第18話

文字数 2,338文字


 明くる日、昼の1時にマナさんと待ち合わせをしている。今、12時55分だ。場所は、市内中心地にあるチェーン店のカラオケの向かいという、なんとも微妙な場所だ。
 
〔到着しました。待ってます〕
 
メールを送る。彼女は25歳、身長162センチ、体型は標準、バストはEだそうだ。普段は事務仕事をしていて、たまにこうした出会いをしているらしい。さらに、気に入った相手にセックスのテクニックを教えてくれるらしい。僕は、この点に惹かれた。セックスは自信がない。
 今日は食事だけで、もしかしたら…という話なので、そんなつもりはないですと自分からは否定したが、本当のところ、あわよくばを考えていないわけではない。とりあえずメイクはバッチリした。この姿を見せれるのが、赤の他人だけなのだ。やっぱり勇気がない。だれでもいいから見てほしいだけなのかもしれないけど。
 
 
 
マナさんは10分遅れで現れた。
「ユウヤってあんた?」
ユウヤは僕の登録名だ。振り返ると、プロフィールとは全然違う女性がいた。プロフィール上は僕と変わらない身長のはずだが、僕より目線がだいぶ下だ。体重は倍はありそうだし、事務仕事とあったが髪色は金に近いし、メイクもハデだ。何より老いた野良猫みたいにきつい顔をしている。
「は、はい」
違う人のふりをしようかと迷ったが、肯定してしまった。
「こっち」
挨拶もなく顎をしゃくって僕を誘導する。足元に目をやると、高めのヒールを履いている。おそらく身長は150センチもないんじゃないか。
「あの…マナさんですよね?」
あまりにも別人すぎる。
「あっ?うん、そうだけど、なに?なんで?」
「えっ、いや、その確認しただけです」
迫力に負けてしまった。
 
 
 
 
 
 どこに向かっているのだろうか。何も聞かされていないまま連れて行かれている。街並みがケバケバしく、いかがわしくなってきた。無言に耐えかね口を開いた。
「このあたり、初めてきました」
「はっ?当たり前じゃん。あんたみたいのなんて、ここらへん用ないでしょ」
きつく言われた。なんだ、この人?大体、遅刻しても謝らないし、異常なくらい不機嫌だし。
 
 
 そのままホテルに連れてかれた。全体的に汚く、陰鬱な雰囲気がある。受付には人生を諦めているような感じの無気力な中年の男がいた。マムシやスッポンのパッケージの精力剤?のような物が並び、お酒とタバコも販売している。バイブや手錠もガラス張りの棚に所狭しと置かれている。欲望しか揃えられていないという印象だった。
「何してんの?金払ってよ」
ホテル代を請求された。しぶしぶ支払い、そのまま部屋行く。
「早く脱いで」
唐突すぎる。本当なら色っぽいセリフなのに、何も興奮しなかった。すると女(もうマナさんなんて敬称はつけたくないし、かといってマナなんて呼び捨ては、もっと嫌だ)は勝手に脱ぎ始めた。弾力のない餅のような体型で、ニキビやシミも目立ち、色もくすんでいる。スキンケアをしてないのだろうか。
 ベットに押し倒されると、そのまま僕に乗っかってきた。いわゆる騎乗位という体位だ。痛くて重い。僕は恐怖を覚えた。
 
 
 
 男の顎に触れたみたいな、砂で作られたかのような陰部の感触が、悠人の下腹部、股間のあたりを覆う、ジョリジョリと。構造が如実に伝わる。臭気さえ漂ってきそうなこの感覚に、砂ぬきに失敗したあさりを食べたことが思い起こされる。その触感、匂い、味、それら全てが質量を持ち、その圧倒的超重量が、矮小な悠人の身体を潰そうとしてくる。彼は吐き気を覚えた。
 どすん、どすんと音を立て、巨大な肉塊が上下する。その凄惨で、グロテスクな餅つきはひとつきごとに、悠人の美しく装った顔面にひびを入れる。
 
 
 
 1分、2分とたち、涙が溢れた。その涙と共に意識が遠ざかりそうな感覚に襲われた。これが防衛本能というのだろうか。
 すると女は僕から離れ、手を差し出した。
「はい、2万でいいや」
僕は耳を疑った。
「え、な、なんでですか?2万って」
「あんたバカでしょ。あんたは、あたしを今レイプしたの」
「はっ?」
「それを2万でチャラにしてやるって言ってるの。わかんない?」
わかんない。僕の下腹部は全く大きくなっていない。先端すら入ってないはずだ。どこがレイプなんだ?
「このまま、あたしが警察にいって、あたしのマ◯コ調べてもらえば、てめえのポコ◯ンの粘膜が付着してるって、すぐにわかるから。そしたら、あんたはレイプ魔、性犯罪者。わかった?」
本当なのだろうか?まさか…とは思うけど、もしかしたら…とも思う。やばい、頭が停止してる。
「ほら金だしな。2万なら安いだろ」
女の差し出した手が、よこせと上下している。
「はい。そうですね、安いです。2万払います」
なぜか僕は笑った。多分今の僕は人生で1番醜い笑顔をしてると思う。
「ヘラヘラしてんじゃねえよ」
「ヘラヘラだなんて、そんな」
財布を取り出そうと後ろを向いた。顔を見られたくなかった。せっかく作った、この顔が汚されていくような気になる。
「あんた、それ目、いじってるでしょ」
また僕は耳を疑った。
「気持ちわる!男のくせに。そんなんだからモテねえんだよ。こんな事してんの。自信なさそうだもんね」
「え、いや、そういうわけじゃ」
「じゃあどういうわけがあんの?」
「えっと、いや、そ、そうです」
「めんどくさい男。まあいいや、早く出しなよ」
僕の背後から女が1万円札を2枚、奪っていった。何も抵抗ができなかった。レイプされたのは僕の方だ。いや莉子だ。莉子を裏切ったんだ、こんな目当然だ。自業自得だ。最低だ…。
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