第18話 幸せの形
文字数 3,388文字
───終わった、これで帰ることが出来る。
静寂に包まれる空間。気の抜けた者たちが通路に座り込んでいる。ちょっと休んだら動こう。そんな空気。誰もが疲れ果てていた。誰もが、こんな厄介なことはもうごめんだと、表情で語っている。だからと言ってアリスを責めることは、もうしない。誰かがやらなければ永遠に被害が増え続けていたのだから。しかし終わったというのは、少し違う。
『また会いましょう』
ユリカはそう言っていた。彼らは、休みながらユリカを待っているのだ。……この哀しき屋敷の終わりを。
◆◇◆◇◆◇◆
……どれくらいたったろうか。誰も話さないと思ったら、皆、転た寝を始めていた。リーゼロッテとローゼリアは寄り添い、アリスは大の字、帽子屋と3月ウサギはそれぞれもたれながら。ユウヤだけはすわりながらも、ただ静かに、時を待っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
窓からうっすら見えていた月が見えない。白い光が徐々に通路を照らし始めていた。
……その中に人影が見える。その人影は少しずつだが、こちらに近づいてきていた。通路の奥から。ゆっくり、ゆっくりと。次第に見えてきたその人影は、『ユリカ』。
『皆様、お待たせいたしました』
優しく微笑みながら。だが、その姿は今にもきえてしまいそうだった。身動 ぎをしながら、皆が起き出す。
「あ、ユリカさん」
最初に彼女に声を掛けたのは、リーゼロッテ。その名前に、ユウヤはユリカを凝視した。写真そのままの、ユリカを。
『皆様、ありがとうございました』
深々とお辞儀をする。その顔に憂いはない。
『セリカ、エリカ、そして、お母様は先に待っていてくれています。あちらでお父様にも会えるでしょうか』
少し寂しそうに微笑む。そんなユリカに、リーゼロッテは口を開いた。
「まだ、……まだ行ってはいけません! 」
その言葉に口を閉ざす。
「……私たちは、あなたの捜し物を見つけました。受け取ってください」
無言で帽子屋がユウヤを押し出す。
「え? わっ! 」
よろめきながら、ユリカの前に立つ。
『? 迷い込んだ来訪者様? 』
首をカクリと傾げる。
「あ……」
今更になって自分の目的を思い出したらしい。
「ユリカさん……ですね? 」
『はい』
優しく微笑む。
「俺は、あなたに会いに来ました」
真っ直ぐと、ユリカを見据える。
『私に? 』
「はい、俺はユウヤ。俺の本当のばあさんはあなただから」
意図を察したユリカが息を飲むのを、ローゼリアでなくとも察することができた。……彼女の瞳から一滴、涙が零れる。
『……サヤカに託して正解でした。私の子どもは、幸せだったのでしょうか? 愚問ですね。こんな素敵な孫を寄越してくれたのですもの。きっと、幸せだったのでしょう』
止めどない涙を拭ったのは、ユウヤだった。
「俺は、ユウタロウじいさんとサヤカばあさん、オヤジのユウジロウに育てられました」
ユリカが顔を覆う。
『……ああ、サヤカは、サヤカは……、ユウタロウさんに……』
ユリカの両肩に手を置く。
「サヤカばあさんは言っていました。誰よりも敬愛するお嬢様のために、オヤジを本当の父親の元に連れていったのだと。……サヤカばあさんは、曾祖父が好きだったそうですね。お互いの想いを貫くために、形だけの夫婦になり、生涯、お互いの想う相手を思い続けて永眠しました。……10年前に」
ユリカの涙は収まるところを知らない。
「俺、何も知らなかった。聞かせてくれたサヤカばあさんは、曾祖母のマリカさんも尊敬していたからこそ、想いを封印した。じいさんとサヤカばあさんは、謂わば、運命協同体だったわけですね。心から、ユリカさんたちを尊敬し、敬愛していた。……二人とも、幸せだったと思います」
ユウヤに支えられていなければ、崩れ折れていただろう。ユリカは、震えていた。
『……ありがとう……ございます。私も、ユウタロウさんを愛していました。今でも変わらずに……。サヤカは、信頼に足るメイド。託してよかった、本当に……』
自分の話をしなかったユリカ。ただただ、家族を慕い、想い、存在し続けた。
「……オヤジも、昨年亡くなりました。思いきって会いに来てよかった」
見つめ会う二人。
「……本当は俺。じいさんに嫉妬してたんです。サヤカばあさんから写真を渡された時、他でもない、あなたに一目惚れしてしまったから。じいさんじゃなく、俺があなたと出会いたかった。だから……だから、会いに来たんです。一目でいいから、あなたに会いたかった」
ユリカは困ったような、嬉しいような、複雑な表情。それはそうだろう。愛した男の、しかも、孫に告白されたのだから。
『……ふふ。ありがとうございます。私もあなたに会えてよかった。素敵なプレゼントね』
涙を湛えながら微笑む姿は、あまりにもキレイだった。
『皆様、本当にありがとうございました。何も出来ませんでしたが、もう誰も傷つけずにすみます。……今までの方々には本当に申し訳ありませんでした。言葉だけでは償いきれません』
「……バカなの? あなたは何十年も心砕いて来たんじゃない。死んだヤツらも浮かばれないわよ、そんな浮かない顔してたら。償いたいなら、……笑顔で消えるくらいの根性見せなさいよ」
まさかのローゼリアの乱入に誰もが目を見開く。
『………ふふ、うふふふふ。思いもしませんでした。清々しいです。妹たちやお母様のようにすればいいんですね? 』
無言の肯定。
『……では、さようなら。幸せをありがとう』
「ユリカさん……! ……?! 」
ユリカはユウヤを引き寄せ、触れるか触れないかの距離で、笑顔で優しくキスをした。 その瞬間、彼女は光となって霧散したのだ。
「……………」
真っ赤になって立ち尽くすユウヤ。……彼の瞳からは、涙が零れていた。
◆◇◆◇◆◇◆
ユウヤと別れた一行。あのあと、一陣の風が皆の視界を遮った。目を再び開くと、瓦礫の中で皆、立っていたのだ。まるで、幻に囚われていたかのように。
すべては終わった。変なイライラと共に。それはそうだろう。クライマックスが、アレなどという、苦いしっぺ返し。美味しいところを持っていかれたと叫ぶ3月ウサギに、リーゼロッテが追い討ちをかけると言う快挙に出た。
「……ユリカさん、16歳だったそうですよ」
一瞬で固まった3月ウサギ。未成年だった事実が、脳内エンドレス。
「……最後だけ何でラヴロマンス的な展開なのよ。痒くて仕方なかったわ」
「わかるぜ! 白雪姫! 俺も転がりたかった!
」
「あなた何かに共感されたくないわ! 黙りなさい! 死にたいの? じゃあ、ここで永眠させてあげるわ! 」
ギャーーーー!!! と叫びながら、逃げ惑うアリスを追い掛けるローゼリア。あのバイタリティーはどこから来るのだろうか。
「あ! いたいた! 」
声に振り向くと、そこには、ラプンツェルとルクレツィアの二人。
「迎えに来て正解ね」
「……どういうことだ? 」
にっこりと微笑むラプンツェル。
「おかみさんが、あの子たちはやり遂げるって言っていたの。だから逃がさないように回収するように依頼されたのよ」
どういうことだろう。
「帰ったら、……おかみさんの大盤振る舞いが待っているの! 一人残らず連れて帰るわよ!
ただ酒ほど旨いものはないわ! さぁ! 私のために一緒に帰ってもらうわ! 」
ラプンツェル、酒豪が発覚。
「……死ぬほどご飯が食べられるって幸せだわ」
ルクレツィア、大食漢が発覚。
斯くして五人は、お姉さんずの欲望にまみれた、五人のクエスト達成記念パーティのために、半ば強引に連れ帰らされたのだった───。
◆◇◆◇◆◇◆
「……まさかあたしの可愛い子どもたちが喰われちゃうだなんて予想外♪ しかもあの子、あの方と同じ能力だなんて♪ ……運命かしら☆ 」
ローゼリアさえも聞き取れないほど遠く。……これは始まりに過ぎない。宿命の歯車は、既に二人が出会う前から、廻り始めていたのだ───。
静寂に包まれる空間。気の抜けた者たちが通路に座り込んでいる。ちょっと休んだら動こう。そんな空気。誰もが疲れ果てていた。誰もが、こんな厄介なことはもうごめんだと、表情で語っている。だからと言ってアリスを責めることは、もうしない。誰かがやらなければ永遠に被害が増え続けていたのだから。しかし終わったというのは、少し違う。
『また会いましょう』
ユリカはそう言っていた。彼らは、休みながらユリカを待っているのだ。……この哀しき屋敷の終わりを。
◆◇◆◇◆◇◆
……どれくらいたったろうか。誰も話さないと思ったら、皆、転た寝を始めていた。リーゼロッテとローゼリアは寄り添い、アリスは大の字、帽子屋と3月ウサギはそれぞれもたれながら。ユウヤだけはすわりながらも、ただ静かに、時を待っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
窓からうっすら見えていた月が見えない。白い光が徐々に通路を照らし始めていた。
……その中に人影が見える。その人影は少しずつだが、こちらに近づいてきていた。通路の奥から。ゆっくり、ゆっくりと。次第に見えてきたその人影は、『ユリカ』。
『皆様、お待たせいたしました』
優しく微笑みながら。だが、その姿は今にもきえてしまいそうだった。
「あ、ユリカさん」
最初に彼女に声を掛けたのは、リーゼロッテ。その名前に、ユウヤはユリカを凝視した。写真そのままの、ユリカを。
『皆様、ありがとうございました』
深々とお辞儀をする。その顔に憂いはない。
『セリカ、エリカ、そして、お母様は先に待っていてくれています。あちらでお父様にも会えるでしょうか』
少し寂しそうに微笑む。そんなユリカに、リーゼロッテは口を開いた。
「まだ、……まだ行ってはいけません! 」
その言葉に口を閉ざす。
「……私たちは、あなたの捜し物を見つけました。受け取ってください」
無言で帽子屋がユウヤを押し出す。
「え? わっ! 」
よろめきながら、ユリカの前に立つ。
『? 迷い込んだ来訪者様? 』
首をカクリと傾げる。
「あ……」
今更になって自分の目的を思い出したらしい。
「ユリカさん……ですね? 」
『はい』
優しく微笑む。
「俺は、あなたに会いに来ました」
真っ直ぐと、ユリカを見据える。
『私に? 』
「はい、俺はユウヤ。俺の本当のばあさんはあなただから」
意図を察したユリカが息を飲むのを、ローゼリアでなくとも察することができた。……彼女の瞳から一滴、涙が零れる。
『……サヤカに託して正解でした。私の子どもは、幸せだったのでしょうか? 愚問ですね。こんな素敵な孫を寄越してくれたのですもの。きっと、幸せだったのでしょう』
止めどない涙を拭ったのは、ユウヤだった。
「俺は、ユウタロウじいさんとサヤカばあさん、オヤジのユウジロウに育てられました」
ユリカが顔を覆う。
『……ああ、サヤカは、サヤカは……、ユウタロウさんに……』
ユリカの両肩に手を置く。
「サヤカばあさんは言っていました。誰よりも敬愛するお嬢様のために、オヤジを本当の父親の元に連れていったのだと。……サヤカばあさんは、曾祖父が好きだったそうですね。お互いの想いを貫くために、形だけの夫婦になり、生涯、お互いの想う相手を思い続けて永眠しました。……10年前に」
ユリカの涙は収まるところを知らない。
「俺、何も知らなかった。聞かせてくれたサヤカばあさんは、曾祖母のマリカさんも尊敬していたからこそ、想いを封印した。じいさんとサヤカばあさんは、謂わば、運命協同体だったわけですね。心から、ユリカさんたちを尊敬し、敬愛していた。……二人とも、幸せだったと思います」
ユウヤに支えられていなければ、崩れ折れていただろう。ユリカは、震えていた。
『……ありがとう……ございます。私も、ユウタロウさんを愛していました。今でも変わらずに……。サヤカは、信頼に足るメイド。託してよかった、本当に……』
自分の話をしなかったユリカ。ただただ、家族を慕い、想い、存在し続けた。
「……オヤジも、昨年亡くなりました。思いきって会いに来てよかった」
見つめ会う二人。
「……本当は俺。じいさんに嫉妬してたんです。サヤカばあさんから写真を渡された時、他でもない、あなたに一目惚れしてしまったから。じいさんじゃなく、俺があなたと出会いたかった。だから……だから、会いに来たんです。一目でいいから、あなたに会いたかった」
ユリカは困ったような、嬉しいような、複雑な表情。それはそうだろう。愛した男の、しかも、孫に告白されたのだから。
『……ふふ。ありがとうございます。私もあなたに会えてよかった。素敵なプレゼントね』
涙を湛えながら微笑む姿は、あまりにもキレイだった。
『皆様、本当にありがとうございました。何も出来ませんでしたが、もう誰も傷つけずにすみます。……今までの方々には本当に申し訳ありませんでした。言葉だけでは償いきれません』
「……バカなの? あなたは何十年も心砕いて来たんじゃない。死んだヤツらも浮かばれないわよ、そんな浮かない顔してたら。償いたいなら、……笑顔で消えるくらいの根性見せなさいよ」
まさかのローゼリアの乱入に誰もが目を見開く。
『………ふふ、うふふふふ。思いもしませんでした。清々しいです。妹たちやお母様のようにすればいいんですね? 』
無言の肯定。
『……では、さようなら。幸せをありがとう』
「ユリカさん……! ……?! 」
ユリカはユウヤを引き寄せ、触れるか触れないかの距離で、笑顔で優しくキスをした。 その瞬間、彼女は光となって霧散したのだ。
「……………」
真っ赤になって立ち尽くすユウヤ。……彼の瞳からは、涙が零れていた。
◆◇◆◇◆◇◆
ユウヤと別れた一行。あのあと、一陣の風が皆の視界を遮った。目を再び開くと、瓦礫の中で皆、立っていたのだ。まるで、幻に囚われていたかのように。
すべては終わった。変なイライラと共に。それはそうだろう。クライマックスが、アレなどという、苦いしっぺ返し。美味しいところを持っていかれたと叫ぶ3月ウサギに、リーゼロッテが追い討ちをかけると言う快挙に出た。
「……ユリカさん、16歳だったそうですよ」
一瞬で固まった3月ウサギ。未成年だった事実が、脳内エンドレス。
「……最後だけ何でラヴロマンス的な展開なのよ。痒くて仕方なかったわ」
「わかるぜ! 白雪姫! 俺も転がりたかった!
」
「あなた何かに共感されたくないわ! 黙りなさい! 死にたいの? じゃあ、ここで永眠させてあげるわ! 」
ギャーーーー!!! と叫びながら、逃げ惑うアリスを追い掛けるローゼリア。あのバイタリティーはどこから来るのだろうか。
「あ! いたいた! 」
声に振り向くと、そこには、ラプンツェルとルクレツィアの二人。
「迎えに来て正解ね」
「……どういうことだ? 」
にっこりと微笑むラプンツェル。
「おかみさんが、あの子たちはやり遂げるって言っていたの。だから逃がさないように回収するように依頼されたのよ」
どういうことだろう。
「帰ったら、……おかみさんの大盤振る舞いが待っているの! 一人残らず連れて帰るわよ!
ただ酒ほど旨いものはないわ! さぁ! 私のために一緒に帰ってもらうわ! 」
ラプンツェル、酒豪が発覚。
「……死ぬほどご飯が食べられるって幸せだわ」
ルクレツィア、大食漢が発覚。
斯くして五人は、お姉さんずの欲望にまみれた、五人のクエスト達成記念パーティのために、半ば強引に連れ帰らされたのだった───。
◆◇◆◇◆◇◆
「……まさかあたしの可愛い子どもたちが喰われちゃうだなんて予想外♪ しかもあの子、あの方と同じ能力だなんて♪ ……運命かしら☆ 」
ローゼリアさえも聞き取れないほど遠く。……これは始まりに過ぎない。宿命の歯車は、既に二人が出会う前から、廻り始めていたのだ───。