第9話 囚われのローゼリア、アリス大疾走す
文字数 3,883文字
就寝までは、まるで本当にお屋敷にいるようだった。食事も実に美味しかったのだ。
「……あたし、真似だけしようとしていたのに普通に食べられたわ。……あの料理、本当は腐っていたのかしら」
全くもって、失礼な娘である。
「え? お、美味しかったよ? 」
聞こえたら不味いと慌てた。
「ソイツのそれ、今に始まったことじゃねぇし」
満足げなアリスが勇者な発言。次の瞬間、首筋に冷たいものを感じる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 」
ローゼリアの伸びた爪がアリスの喉付近に迫っていた。
「……あれの怖さは一番おまえがわかっているはずだ。学習しろ」
青ざめながら、頻りに頷く。
「いやぁ、マリカさん! 実に美味しかったです! 最高でした! 」
相変わらずなやつもいたが。
「ふふ、喜んで頂けてよかったわ」
しかし、これも3月ウサギの機転だったりする。
いつ怪しまれるかわからない年少組。大人がフォローをする。3月ウサギがゴースト館の主人であると践んだ未亡人の気を引き、帽子屋が年少組を諫める。勝手をしているようで、実にスマートな奇人変人な大人だ。
「ねぇ、おねえちゃま? あそんで? 」
セリカの声がして、服を引かれたのは……ローゼリアだった。
「は? なんであたしなの? 優しいのはリーゼよ」
怪訝な顔をして、セリカに向き直る。
「だって、おねえちゃまキレイなんだもん! 」
「あら、そう。ありがとう」
素っ気なく答えた。……ローゼリアは知らなかった。自分の判断が間違っていたことに。狙われていたのは、ローゼリア自身であることを……。
「行ってきたら? 私は大丈夫だから」
リーゼロッテはあとでこの言葉を後悔することになる……。
三人を盾にするようなことなど、リーゼロッテには出来ない。何だかんだで二人は大人だし、ムカつくがアリスはリーゼロッテを気に入っている。いざというときは、大丈夫だろう。
「……仕方ないわね。何して遊ぶの?遊びなんて知らないわよ? 」
だが、忘れてはいけない。セリカの持つ人形が、赤い涙を流していたことを。誰よりも警戒心旺盛なローゼリア。それが間違ったことはない。しかし、今回の相手はゴースト。勝手が違う。それが仇となるなんて、ローゼリアは思いもしない。
断る方が、子ども相手には不利だ。ゴーストなら尚更、手に負えない。仕方なしに承諾する。
セリカが嬉しそうに、ローゼリアの手を引いて誘う。
「こっちだよ!おねえちゃま、キレイね、ホントにキレイ♪ 」
まるで呪文のよう。
「そんなこと、言われなくてもわかっているわよ。今更よ」
セリカの言葉の意味を、ローゼリアはすぐに理解することになる。
「ここだよ♪ はいって! 」
誘われるままに、入室する。……入るなり、ローゼリアは渋い顔をした。
───部屋中、人形が並んでいる。
ただの人形ならわからなかった。何かの思念を感じて、気持ち悪い。
「ね? お友達がいっぱいなの! 」
この感じは、お友達なんて生易しいものじゃない。ついてくるんじゃなかったと思ってももう、遅かった。第六感まではあるとは思っていない。視覚以外の器官が総毛立つ感じ。……わかっていたはずだった。
───バタン……!
部屋の扉が閉まる。予想はできたはずだ。リーゼを見ていると感じたのは、間違いだった。寄り添っていたローゼリアを見ていたと、今更気がついた。囮にはしたくなかったが、ローゼリアのやる気メーターはリーゼロッテ。どんな手を使っても、助け出すつもりでいた。そう、それこそが間違っていた。最初から、判断を見誤っていたわけだ。
「……ねぇ、おねえちゃま? セリカとずっといて? 」
空気が一変する。セリカのテリトリー、逃げ出すことは不可能。考えなくても、次の台詞は容易にわかる。でも、ここに来た誰もが言ったであろう言葉しか答えようがない。
「……悪いわね。それは出来ないわ」
………更に空気が重くなる。
「ダメだよ、おねえちゃま。セリカといてくれなきゃ……」
物理なら、ローゼリアに敵うものはいないだろう。しかし、ゴーストには物理が効かない。
「……ごめん、リーゼ。逆になっちゃったわ。あなたに危ないこと、させたくなかったのに」
そこに強気なローゼリアはいなかった。
「言うこと聞いてくれないなら……。おねえちゃまも、お友達になってもらうよ! 」
しかし、一度止まる。
「……あれ? おねえちゃま、お目目見えてないの? 可哀想……。お友達にしたら、キレイな宝石つけてあげるね」
……それをされたら、困る。
「付き合い長いから、それだけは遠慮するわ」
少しむくれていた。
「仕方ないなー。ガラス玉みたいなお目目もキレイだよね」
………セリカの声が遠くなる。取り敢えず、目をくり貫かれることは免れた。
そして、そのまま、意識を手放した───。
◆◇◆◇◆◇◆
その頃の他のメンバーは、まさかローゼリアが、セリカに落ちたとは思わずにいた。
「俺眠いから、部屋行くぜ? 」
満腹になったアリスが、欠伸をしながら歩き出す。
「気は抜くなよ。仕方ないから、赤ずきんは俺といろ」
アリスは手をヒラヒラさせながら、先に行く。女の子を一人にするわけにはいかない。……ローゼリアも女の子だが。
「あ、はい。わかりました」
ローゼリアがいない今、一人は心細い。彼女以外といることには馴れないが、信用していないわけじゃない。
「あ、3月ウサギさんは───」
食堂に振り返る。3月ウサギはまだ、マリカと談笑していた。
「アイツは女にだらしなくはあるが、割り切れるタイプだ。放っておけ」
リーゼロッテは頷き、帽子屋に従った。
◆◇◆◇◆◇◆
───…………カラカラカラ。
アリスの前から、車イスに乗ったエリカが現れる。
「……アリスさん、もうお休みですか? 」
暗闇からやってくる様は、ちょっと怖い。
「ああ、風呂に続き、飯までありがとな。お礼何も出来ないけど」
エリカは可愛らしい笑顔で答える。
「喜んで頂けて良かったです。……お礼、ですか? 」
空気が張りつめはじめた。
「では、───あなたのその素敵な足をくださいな」
アリスの眠気が一気に覚める。おバカなアリスでもわかった。これは、マズイ! 非常にマズイ状況だと。
「わ、悪い。それはちょっと───」
後ずさる。
「……下さらないのなら、奪うまでです」
車イスを掴む手に力を込めるのが見えた。
「嘘だろ?! 」
くるりと方向転換。一気に猛ダッシュ!
「お逃げにならないで? アリスさん、待ってくださいな」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
か弱いそうな女の子のそれではない。忘れてはならない。彼女は、ゴーストだ。人間の常識を当てはめてはいけない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 来るなぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
全力全開、全力疾走! しかし、距離が開くことはない。ピッタリとついてくる。
「まぁ、ステキ! そんなに早く走れるだなんて。やっぱりほしいです。ください、その足を」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
変わらない笑顔が、逆に恐怖を煽る。
「ざっけんなぁぁぁぁぁ!!! 俺の取り柄取るんじゃねぇぇぇぇぇ!!! 」
君の取り柄は、女の子より可愛いことじゃなかったのかと突っ込んでくれる人はいない。
「あらあら、女の子が俺だなんて。ダメですよ」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
……今更だが、なりは完璧に女子だった。何も知らなければ、間違っていても仕方ない。
「俺は男だぁぁぁぁぁぁぁ!!!! どんな女の子よりも可愛い男なんだぁぁぁぁぁ!!!!
」
やっぱり、この状況でもブレることはない。尊敬さえもしてしまえそうだ。
「え? そうだったのですか? でも、頂くのは足ですので、問題ありません」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
こちらも見事にブレない。
「無茶苦茶言うなぁぁぁぁぁ!!!! 」
アリスは不安になった。この速度なら、もう食堂についてもいい頃だ。なのに、同じ風景しか見えない。……アリスはもう、エリカのテリトリー内に閉じ込められていたのだ。
「早く力尽きてください。優しく、もぎ取って差し上げますから」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
可愛い顔して、物騒なことを口にする。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何なんだよ!!! この役回り!!! 」
しかし、速度は落ちることはない。全力でこの無限ループを疾走する。
「止まって頂けないならお付き合いします。力尽きるまで走り続けてくださいね」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
アリスはデジャブを感じた。
「おまえは、白雪姫別ヴァージョンかぁぁぁぁ!!!! 」
アリスは安易な表現しか出来ない。バカだから。そのまま、更に速度を上げていく。
永遠になってほしくない大疾走劇を繰り広げ続けた。
後ろには、車イスで猛スピードを出しながらも、笑顔を絶やさないエリカ。
空間内には、車イスの酷い音とアリスの叫び声が、谺 し続けた───。
「……あたし、真似だけしようとしていたのに普通に食べられたわ。……あの料理、本当は腐っていたのかしら」
全くもって、失礼な娘である。
「え? お、美味しかったよ? 」
聞こえたら不味いと慌てた。
「ソイツのそれ、今に始まったことじゃねぇし」
満足げなアリスが勇者な発言。次の瞬間、首筋に冷たいものを感じる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 」
ローゼリアの伸びた爪がアリスの喉付近に迫っていた。
「……あれの怖さは一番おまえがわかっているはずだ。学習しろ」
青ざめながら、頻りに頷く。
「いやぁ、マリカさん! 実に美味しかったです! 最高でした! 」
相変わらずなやつもいたが。
「ふふ、喜んで頂けてよかったわ」
しかし、これも3月ウサギの機転だったりする。
いつ怪しまれるかわからない年少組。大人がフォローをする。3月ウサギがゴースト館の主人であると践んだ未亡人の気を引き、帽子屋が年少組を諫める。勝手をしているようで、実にスマートな奇人変人な大人だ。
「ねぇ、おねえちゃま? あそんで? 」
セリカの声がして、服を引かれたのは……ローゼリアだった。
「は? なんであたしなの? 優しいのはリーゼよ」
怪訝な顔をして、セリカに向き直る。
「だって、おねえちゃまキレイなんだもん! 」
「あら、そう。ありがとう」
素っ気なく答えた。……ローゼリアは知らなかった。自分の判断が間違っていたことに。狙われていたのは、ローゼリア自身であることを……。
「行ってきたら? 私は大丈夫だから」
リーゼロッテはあとでこの言葉を後悔することになる……。
三人を盾にするようなことなど、リーゼロッテには出来ない。何だかんだで二人は大人だし、ムカつくがアリスはリーゼロッテを気に入っている。いざというときは、大丈夫だろう。
「……仕方ないわね。何して遊ぶの?遊びなんて知らないわよ? 」
だが、忘れてはいけない。セリカの持つ人形が、赤い涙を流していたことを。誰よりも警戒心旺盛なローゼリア。それが間違ったことはない。しかし、今回の相手はゴースト。勝手が違う。それが仇となるなんて、ローゼリアは思いもしない。
断る方が、子ども相手には不利だ。ゴーストなら尚更、手に負えない。仕方なしに承諾する。
セリカが嬉しそうに、ローゼリアの手を引いて誘う。
「こっちだよ!おねえちゃま、キレイね、ホントにキレイ♪ 」
まるで呪文のよう。
「そんなこと、言われなくてもわかっているわよ。今更よ」
セリカの言葉の意味を、ローゼリアはすぐに理解することになる。
「ここだよ♪ はいって! 」
誘われるままに、入室する。……入るなり、ローゼリアは渋い顔をした。
───部屋中、人形が並んでいる。
ただの人形ならわからなかった。何かの思念を感じて、気持ち悪い。
「ね? お友達がいっぱいなの! 」
この感じは、お友達なんて生易しいものじゃない。ついてくるんじゃなかったと思ってももう、遅かった。第六感まではあるとは思っていない。視覚以外の器官が総毛立つ感じ。……わかっていたはずだった。
───バタン……!
部屋の扉が閉まる。予想はできたはずだ。リーゼを見ていると感じたのは、間違いだった。寄り添っていたローゼリアを見ていたと、今更気がついた。囮にはしたくなかったが、ローゼリアのやる気メーターはリーゼロッテ。どんな手を使っても、助け出すつもりでいた。そう、それこそが間違っていた。最初から、判断を見誤っていたわけだ。
「……ねぇ、おねえちゃま? セリカとずっといて? 」
空気が一変する。セリカのテリトリー、逃げ出すことは不可能。考えなくても、次の台詞は容易にわかる。でも、ここに来た誰もが言ったであろう言葉しか答えようがない。
「……悪いわね。それは出来ないわ」
………更に空気が重くなる。
「ダメだよ、おねえちゃま。セリカといてくれなきゃ……」
物理なら、ローゼリアに敵うものはいないだろう。しかし、ゴーストには物理が効かない。
「……ごめん、リーゼ。逆になっちゃったわ。あなたに危ないこと、させたくなかったのに」
そこに強気なローゼリアはいなかった。
「言うこと聞いてくれないなら……。おねえちゃまも、お友達になってもらうよ! 」
しかし、一度止まる。
「……あれ? おねえちゃま、お目目見えてないの? 可哀想……。お友達にしたら、キレイな宝石つけてあげるね」
……それをされたら、困る。
「付き合い長いから、それだけは遠慮するわ」
少しむくれていた。
「仕方ないなー。ガラス玉みたいなお目目もキレイだよね」
………セリカの声が遠くなる。取り敢えず、目をくり貫かれることは免れた。
そして、そのまま、意識を手放した───。
◆◇◆◇◆◇◆
その頃の他のメンバーは、まさかローゼリアが、セリカに落ちたとは思わずにいた。
「俺眠いから、部屋行くぜ? 」
満腹になったアリスが、欠伸をしながら歩き出す。
「気は抜くなよ。仕方ないから、赤ずきんは俺といろ」
アリスは手をヒラヒラさせながら、先に行く。女の子を一人にするわけにはいかない。……ローゼリアも女の子だが。
「あ、はい。わかりました」
ローゼリアがいない今、一人は心細い。彼女以外といることには馴れないが、信用していないわけじゃない。
「あ、3月ウサギさんは───」
食堂に振り返る。3月ウサギはまだ、マリカと談笑していた。
「アイツは女にだらしなくはあるが、割り切れるタイプだ。放っておけ」
リーゼロッテは頷き、帽子屋に従った。
◆◇◆◇◆◇◆
───…………カラカラカラ。
アリスの前から、車イスに乗ったエリカが現れる。
「……アリスさん、もうお休みですか? 」
暗闇からやってくる様は、ちょっと怖い。
「ああ、風呂に続き、飯までありがとな。お礼何も出来ないけど」
エリカは可愛らしい笑顔で答える。
「喜んで頂けて良かったです。……お礼、ですか? 」
空気が張りつめはじめた。
「では、───あなたのその素敵な足をくださいな」
アリスの眠気が一気に覚める。おバカなアリスでもわかった。これは、マズイ! 非常にマズイ状況だと。
「わ、悪い。それはちょっと───」
後ずさる。
「……下さらないのなら、奪うまでです」
車イスを掴む手に力を込めるのが見えた。
「嘘だろ?! 」
くるりと方向転換。一気に猛ダッシュ!
「お逃げにならないで? アリスさん、待ってくださいな」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
か弱いそうな女の子のそれではない。忘れてはならない。彼女は、ゴーストだ。人間の常識を当てはめてはいけない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 来るなぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
全力全開、全力疾走! しかし、距離が開くことはない。ピッタリとついてくる。
「まぁ、ステキ! そんなに早く走れるだなんて。やっぱりほしいです。ください、その足を」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
変わらない笑顔が、逆に恐怖を煽る。
「ざっけんなぁぁぁぁぁ!!! 俺の取り柄取るんじゃねぇぇぇぇぇ!!! 」
君の取り柄は、女の子より可愛いことじゃなかったのかと突っ込んでくれる人はいない。
「あらあら、女の子が俺だなんて。ダメですよ」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
……今更だが、なりは完璧に女子だった。何も知らなければ、間違っていても仕方ない。
「俺は男だぁぁぁぁぁぁぁ!!!! どんな女の子よりも可愛い男なんだぁぁぁぁぁ!!!!
」
やっぱり、この状況でもブレることはない。尊敬さえもしてしまえそうだ。
「え? そうだったのですか? でも、頂くのは足ですので、問題ありません」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
こちらも見事にブレない。
「無茶苦茶言うなぁぁぁぁぁ!!!! 」
アリスは不安になった。この速度なら、もう食堂についてもいい頃だ。なのに、同じ風景しか見えない。……アリスはもう、エリカのテリトリー内に閉じ込められていたのだ。
「早く力尽きてください。優しく、もぎ取って差し上げますから」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
可愛い顔して、物騒なことを口にする。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何なんだよ!!! この役回り!!! 」
しかし、速度は落ちることはない。全力でこの無限ループを疾走する。
「止まって頂けないならお付き合いします。力尽きるまで走り続けてくださいね」
───ガラガラガラガラガラ!!!!
アリスはデジャブを感じた。
「おまえは、白雪姫別ヴァージョンかぁぁぁぁ!!!! 」
アリスは安易な表現しか出来ない。バカだから。そのまま、更に速度を上げていく。
永遠になってほしくない大疾走劇を繰り広げ続けた。
後ろには、車イスで猛スピードを出しながらも、笑顔を絶やさないエリカ。
空間内には、車イスの酷い音とアリスの叫び声が、