回念を押しておく。
「僕から愛美さんを嫌いになる事は無いけど……」
 私が何を言いだすのか分からないからだろうけれど、優希君に警戒の色が浮かぶ。
「私、金曜日の日に雪野さんから優希君の事が好きだって告白された」
 私の唐突の言葉に{驚き}いや、{驚愕}を見せる優希君。
 人の想いを他人の私が伝えるだけでも十分酷い女だと思う。何があっても優希君を渡す気がない私は雪野さんに一粒の塩すらも送る気はないのだ。それ程にまでどうしても優希君を

はないのだ。
「その上での話なんだけれど、彩風さんの話を聞いても、中条さんの話を聞いてても、今後雪野さんの状況はもっと悪くなると思う。そんな厳しい中にあっても、誰か話を聞いてもらえる人が一人いるだけでも全く違うと思うの。だから優希君が雪野さんの話を優しく

聞いて最低限の支えになって欲しいの。雪野さんの心が潰れない様に聞いて欲しいの」
 それでもやっぱり私は、周りにいる人には少しでも笑っていて欲しいと思うのだ。
「優しくしないで?」
 優希君が聞き返してくる。
「そう。具体的には名前呼びは無しで。手を繋ぐのも香水も、もちろん無しで、話を聞くだけ。そのためのお昼なら私も耐えるから。その代わりお弁当の交換も無しだよ」
 そして私の気持ちも全部口にしていく。
「でも雪野さんがそう言うの聞いてくれないのは愛美さんも知ってるんじゃ?」
「その時は私に教えて欲しい。どのみち来週からは私と倉本君と雪野さんの組み合わせになるんだから、その時に私から言う。そして全てが片付いたら私の目の前で雪野さんの気持ちを断って欲しい」
 私は優希君に言ったら嫌われてしまうんじゃないかと思っていたのだけれど、
「本当に愛美さんは優しいね。分かった。喜んで協力するよ」
 むしろ嬉しそうにする優希君。
 何となくだけれど私の思ってる事が優希君に筒抜けになっている気がする。
「当たり前だけれど、雪野さんの気持ちがハッキリしている以上、雪野さんからの誘いも色々あると思うけれど、雪野さんに気移りしたら私、絶対泣くからね」
 それが恥ずかしくて余計な一言を付け加えてしまう。
「……分かった。僕の方も言ってしまうけれど、倉本も愛美さんの事が好きだってハッキリ宣言されて、今はリードしてるかもしれないけど、テスト明けから真剣にアプローチして、なんとしてでも気持ちを受け取ってもらうって」
 そして予想通りの事を倉本君が言っていたっぽい。と言うか、それ以上に思いが強い。
それに優希君の機嫌もまた少し悪くなってる。
 どうして彩風さんがいるのに私にそこまで意識が行ってしまうのか。私はこれは面倒な事になりそうだと、心の中でため息をつく。
 お願いだから私と優希君のとの事はそっとしておいてほしい。私は優希君とゆっくり歩んで行きたいだけなのだ。
「倉本がカッコ良いからって乗り換えだけは辞めて欲しい」
 何となく私の言う気移りとニアンスが同じと言う事は分かったけれど、優希君の気持ちを考えると、倉本君をあしらえるようになるって理由で、男性慣れの話をしてしまうとすごく機嫌が悪くなりそうと言うか、その姿しか想像できない。
「じゃあ、金曜日みたいな事があったら、優希君が私を守ってよ」
 水曜日は断り切れなかったけれど、金曜日は何とか優希君が断ってくれた。
 そうすれば彩風さんも辛い思いをしなくて済むし、学校内では男性慣れの事は考えなくて済むようになる。
 ボランティアの時は朱先輩もあのおばさんもいるから、あまり気にしなくて良いのかもしれない。
「分かった。そう言う事なら僕も全力で頑張るよ。その代わり倉本とだけは絶対に二人きりにはならないでくれ」
 私のお願いに気合を入れて返事をしてくれる優希君。
「分かった。私の方も気を付けるようにするよ」
 だから私も安心して返事をする。


「優希君。私から一つ提案があるんだけれど」
 気が付けばかなり話し込んでいたみたいで、地面にはいつのまにか水たまりがそこかしこらに出来ている。
 今更だとも思わなくはないけれど、館内の机の所まで戻る途中で声を掛ける。
「提案?」
「うん。今日って言うか、金曜日から今日までみたいに喧嘩になって口を利けなくなるのは私、寂しいから、お互いに関して思っている事はがあれば、ちゃんと言うようにしない?」
 私たち二人での喧嘩ならまだしも、こんな横槍みたいなので優希君と仲良く出来ないのは耐えられない。
「分かった。

、思い切って愛美さんに本音で話して良かったって思えるから、これからは僕の方も愛美さんには隠さずに出来るだけ言うようにするよ」
 優希君が賛成してくれるのはもちろん嬉しいけれど、
「妹さん?」
 ここで思わぬ名前が出て来る。
「何かいつもなら “オンナの前で他の女の名前を出すのはマナー違反よ” って言うのに、今日に限っては “遠慮しないであのオンナの前でわたしの名前を出しなさい” って言ってたから」
 取り敢えず何とか仲直りをして、さりげなく名前を出すつもりだったみたいだ。
 まあ昨日の電話からして、今日会って話をして仲直りが出来たのは、優珠希ちゃんの手柄って事にしたいんだろうけれど、

なんだって事を教えてあげようと、
「優希君。今日私と会えて、仲直りが出来て嬉しいって思ってくれてる? 私のスカート姿、優希君気に入ってくれた?」
 館内のエントランスで、いつの間にか繋いでいた手を離してスカートを軽くはたいた後、優希君の正面に立つ。
 私の下半身を少しの間見た後、慌てて
「もちろん嬉しかったし、これで明日からのテストに集中出来るよ」
 少しだけ赤らめた表情で満足そうに答えてくれる。
 その優希君の表情を見られただけで、満足した私は
「じゃあ私から妹さんに伝えて欲しいんだけれど “妹さんとの約束はちゃんと果たしたし、私の格好を見て優希君も嬉しいって言ってくれたし、妹さんには感謝しかないよ。そんな妹さんとももっと仲良くしたいから色々優珠希ちゃんの事も教えてね” って伝えてくれる? それと今日の私の格好の事は私と優希君だけの秘密だから、優珠希ちゃんにも言ったら嫌だよ。私のスカート姿は優希君だけなんだから」
 皮肉と少しでも歯がゆい思いをするようにと、妹さんへの伝言をお願いする。
「ひょっとして優珠と仲良くなってる?」
 優希君が嬉しそうに聞いてくれる。
「と言うか、妹さんともっと仲良くなりたいから、優希君。ちゃんと伝言お願いね」
 だから優希君にそれだけを伝えて、閉館まであと少し、今度こそは集中して模試対策を進める。


 そして閉館近く、明日からの試験に備えて気持ち早い目に帰ろうとエントランスまで来るけれど、雨は完全に本降りになっている。
 傘を忘れた私が駅までどうしようかと考えていると、
「駅まで一緒に行こう」
 優希君が明らかに一人用の傘を広げて言う。
「いや。それだと優希君が濡れちゃうし」
 明日からのテスト直前で濡れて風邪なんてひかれたら、目も当てられないと思ったのだけれど
「僕と一緒の傘に入って欲しい」
 優希君のハッキリした言い方に、特に意識していなかった分だけ私の顔をが熱を持つ。

 いや、確かに気持ちを隠さずに伝えようとは言ったけれど、恥ずかしさは必要だと思うんだけれど、その辺りはどうなのよ。

「うん、ありがとう。私も嬉しいよ」
 どうしてこうなってしまったのかは分からないけれど、優希君との相合傘。
 優希君の肩や二の腕が触れた、私の右の部分が広範囲に渡って熱を持つ。
 それ以外にも一本の傘を二つの手で持つから、重なった手も汗ばむほど熱を持ってる。
 私は恥ずかしさのあまり少し離れようとするも、小さい傘。どうしてもお互いが濡れてしまう――前に
「それだと優希君が濡れてしまうよ」
 自分が濡れる事も厭わずに、私が濡れないようにと傘を動かす。
「僕は別にかまわないけど、愛美さんは濡れたらダメ」
 何となく機嫌が悪いって事は、何かに嫉妬してるのかな。
「水も滴る良い女って言うのも違うけれど、愛美さんは自分が可愛いのをちゃんと自覚して欲しい」
「ぅぇ……」
 使い方が違うとか、言葉の誤用だとか全部吹き飛んでしまった。
 もちろん勝ち負けを競っているわけじゃないけれど、いつになったら私は優希君への連敗が止まるのか。
 それ以降は優希君のなすがまま、優希君のすぐ隣を歩いて、駅まで道のりを楽しんだ。


 それから駅からは優希君に見送られながら、お母さんに電話をして最寄り駅まで雨が降っているからと迎えをお願いする。
 私は恐縮して電話したはずなのに、お母さんが苦笑いをしながら
「今から迎えに行くから濡れない所で待ってなさい」
 私のお願いに快諾してくれる。
「……」
 そして迎えに来たのはお父さんだったのだけれど、もうなんて言うのか、今日ほど傘を持たなかった事を後悔しない日は無いかもしれない。
「お父さん。今日は私ご飯食べてないからまっすぐ帰るよ」
 私は先手を打って今日は何も話さないと言ったのだけれど、かえってこれが良くなかったのか
「愛美。今日は本当に図書館で勉強か? それでそこまで可愛くする必要あったのか?」
 我慢していたであろうお父さんの質問が始まる。
「可愛くって……それは嬉しいけれど。私だって女の子なんだからたまにはオシャレしたくなるよ」
「いやそうは言うけど、今までそんな素振り全くなかったじゃないか」
「ちょっとお父さん前見ないと危ないって」
 父さんが前を見ないで私の方をチラチラと見てくる。
 それでもお父さんは動じない。
「大丈夫だ。前はちゃんと見てる。それに愛美の顔が赤いのはどうしてだ? 勉強しててそんな風にはならないだろ」
 私の意見なんて聞く耳持たずに私の事を根掘り葉掘り聞こうとする。
 ホントこれじゃあ私が朝予想した通りの展開になってる。
 それに顔が赤いのは仕方がないのだ。あれだけの至近距離で優希君の顔を見続けて、肌に触れ続けて、平然としていられる訳もないのだ。
 おまけに相合傘。端からも目立ってたんじゃないだろうか。
「お父さん? あんまり聞くとお母さんにまた言いつけるよ?」
 だから何とかお母さんを出して、お父さんに大人しくなってもらおうとしたんだけれど
「お母さんが怖くて愛美の事なんて聞けるか! 怒られても良いからお父さんにも教えてくれよぉ。まさかそこまで隠すと言う事は本当に男なのか?!」
 お母さんがいないからって最近は強気の言葉と態度を見る事が多い気がする。
「お父さんにはいーわない。それに万一彼氏がいても、お父さんが彼氏と喧嘩したら私は、彼氏を応援するからね」
「……」
 私の一言に落ち込んで無言になるお父さん……の姿が少しだけ優希君と重なる。
 まあ、なんだかんだ言って私が好きになった人。私の両親ともうまくやってくれるとは思うけれど、それとこれは別の話。
 優希君の事はまだお父さんには言わない。
「……父さんは! 愛美に彼氏なんて認めないからな」
 かと思ったらお父さんがなんだか勝手に決意をする。
 そんな事言うから私も言わないって決めてしまうのに、どうして分からないのかな。
 まあ優希君と言い男の人って、自分の好きな人は渡したくない! みたいな気持ちが働くものなのかもしれない。
「じゃあ私に彼氏がいてもお父さんにはまだまだ言えないね」
「わかった。じゃあ愛美の彼氏と仲良くするから、お父さんに紹介してくれ」
 お父さんの驚くほどの変わり身の早さに思わず吹き出してしまう。
 それにその言い方だと、私に彼氏がいるのが前提になってる気がする……まあいるんだけれど。
「はいはい。私の事についてはお母さんから聞いてね」
 私のダメ押しに、お父さんの項垂れたため息だけが車内にこもる。

 そして家に帰った私はご飯だけを食べて、テス前日。最後の総仕上げにもうひと頑張りをする。

題名:アンタ随分な挨拶じゃない
本文:アンタの喧嘩。わたし買うわよ。わたしともっと仲良くしたいんでしょ? 
   それとお兄ちゃん、喋ってくれるようになったのは良いけれど、アンタ一体
   どんな格好したのよ。何を聞いても教えてくれないし、前にも増してお兄ち
   ゃんの顔がだらしない事になってるんだけど。アンタ最近ちょっと調子乗り
   過ぎじゃないの? その辺りの話と佳奈の事についても話したいから、アン
   タも時間作りなさいよ。

 妹さんのメールを横目に、勉強するつもりだったのに

題名:今日は話せて本当に良かった
本文:今日のスカート姿の話は優珠にもしてないから、また楽しみにしてる。それ
   と、愛美さんの寝顔可愛かったよ。
 
 まさかの優希君からの忘れていた寝顔メッセージ。
 もう勉強や妹さんのメッセージどころじゃない。

 題名:ごめん
 本文:今からテスト勉強に集中するからその話はまた今度ね。

 妹さんからのクレームのメッセージを短い文章で躱して今後の優希君の対策を真剣に考えながら、形だけに変わってしまったテスト対策を進める。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
             「……はい。良いわよ」
        そして時は少しだけ飛んで試験終了の合図
           「まずは試験4日間お疲れさん」
              長い試験を労う先生
     「いや食べてたが、今日からは空木の所に行けって言ったぞ?」
            そして具体的に動き出す会長……

     「……愛ちゃん。あの返事だと会長さん期待してしまってるよ」

         79話  近くて遠い距離 3 ~親友・幼馴染~
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