第16話 反骨精神を持ったリーダー 経済界

文字数 2,019文字

 経済界でも反骨精神を持って成功したリーダーが多い。
 例えばヤマト運輸の小倉昌男社長は1947年東京大学経済学部を卒業して1948年に父親の小倉康臣の経営する大和運輸に入社する。大和運輸は元々は商業貨物のトラック運送業者であった。
 そして入社後に結核という大病を患い4年半も休職するが病を治して復職した。復職すると静岡の子会社を再建し、本社に復帰して1961年に取締役に就任する。1971年には父康臣の後を継ぎ2代目の社長に就任した。しかし、大和運輸の業績は悪化していた。原因は日本の道路が整備されて広がり、トラックの性能も向上してトラックによる長距離の大量輸送が可能になったが、大和運輸は長距離輸送に出遅れたからである。それは、創業者の康臣社長は長距離輸送は国鉄の仕事でトラック輸送は近距離に専念すべきだと考えて関東一円のネットワークを築き上げていた為である。経営環境の変化により大和運輸の強みは弱みになってしまった。
 さらに、1973年に起きたオイルショックで百貨店の売れ行きが悪くなり、百貨店の贈答品の配達業務も減少した。しかし、逆境の中、小倉昌男社長は経営が悪化した会社を立て直す。その会社を立て直すきっかけになったのが1976年に始めた民間向け小口貨物配送サービスの「宅急便」であった。そもそも当時個人向けの集配業務は集荷と配達にも手間がかかり経済的に採算に乗らないと言われてきた。その業界の常識に挑戦して、まずは採算の取れる形の集配事業がどうしたら可能になるか?を考えた。そこから出てきたのが当時、多くの家庭の近くにあった酒屋さんと米屋さんに取次店になってもらうという発想である。
 そして発想だけではビジネスにはならない。酒屋さん、米屋さんに荷物1個当たりどれほどの対価を支払えば取次店になってくれるのか?その為には自社に利益の残る金額の設定が必要だった。さらに荷物の集積点となるセンターも必要で、その数は全国の警察署の数があればカバーできると考えた。こうして全国ネットの輸送網を作るのに取り掛かっていった。
 又、小倉昌男社長は、採算に乗る為に必要な荷物の量は1日当たりどれほど必要でトラック何台分になるのか?さらに荷物1個当たりの料金の設定は、トラック1台にかかる車両費、人件費、燃料費の費用を元にして論理的に順序立てて決めていった。
 これだけの努力をして、リスクを冒してまで小倉昌男社長が「宅急便」にこだわったのは、今までの主力業務であった百貨店の贈答品配達業務と家電メーカーの商品輸送業務から業態転換しなければ会社の将来は厳しいという考えがあったからである。当時は個人の荷物を扱ってていたのは郵便小包と鉄道小荷物がだったが、どちらも国が行っていて「荷物がいつ届くかわからない」等サービスが悪く評判が良くなかった。その為「翌日配達」という民間にしかできないサービスを提供すれば大きなビジネスになると考えたからだ。さらに集配にコストがかかるという常識から競争相手がいなかったのも「宅急便」に進出した理由だ。
 又、小倉昌男社長は現場のドライバーに自由裁量権を与えた。そうすると現場のことを任されたドライバーのモチベーションは上がり「ヤマトは我なり」という全員経営の理念が浸透した。ティール組織では組織を構成する個人が会社が存在する意義や経営理念に共鳴すると効率が上がって成功するとしたが、日本では小倉昌男がヤマト運輸で何年も前に実施していた事だった。
 「サービスが先、利益が後」という小倉昌男社長の有名な言葉があるが消費者の欲するサービスの提供する事が何よりも大切という意味だ。そしてこの言葉の裏にあるのが会社は現金があれば赤字でも倒産しない。逆に黒字でも現金がなかったら倒産するというキャツシュフローの重要性である。その点、個人相手の宅急便はドライバーが直接、個人のお客から現金を集金出来ると言う強みもあった。
 家庭の近くにある酒屋さんと米屋さん、そして警察署など身近にあるものをヒントにして今までの常識では難しいと言われてきた事をビジネスとして成功させた。これは、社長というリーダーの座にあっても慢心する事なく、今まで主力だったビジネスに危機感を持っていて常に新しいビジネス考えていたから出来た事だ。
 小倉昌男社長は、そんな事が出来るわけがないという世間の常識や風潮に対して反骨精神を持って挑戦したリーダーだから「宅急便」の事業を成功させる事が出来た。さらに、小口貨物の配送サービス「宅急便」を始める際の規制緩和をめぐっては当時の監督官庁であった運輸省や郵政省の官僚と厳しい交渉があった。しかし、権限を持った官僚を相手にしても自分の正しいと思った事は信念を持って貫き通すという反骨精神を持ったリーダ―だからこそ出来た所作であった。

参考文献
経営の知的思考
「直感で発想 論理で検証 哲学で跳躍」著者 伊丹敬之  東洋経済新報社
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