第10話

文字数 7,100文字

 永堀町の居酒屋幸多は仙台堀に面していて眺めが良いだけでなく、出す酒は良いし料理も安いのに旨い。
 だがまだ昼前だから店は割に空いていて、松蔵に連れられて店に入った時、他には客待ちの猪牙の船頭と若い浪人者が静かに飲んでいるくらいだった。
 松蔵は入るなり長床几の真ん中に腰を据え、酒と何かつまむものを言い付けた。
 昔は清次も、昼日中から平気で酒を飲んでいたものだ。だが今は松蔵の杯を受けながら、尻の据わりがどうにも良くなかった。
 形だけ嘗めた杯を下に置き、清次は昔の弟分の姿を改めてしげしげと眺めた。
「あれからもう十二年か。久しぶりだが、どうしてる……って、聞くまでもねえな」
「ああ、ご覧の通りさね」
 襟や背に弥勒の字を染め抜いた印半纏の両袖を、松蔵は得意げに引いて広げて見せた。
「一緒にお縄になって、兄ィと違っておれは重敲と江戸払いで済んだが、上方だの甲州だの上州だのあちこち流れてみたものの、やっぱり江戸の水が恋しくて舞い戻って来ちまった」
「そうかい、おめえも苦労したな」
「兄ィに比べりゃ屁でもねえさ。それにね、おれは運が良かったんだ」
 松蔵が戻って来たちょうどその頃、深川で最も勢力のある親分の清住の吉蔵が口入れ屋の豊島屋甚三郎と悶着を起こした揚げ句に、豊甚に飼われていた凄腕の用心棒に返り討ちに遭ったばかりだった。その漁夫の利で吉蔵の縄張りを己がものにした弥勒の三五郎だが、縄張りが急に広がったから何しろ人手が足りない。
「それでおれも、願ったり叶ったりで一家に加えて貰えた……ってわけよ」
 清次が注ぐ酒を飲みながらそれまでの事を気分良く喋った後で、松蔵は元の兄貴分の身なりを憐れみを込めた目で眺めた。
「それにしても兄ィほどのお人が、何で荷揚げ人足なんざしてるんでさ。兄ィならどこの一家でもすぐいい顔になれるに決まってら」
「おれは人を泣かせるような真似は二度としねえ、って決めたんだ。こんな暮らしでも、おれは昔よりずっと幸せなのさ」
 例のどこか痛むような苦い笑みを浮かべる清次を、松蔵は呆れ顔でまじまじと見詰めた。
「わからねえな。牛や馬じゃあるめえし、重い荷物(もん)を日が暮れるまで担がされて、そんなんで辛くねえんで?」
「荷揚げはそりゃあ楽な仕事じゃねえよ。でもな、生きててほんとに辛え事ってのは、そんなもんじゃねえのさ」
「まあね、流人暮らしは思ってるよりずっと酷えそうだし、荷を担ぐくれえ何でもねえかも知れねえが」
 そうじゃねえ、おめえはまだわかってねえんだ。そう呟きながら、清次は悲しげに首を振る。
「生きてて何が辛えって、昔のおれがどれだけ馬鹿だったか思い知らされることさ」
 そして清次は、怖いくらい真剣な目で松蔵を見た。
「やくざなんざ止めて、おめえも堅気に戻れ。でないとおれみてえに、てめえがしでかした事を後でうんと悔やむことになるぜ」
 頭をどうかしちまったのかいとでも言いたげな顔で、松蔵は堪え切れずに吹き出してしまう。
「で、わざわざ荷揚げ人足の真似なんざしてるんで?」
「真似じゃねえ、おれはほんとに堅気になったのよ」
「それで何か良いことでもありやしたかい?」
 からかうような嘲るような顔を、松蔵は清次のすぐ前に突き出した。
「あったさ。今さら悔やんでまともになろうが、やっちまった悪いことは一つも消えちゃあくれねえんだがな」
「だったら、今さらいい子にするだけ損じゃねえか。おれなら金輪際後悔なんざしねえで、死ぬまで好きなようにして楽しく生きてやるぜ」
 そして松蔵はそれまでの笑みを口元から消して、やくざらしい凄い目で睨んだ。
「昔のあんたは格好良くてきらきら光ってて、ずっとおれの憧れだったんだ。あのいかしてた清次の兄ィは、いってえどこに行っちまったんでさ? あれはほんとのおれじゃ無かったとか、今さら言いっこ無しですぜ?」
「面目ねえ。おれがおめえを今みてえにしちまったんなら謝る。でもおれは、昔みてえな真似は二度としたくねえんだ」
「なぜなんで? お願えだからうちの一家に草鞋を脱いで下せえ、そうすりゃ一家は百人力で万々歳だ」
「今さらどう足掻いたって、おれの昔はどうにもならねえのはその通りよ。だからよ、今だって背負い切れてねえ後悔しなくちゃなんないことを、これ以上ちょっとでも増やしたくねえんだ」
 だからおめえの知ってる清次は死んだものと思って、放っといてくれ。清次がそう言いかけた時、少し離れた席で川面を眺めながら手酌で酒を嘗めていた浪人が、小さくだが間違いなく舌打ちをして立ち上がった。
「とっつぁん、帰るぜ」
「おや祐さん、もうお帰りですか?」
「うむ、厭な話を聞かされて酒が不味くなった」
 言葉を交わしてる相手は店の親爺だが、祐さんと呼ばれた若侍の目は間違いなくこちらに向けられていた。
 おれはいい、何を言われたって構やしないが、松蔵が怒り出すんじゃねえか。その浪人者は見るからに大人しげな顔で体つきも小柄に近く、喧嘩はもう二度としたくない清次ははらはらして昔の弟分を見た。
 が、その松蔵は首をすくめ、蛇に睨まれた蛙さながらの顔で身動き一つせずにいる。
 例の浪人が仙台堀の向こうに悠々と姿を消した後、松蔵がようやく口を開いた。
「さっき、清住の吉蔵が豊甚の凄い用心棒に返り討ちにされた話をしたろ? あれがその平松祐二郎先生さね」
 すぐには信じかねて目を丸くする清次に頷き返して、囁くような声で続けた。
「豊甚の用心棒は二枚看板でね、稲妻より凄え一撃で相手を芋刺しにしてのける先生と、チョンと斬ってはひらりと躱し、チョンと斬ってはまた躱して人を生きたまま膾みてえに切り刻む先生がいるのだが……」
「で、さっきの平松先生ってのは?」
「膾の方の先生よ。あの見かけに騙されちゃいけねえぜ、普段は祐さんなんて呼ばれて借りてきた猫みてえにしてるのだが、一度刀を抜くと目の色が妙になって、薄笑いを浮かべながら相手をずたずたにするってんだから、混じりっ気無しのキ印に違えねえ。だから一家でも、あの先生にだけはかかわるなって言い合ってるのさ」
 そして松蔵は、おれの何があの先生の気に障っちまったのだろう、キ印の考えることはさっぱりわからねえと首を傾げる。
 しかし清次は、あの時キ印の先生が見ていたのは松蔵ではなく間違いなく自分だと気付いていた。
 ただ自分の何があの平松先生を怒らせたかまるでわからなかったのは、清次も同じだった。

 茶を持った小女を連れて河岸に来たお美代は、清次がそこにいないことにまず気づいた。眉を顰めて清次の姿を目で捜すうち、皆の様子が少し妙なことにも気づいた。
 今のような昼飯時には、無駄話などして笑い合いながら賑やかに弁当を使っているのが常だった。だが今日は数人ずつ固まって額を寄せ合うようにして、声を落とし屈託のある顔で喋り合っている。
 そう言えば友五郎と猪吉は、飯も食わずに皆から少し離れた所で難しい顔をして何事か話していた。
 お美代の視線に気づいた人足の一人がひょいと顔を上げ、やはり囁くように言う。
「清次なら居ませんぜ」
 さらに隣の人足も、お美代にというより周りの者らに頷きかけた。
「もしかしたら、奴はもうここには帰って来ねえのではないかな」
「ね、ちょっと待って。それってどういう……」
 動悸が一つ飛ぶ胸を思わず抑えるお美代に、清次が松蔵ってやくざと親しげにどこかに行った経緯を最初の人足が話した。
 話しながらその人足は、近くで弁当に手も付けずに地べたに目を落としている徹太にちらりと目を向ける。
「もしまた来るとすりゃ、そん時にゃ弥勒の字の入った印半纏を着てるだろうさ」
「テツよ、おめえはその前に江戸をふけた方が身の為かも知れねえぜ?」
「そんな事ないッ」
 不意のお美代の高い声に、周囲の者たちだけでなく少し離れた所で猪吉と話し込んでいた友五郎まで振り向いた。
「そんな事ないんだから、清さんは、絶対そんな人なんかじゃない!」
 油堀に沿う道の向こうから、どこかばつの悪げな顔をした清次が戻って来たのは、ちょうどそんな時だった。

「清さんッ」
 思わず声を上げたお美代にちらりと目を向け、清次は軽く頭を下げて微笑んだ。
 いつもの痛みを堪えるような苦い作り笑顔とは違う、目元も柔らかな本物の笑みだった。
 が、声はかけずにお美代の脇を通り過ぎ、清次は真っすぐ友五郎のもとに向かった。
「抜けてしまって申し訳ござんせん、またすぐ仕事にかかりやす」
「おう、頼むぞ」
 友五郎もただ言葉少なに頷いて、あれこれ問い詰めたりしない。
 お美代は少し潤む目で何度も頷き、他の者らも驚きつつ何だか嬉しいような気分になってくる。
「こん畜生め、ほんとに大した野郎だぜ」
 そんな呟きがあちこちで交わされるが、清次は何も無かったような顔で眉一つ動かさない。
 そして昼の休みが終わると、清次は居なかった間の埋め合わせをするかのように、いつもより更に身を入れて荷を運び上げた。

 いろいろ迷いはしたものの、弥勒の三五郎は例の阿芙蓉の取引の話を受ける肚を固めた。
 かなり危ない話なのは充分わかっていたが、みすみす諦めるには得られるであろう儲けが大き過ぎた。それに何より、その儲けを江戸の他の一家に攫われるのを指を咥えてただ眺めているなど、とても我慢がならなかった。
 だから話を持ちかけてきた長崎の親分には、江戸で阿芙蓉を売り捌くのはおれが一手に引き受けようと答えた。
 ただこの汚れ仕事を任せられるだけの確かな男がまだ見つかっていなかった。度胸があって口が固く裏切らず、なおかついざとなれば知らぬ顔をして捨て駒にできるような男が。
 それで三五郎は安平を呼び立てては、捜させている男はまだ見つからねえのかと尻を叩いた。
「どうしても見つからなけりゃ、その役目、おめえにやらせるしかねえのだぞ?」
 半ば脅すようにそう言われて、安平もかなり弱りきっている。
 その安平が、すっかり腑抜けになっちまった昔の兄貴分の愚痴を松蔵から聞かされたのは、ちょうどそんな時だった。

 次の日も清次は、前とまるで変わらぬ様子で懸命に働き続けた。
 変わったのは、その清次を見る周りの者達の目の方である。働いている間は無駄口を叩いている暇もないが、四ツと八ツのお茶の時間と弁当を使う間には、寄ると触ると清次の噂だ。
「ありゃあ掏摸や掻っ払いどころじゃねえ、昔は相当なタマだったんだろうよ」
「四ツ谷の狼たあ、聞いただけで背筋がぞっとしてくるぜ」
「道理で目付きから普通の者とは違うと、おれは初めっから思ってたぜ」
「何言ってやがる、どうせ面が良いだけの女たらしの遊び人に違えねえとか言ってたのは、おめえじゃねえか」
「けどその凄え狼がよ、何で怒鳴られたりいびられたりしながら黙って米俵だの油樽だの担いでんだ?」
「なあテツ、特におめえは先に謝っちまった方が良いんじゃねえのか?」
「うるせえや」
 徹太は言い返しはするものの、その声にもどうも力がない。
 鼻っ柱だけが取り柄みたいな徹太が青菜に塩で萎れている様子を笑った後、皆は真顔で少し考え込んだ。
 ややあって、伊勢崎屋の人足の中でも古顔の一人がぽつりと言った。
「生まれ変わったつもりで、堅気になるって肚を決めて頑張ってんだ……って、お嬢さんは本気で信じてるみてえだが。もしかしたら、ほんとにそうなのかも知らねえな」
 しかし皆にどう見られどう言われようが、清次は眉一つ動かさずに働き続けた。
 その日の夕刻に、二人の男が清次を捜しに来るまでは。

「よーお清の字、まさかこーんな所に潜り込んでたとはなあ?」
 そう背は高くないががっちりとした体つきの五十がらみのその男は、妙にねっとりした口調で言いながら清次の顔をねめつけた。運んだ油樽を置いて森田屋の蔵から出るところだった清次は、男に行く手を遮られる形になる。
 ちょうど近くに居合わせた伊勢崎屋の人足らは、猪吉に怒鳴り上げられても徹太に殴られても顔色一つ変えなかった清次がたちまち蒼白になるのを見た。
「どうした、まーさかこのおれの顔を忘れた、ってんじゃねえだろうなあ?」
 男に面を鼻先まで近づけられて、清次は顔を苦しげに歪めて目を逸らす。
「とんでもごさんせん、忘れようったって忘れられるわけありませんや、伊賀町の親分さん」
 聞いた他の人足らは、仕事を忘れて思わず足を止めた。男はげじげじ眉でぎょろりとした目のかなりな悪相で、やくざにしろ十手持ちにしろ、どちらにしても質の良い人間には見えない。
「そりゃあ良かった。おめえをお縄にしてもう十二年になるが、おれもおめえの面を一日だって忘れたこたぁないぜ」
「わたしもだよ、清次」
 それまで伊賀町の重蔵の影に隠れるようにしていたもう一人の男が、滑るように前に出た。
「わたしがわかるか、え?」
 年の頃はちょうど清次と同じくらいだが、どこと言って目立つところの無いお店者風で、ただ目だけが妙にぎらついている。
 人に恨みを買った覚えならあり過ぎて、どこの誰だか見当もつきかねる清次だ。が、頭のどこかに何か引っ掛かるものがあった。それもそう昔ではない頃に、この顔をどこかで見たような気がする。
 戸惑いを隠せない清次に、若い方の男がさらに一歩詰め寄る。
「そうだろうさ、わたしなんかお前にとっちゃ道端の石ころみたいなものだろうさ。けどお志津のことだけは、忘れたなんて死んでも言わせないよ」
 お志津という名が出された瞬間、清次は己の頭を両手で鷲掴みにし、体中の力が抜けたようにその場に膝を突いた。
「そうさ、わたしはお志津の兄の佐吉だよ」
「あっしが悪かった、どう謝ったらいいかわからねえが、どうか勘弁してやって下せえッ」
 そのまま土下座して地べたに額を擦りつける清次を、佐吉は氷より冷たい目で見下ろした。
「厭だね、死んでも許すものか」
 そこに猪吉が、清次を庇うように間に割って入った。
「親分さん、口はばったいようだがこいつは御赦免になったんだ」
「あ? てめえ何を言いてえんだ?」
 口元を歪めぎょろ目で睨む重蔵に気圧されつつ、猪吉は腹に力を入れ直して何とか最後まで言葉を絞り出す。
「こいつが島から帰った後に何かしでかして、それで縛りに来られたんならわかりやす。けど昔はどうあれ、今は御赦免になってこの通り身を粉にして毎日きつい仕事をしてるんだ。なのに何もしてねえのにつけ回して昔のことで苛めるとしたら、お上のご判断に異を唱えることにもなりやしませんかね?」
 重蔵は凄い目を猪吉に据えていたが、やがて口元だけひん曲げて厭な笑い方をした。
「まあいいや。屑野郎はどこまでいっても屑なんだって、てめえらにもそのうちわからあ」
 そしてまだ清次を睨み据えている佐吉の背に手を回し、油堀の河岸から立ち去りかけた。
 が、永代橋の方に行きかけてすぐ振り返り、
「また来るぜ、またな」
 わざとらしく手を振りながら、重蔵は唇を曲げて脂っこい薄笑いを見せた。
「すんません、小頭」
 地べたに両手をついたまま、清次は今度は猪吉に頭を下げた。
「勘違いすんな。おれはやくざだろうが岡っ引きだろうが、どっちも嫌いなだけだ」
 ぶっきらぼうに言い捨てるなり、猪吉はやや荒っぽく清次の腕を引いて立たせる。
「さあきりきり動きやがれ、今日の仕事はまだ終わっちゃいねえ」

 見たことを子細漏らさず告げる猪吉に、友五郎も腕組みをしたままただ唸るばかりだ。
「わかった、それでいい。よくやってくれた」
 ようやくそれだけ言って猪吉を女房子供の待つ家に帰し、後は義太郎にも一通りの事情を話しておく。
「冗談じゃねえ、塩でもぶっかけて追っ払ってやりてえよ」
 話を聞き終わらないうちに唾でも吐きたそうな顔を見せた義太郎だが、腹を立てた相手はどこぞの岡っ引きと連れの男にである。
「へええ、清次をうちで使うの、おめえは反対だったと思ったがなあ?」
 眉を寄せつつ微かにからかうような目を向けた友五郎に、義太郎はちょっとばつの悪そうな顔になる。
「そりゃあ初めの頃の話だよ。けどあの働きぶりを見りゃ、本気で堅気になるつもりだってすぐわかろうってもんじゃないか」
 今ではすっかり清次に肩入れしてる義太郎の気持ちが、友五郎にもわからぬでもない。稼業柄、荒っぽい人足連中がごろごろしてる中で育った義太郎も、ちょっと前まではぐれて一端の侠客気取りでいた。
 それが仲町でも売れっ子の芸者だったお稲に惚れて、友五郎にどうしてもと頭を下げて夫婦にして貰って以来、人が変わったように真面目になって稼業にも身を入れている。
 だからこそ伊賀町の親分さんとやらのものの言い様に、義太郎は己を否定されたように感じるのだろうと友五郎にも想像がつく。
 普段は店の事は殆ど亭主の友五郎と嫁のお稲に任せきりにしているお照だが、今度ばかりは不安げな色を隠せぬ様子で口を挟んだ。
「でもやくざだって会いに来たりしてるんだろ、また悪い気を起こしたりしないかねえ?」
「清次のことなら、まあ大丈夫だろうさ」
 言いながら含みのある視線を息子に向けた友五郎の後を、お美代が間髪を入れずに引き取る。
「そうよ、うちの兄さんだって今じゃすっかりまともになってるじゃない!」
「おいおい、そいつは言いっこ無しだ」
 芯から厭そうな顔をする義太郎を見ながら、こちらも過去ならいろいろありそうなお稲は、ただ微妙な笑みを浮かべて銀煙管を片手に紫煙を吐く。
 友五郎の方は少し緩めていた表情をまた引き締めた。
「それはともかく、だ。毒を持って制すじゃねえが、こっちも加賀町の親分に話を通しておいた方が良いかも知らねえな」
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登場人物紹介

清次……三宅島から戻って来た島帰りの男。昔は四ッ谷の狼とも呼ばれたかなりの悪だったらしいが、今は売られた喧嘩すら買わず、堅気になろうと懸命に働く。三十過ぎくらいの、渋い良い男。

安平……同じ三宅島に流されていたやくざだが、一見すると人当たりは良い。しかし芯は冷たい根っからのやくざ者。

松蔵……元は清次の子分で、悪だった清次に憧れていた。今は本物のやくざになり安平の弟分で、堅気になろうとしている清次に失望している。

伊勢崎屋友五郎……口入れ屋の主。田舎から出て来て一代で店を持つに至る、それだけの男だから仕事には厳しいが、人情に厚い義理堅い男。

お美代……友五郎の娘で伊勢崎屋のお嬢さん。たまたま行き倒れていた清次を拾う。最初から清次に好意的で周囲が心配するほど良くなついている。

森田屋幸助……お美代と兄妹同然に育ち、今は許嫁の間柄。最初は気にしないでいたが、次第にお美代と清次の仲が気になってくる。

徹太……伊勢崎屋の人足で最も若い、威勢の良い者。それだけに、自分の男を見せつけようと、島帰りという清次に無闇に突っかかって喧嘩を仕掛ける。

重蔵……かつて清次をお縄にした岡っ引き。清次を目の敵にして、清次が赦されて戻って来た今も散々嫌がらせをしている。

佐吉……堀川屋という袋物屋で働く真面目なお店者だが、わけあって清次を深く恨み、何度も清次の前に姿を現す。

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