第24話

文字数 772文字

 感情がすり減っていた。心が現実に追いついていない。俺は今、何をやった。久しぶりに心の底から言葉を吐いた。だが暗闇は暗闇だった。吐き切ることのできないわだかまりがヘドロのようにこびりつく。一向に寄生虫が弱まる事はなかった。
「こら、面白半分でも、そんな事を言うな」
扉の向こうから聞こえてきた。栗原の声だろうか。誰かに怒っているようだった。頭を働かせたくなかった。何を考えても、寄生虫の餌となり糞をばら撒くだけだ。どれほど強がっても、お面の中に寄生虫を閉じ込めた自分がいるだけだ。いや閉じ込められたのは自分なのだろうか。

 幼い頃、彼は虐められていた。他人と自分とを繋ぐ手段を持たない彼は孤立し、優しさとは無縁だった。周囲と同じように夢や希望に必要性を持てなかった。
 だが、たまたまテレビで流れていた映画を観た。映画のあらすじはこうだ。ある男に襲われかけた女が、その男を殺してしまう。それをひょんな事から、流れ者の主人公がそれを追う。そして主人公は事件の果てに女を突き止める。しかし主人公は、何も見ていないと女を見逃す。
 ありふれた内容の作品だったが、幼い頃の原沢は、その女に自分を見ていた。もしかしたら自分はいつか人を殺すかもしれない。子供心に、そんな危惧が常にあった。だが、殺人すらも法律や道徳という枠を取っ払い、優しさと理解を示す主人公に憧れるようになっていった。良い子だけを救うヒーローとは違うのだ。
 強くなりたい。そのためにはどうすればいいか。まずは、この吃音症を治さねばならない。強くなるためには障害は乗り越えねばならない。
 そう決めると、あれほど遠かったはずの夢や希望が、不思議なほど身近に感じられた。こんな優しさもある。そう知っただけで世界が色づき始めた。こんな簡単だったんだ。彼は嬉しい驚きを得たのだ。


〜未完〜
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