第11話
文字数 1,232文字
(ああ、めんどくせえ)
大成は憮然とした態度で目の前の男を見ていた。目と目の間が離れた爬虫類のような顔つきの男は懸命に、自分がいかに傷付いたか、どれほど大成に非があるかを、くどくどと説いている。
だが大成としては、こんな事態になると容易に見越していた。だいたいドレッシングがついていないだけで、善悪の区別を持ち出すような人間だ。そんな人間に吃音症の自分が謝りにいったら、どうなるか。火を見るよりも明らかだ。
「あのさぁ、何度も言ってるけど、どうしてくれんの?ねえ、せっかく良い気持ちでいたんじゃん。それをさ、味のないもの食わされてみ?どう思うよ。馬じゃないんだよ俺は」
(見りゃわかるよ。どう見ても馬に見えないから安心しろ)
「どうしてくれんの、これ?」
大成に向けて皿を突き出す。大成は正解のない質問に返答に窮した。
「失礼いたします。私が総料理長の栗原です」
後ろから野太い声が聞こえ、いつの間にか栗原が横にいた。
「あ、ああ…そ、総料理長ね」
「石井くん、いったん戻りなさい。ほら」
栗原が大成を下がらせる。頭を垂れて大成がその場から離れっていった。そしてキッチンへ戻る最中、客やスタッフの目が大成を見ていた。その目に彼は覚えがあった。少年の頃、初めて映画館へ行った際、作品名を言えぬ大成に向けられた、あの店員の目。優しさも好意も嫌悪もない、ただ単純な拒絶の目であった。列外の記憶が蘇る。この年になって、まともに謝る事すら出来ない人間には当然かもしれないが。
そのままキッチンへ戻ると
「あれ、チーフは?」
根本が聞く。彼は珍しく大成の吃音症を意識していないのか、気も使わずに話しかけてくるので、かえって大成には面倒に感じることも多々あった。
「…えっその、あ…さ…下がって、いいって、チ、チ、く、栗原さんが」
吃りながら話す大成を、尾崎は乾いた視線で見ていた。
「ああ、そうっすか…」
少し、安堵の色が混じったように根本が言う。
その後は三人とも無言だった。栗原が中々戻ってこなかったせいもあるが、沈黙だけが流れていた。喋るためには、何か思い切りが必要であった。すると根本が口火を切った。
「栗原さんががさっき言ってた、料理のミスはコックコートを着た者が謝るべきだって、名言きたって感じですよね。やっぱセクハラパワハラ栗原はちげーな」
笑いをこらえるように言う。
「お、おい石井って、い、言われた時、あの、えっと犯人の、し、し、指名手配のあれかと、思った」
大成も笑いながら答えた。
「ああ、駅のホームとか交番に貼ってあるやつですよね。デデンと上に、おい、なんとかって書いてあるやつ」
根本がさらに答える。つられたのか尾崎も少し笑っているようだった。緊張の糸のほつれが伝染していく。年下に気を使われる情けなさよりも嬉しさがまさり、声を上げて笑った。しかしそこへ
「おい石井」
ピシャリと三人の笑い声が止んだ。顔を真っ赤にした栗原が、そこに立っていた。
大成は憮然とした態度で目の前の男を見ていた。目と目の間が離れた爬虫類のような顔つきの男は懸命に、自分がいかに傷付いたか、どれほど大成に非があるかを、くどくどと説いている。
だが大成としては、こんな事態になると容易に見越していた。だいたいドレッシングがついていないだけで、善悪の区別を持ち出すような人間だ。そんな人間に吃音症の自分が謝りにいったら、どうなるか。火を見るよりも明らかだ。
「あのさぁ、何度も言ってるけど、どうしてくれんの?ねえ、せっかく良い気持ちでいたんじゃん。それをさ、味のないもの食わされてみ?どう思うよ。馬じゃないんだよ俺は」
(見りゃわかるよ。どう見ても馬に見えないから安心しろ)
「どうしてくれんの、これ?」
大成に向けて皿を突き出す。大成は正解のない質問に返答に窮した。
「失礼いたします。私が総料理長の栗原です」
後ろから野太い声が聞こえ、いつの間にか栗原が横にいた。
「あ、ああ…そ、総料理長ね」
「石井くん、いったん戻りなさい。ほら」
栗原が大成を下がらせる。頭を垂れて大成がその場から離れっていった。そしてキッチンへ戻る最中、客やスタッフの目が大成を見ていた。その目に彼は覚えがあった。少年の頃、初めて映画館へ行った際、作品名を言えぬ大成に向けられた、あの店員の目。優しさも好意も嫌悪もない、ただ単純な拒絶の目であった。列外の記憶が蘇る。この年になって、まともに謝る事すら出来ない人間には当然かもしれないが。
そのままキッチンへ戻ると
「あれ、チーフは?」
根本が聞く。彼は珍しく大成の吃音症を意識していないのか、気も使わずに話しかけてくるので、かえって大成には面倒に感じることも多々あった。
「…えっその、あ…さ…下がって、いいって、チ、チ、く、栗原さんが」
吃りながら話す大成を、尾崎は乾いた視線で見ていた。
「ああ、そうっすか…」
少し、安堵の色が混じったように根本が言う。
その後は三人とも無言だった。栗原が中々戻ってこなかったせいもあるが、沈黙だけが流れていた。喋るためには、何か思い切りが必要であった。すると根本が口火を切った。
「栗原さんががさっき言ってた、料理のミスはコックコートを着た者が謝るべきだって、名言きたって感じですよね。やっぱセクハラパワハラ栗原はちげーな」
笑いをこらえるように言う。
「お、おい石井って、い、言われた時、あの、えっと犯人の、し、し、指名手配のあれかと、思った」
大成も笑いながら答えた。
「ああ、駅のホームとか交番に貼ってあるやつですよね。デデンと上に、おい、なんとかって書いてあるやつ」
根本がさらに答える。つられたのか尾崎も少し笑っているようだった。緊張の糸のほつれが伝染していく。年下に気を使われる情けなさよりも嬉しさがまさり、声を上げて笑った。しかしそこへ
「おい石井」
ピシャリと三人の笑い声が止んだ。顔を真っ赤にした栗原が、そこに立っていた。