第28話  偶然を装い、それはやってくる

文字数 3,838文字

───平和な日常が帰ってきた。

もう人目を気にしたりしなくていい。この街は、すべてを受け入れてくれる。信じていいのだという思い、信じてもらえる心地好さを手放したくないという思い。
この街で生きていこう。この温かさに応え続けよう。言葉にはしないけれど、確実に二人の中で、その思いは芽生えていた。

「ん~、いい天気ねぇ~。清々しい空気だわ」

性格は相変わらずだけれど、角がとれたローゼリア。

「うん、青空が眩しいよ」

真の瞳の力を解放し、人目を気にせず、笑顔を見せられるようになったリーゼロッテ。
二人の気持ちはスッキリしていた。一抹の不安はあったけれど。


ローゼリアはふと、不思議な感覚に立ち止まる。

「ちょ、ちょっと! ローゼ! 今の人! 《ローゼにそっくりだった! 」

振り返る。見えるはずがないが、振り返らずにはいられなかった。

「……あたしと間違えたりして、ついていかないでちょうだい? 」

いつものように言うけれど、見えない瞳で探してしまう。

「似てるって言っても、ローゼをそのまま大きくして、男性にした感じ」

冗談は通じていない。真面目に返された。

「……男性? 」

怪訝な顔をする。脳裏に過るは、忘れかけていたカノンの言葉。

───あなたさまは純粋な死喰腐鬼(グール)ではないんですのよ?

心の奥で引っ掛かっていた。どう純粋でないのかと。

「おーい! 白雪姫ー! 」

喧しい声が人混みを縫いながらやってくる。傍目には、可愛い女の子三人に見える光景に、周りはニコニコしていた。

「うるさいわね。あたしとあたしのリーゼのでぇとを邪魔しないでちょうだい」

鋭くにらむ。

「お、俺だって赤ずきんとでぇとした……いという希望があるますです……」

踏ん張ったが気迫に勝てず、悄々と。

「ああ! ちげぇんだよ! 白雪姫! 今、白雪姫にそっくりなやついたんだよ! 」

ローゼリアはリーゼロッテと顔を見合わせる。

「……気になるね」

頷くと、アリスに向き直る。

「アリス、特徴覚えているわね? 」
「え? まぁな」

きょとんとするアリス。

「追跡して、居城を突き止めてらっしゃい! 」

ピシャリといい放つ。

「な、なんで俺が……」
「あら、見えないあたしに行けと? 可愛いリーゼに行けと? 」
「いやいや! そもそもなんで追いかけるんだよ?! 」

どうして、なんで、なんかわからない。ただ気になる。

「気になることがあるだけよ! あなたの足を信じてあげてるんだから光栄に思いなさい?


威圧オーラで押し切るローゼリア。

「この美しい顔が、世界に2つだなんて……気にならないわけないでしょう? 」

相変わらずだが、アリスもいい加減、なれてきてはいる。

「確かに、追いつけるのは俺くらいだろうな。待ってろ! いっちょ、行ってくる! 」

くるりと方向転換をして、駆け出す。

「深追いはするんじゃないわよ?! 」

アリスはちょっと笑った。出会った当時ならこんなこと、いいもしないで貶めていたのに。元来、優しい女の子なんだなと思う。赤ずきんだけじゃない、彼が守るのはローゼリアも同じ。盾だってなんだっていい。アリスにとって、目標の、夢の女の子たちなんだから。

◇◆◇◆◇◆◇

その頃のギルド内酒場は───。

両開きの扉が勢いよく開かれた。

「ごきげんよう! カノンちゃまでしてよ! おーほほほほほほほほほ!! 」

そんな声の主に、容赦なくリバウンドした扉が襲い掛かる。

「………う"! 」

モロに顔面ヒット。直ぐ様あげた顔は、カノンだった。はちみつ色のフワフワウェーブ、ベルベットローズのゴシックドレスに大きなリボン。腕にはしっかりとテディベアのアンジェリカを抱いて。可愛いルビーの瞳が少し潤んでいた。

「あ、あたくしの愛くるしい顔にヒビ! ヒビ入ってませんわよね?! 」

登場台詞に場は白け、その主に皆固まっていた。

「……………………」

お互いの辛い辛い、短くて長い沈黙。それを打ち破ったのは……。

「ただいまぁ~♪ あらぁ? 可愛い……って、カノン?! 」

後ろから、鼻を押さえるカノンを抱き締めたのは、ラプンツェルだった。

「ご、ごきげんよう。ラプンツェルさま」

鼻声を一層鼻声にして答える。

「……久しぶり、カノン。キレイに直ってよかったわ」

カノンの小さな手を優しく鼻から離し、微笑むはルクレツィア。

「ルクレツィアさまも、ごきげんよう……」

少し涙ぐむ顔を背けるカノン。ツンデレはおうようにして、素直になるときは瞳を逸らす。テンプレである。

「あ、あの! 白雪姫さまたちはどちらへ? 」

永遠のライバルと認めざる得ない存在、白雪姫。カノンは、彼女の突っ込みを期待していた。しかし、見当たらない。まさに空振りである。

「あらあら! 元気な元気な可愛いお嬢さんが増えたわねぇ! うふふふふ♪ 」

ここでお母さんの登場です。

「あたしはここのおかみのアンネ。よろしくね。娘たち……ローゼとリーゼなら、街に繰り出してるわよ? 」
「む、娘? 」

似てない、知らなければいぶかしるのも仕方ない。この場所にいないとわかって、少し肩を落とす。

「身寄りがないようだからね、あたしと主人が後見人になったのよ」

豪快な笑顔の美人おかみ。忘れてはならない。かなりの肝の座ったおかみさん、彼女はまだまだ若い、スレンダー美人だということを。

「……白雪姫たちを探しにきたってことはぁ?


ラプンツェルがおかみさんににんまりする。

「そうね……」

おかみさんもにんまりする。ルクレツィアも薄く微笑んだ。

「な、なんですの? 」

何も知らないカノン。しかし、すぐにそれを理解することになる。

◇◆◇◆◇◆◇

「あれ? こっちに……」

流石アリス。人混みも何のその。小柄の俊足で、あっという間に視界圏内にターゲットをロックオン。
だが、何回目かの曲がり角で見失ってしまう。速度や距離を考えて見ても、早々見失うはずがない。

「……俺に何か用かな? 可愛い女装少年くん?


ばっと振り返るアリス。あり得ない、あり得るわけがない。常人ならば……。

「あんた……何者だよ? 」

脂汗を滴らせる。対する相手は涼しい顔。白雪姫に瓜二つの。

「質問に質問で返さないでくれよ? 君が俺に対して下手な尾行、してたんだから」

雑だったのは認めざる得ない。この人混みなら、目立たないとたかをくくっていた。

「確かに雑だったのは認める。でも、敵意があったわけじゃない。素直じゃない仲間からの頼みなんだ。はっきりしないから、たしかめたかったんだろうな」

試すような笑顔で首を傾げている。

「そいつは、あんたにそっくりな女の子だからな」

その言葉に見知った笑い顔になる。

「……へぇ? この美しい顔がもう1つあるの?
それは興味深いな。会わせてよ、俺とそっくりな美女に」

ん? 美女? これは訂正しよう。

「いやいやいや、そいつは俺と変わらないくらいで、将来はえらい美女にはなりそうかな」

悔しいがあの時点で、美少女というより、美人だ。そこは認めざる得ない。

「ふぅん、成長途上なんだ。愉しみだね」

口調やその他諸々が、性別を変えただけで同じ。顔も同じ。顔だけなら、世界に三人は、いるという。しかし、性格まで同じっているだろうか。これはあれじゃないか?似ているんじゃない、棄てられたローゼリアにこんな兄 がいても何ら驚かない。じゃあ、こいつは死喰腐鬼(グール)? ローゼリアでまったくわからなかったのだ。キレイ過ぎるが故に。アリスには、人間にしか見えない。おバカの極論。

「……居場所突き止めろだけだったけど、いづれ会うなら早い方がいいか。俺はアリス。あんたは? 」
「確かにアリスの格好だね。俺? 俺は『ギール』。『さがしもの』があって、この街に来た。で、彼女の名前は? 」

「『さがしもの』? そいや、見掛けないもんな。見たら絶対忘れられない顔だし。そいつは、『白雪姫ローゼリア』だよ」

未だに同じ顔が男であることに、更なる身震いをするアリス。

「ちょっと……ね。『白雪姫ローゼリア』か。最高だね。何? 俺とソックリなその娘が好きなの? 」

………全身の毛穴が開く音が幻聴のように聞こえた。身内じゃなかったら、嫌だ! 身内でも嫌だ! ダブルで殺される!

「ち、違う! 毎回、生命の危機感じてるから! 」

ぶるぶる首を振る。最近は柔らかくなったが、簡略化されただけかもしれない。未だ、生命の危機は去っていない。わかっている、赤ずきんを諦めない限り、平行線だ。だが、諦めるつもりはない。

「まぁ、いいや。案内してよ。アリスくん」

余裕の表情でアリスを促す。

「ああ、一個忘れてた。白雪姫は盲目だぜ。その代わり……バランス感覚半端ないけどな」

先導するアリス。その言葉に返答はない。ついてくる足音に変化はない。増えることもない。何か合ったなら、走り去ればいい。たぶん、全力ならば逃げきれる。
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