第0話  悪魔の瞳を持つ少女と死肉中毒の盲目少女

文字数 1,755文字

──その少女は、悪魔と人間から生まれた。

魂を貪る父親の能力を受け継いだために、彼女と視線を合わせただけで魂を食べてしまう異能を持っていた。それは、『悪魔(イビル)(アイ)』と呼ばれた。

気の小さい少女は母に「大切にしたい人の目は見てはダメよ」と言われ、時が経つにつれ、暗い性格になっていった。動物を見て可愛いと抱き上げれば、瞳を合わされてすぐ死んでしまう。人とは相容れぬ自らを呪い続けた。しかし、魂を食べなければ自分が死んでしまう。
生きる気力のない彼女を母はそれでも愛していた。………自らを犠牲にするほどに。

「……鳳仙花、あなたは優しすぎる子。でも、お母さんはあなたに生きていてほしいの。……だから、私の目を見て」

初めて見た母は綺麗だった。優しく笑いかけながら、初めて抱き締めてくれた。……一瞬後、母から抜け出た魂は鳳仙花の口へと滑り込んだ。母は優しく微笑んだまま、死んでいた……。
自分を長らえさせた母を絶望と愛情に苛まされながら、抱き締め続けた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

──その少女は、死喰腐鬼(グール)の一族に生まれた忌み姫。

盲目で生まれ、早くに捨てられた。弱肉強食、足手まといは生きることを許されない。怒りも悲しみもなく、飢餓を乗り越えるために出会った人間を殺しては喰い、骨までしゃぶっていた。狩りになれた頃、彼女は捨てた一族の村にふらりと現れた。……そして、盲目とは思えない俊敏さで一族を喰い滅ぼした。

「……やっぱり、腐ってて不味いわ」

誰もが腐り果て、もう死んでいるだろうと思っていた少女。盲目が故に、聴覚とバランス感覚が異常に発達していた。無意識に一族の本能の限界を超えた少女。彼女の冷たい狂気にあがらうことなど、不可能だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

──独りぼっちになった悪魔(イビル)(アイ)の少女・鳳仙花と孤独を愛する名もない死喰腐鬼(グール)の盲目少女が出会ったのは、金木犀香る秋だった。

「……あなた、こんなところにいると……あたしに喰われるわよ」

何の感情もなく、淡々と。しかし、自嘲に似た、薄ら笑いを浮かべながら。

「……死にたいけど、生きなきゃいけないの」

フードを目深にかぶり、震えながら答える。

「……死にたがりに興味はないわ。それにあなた、悪魔と人間の香りがするわね。まぁ、どうでもいいわ。……いい薫り」

見えていない瞳を仰ぐ。太くもない木に座ったまま寄り掛かっていた。

「……え?本当だ。金木犀だね。小さなオレンジの花が綺麗……」

彼女も見上げる。すると、フードがズレて可愛らしい顔が露になった。

「……フードなんてかぶって、若いのに勿体ないわね」

少女は慌ててフードを目深にかぶり直す。

「……金木犀って言うの。小さなオレンジの花が咲いているのね」

気にした風もなく、淡々と。

「……あなた、見えないの?」

びっくりしてその少女を見つめてしまう。

「……生まれたときから見えないから、捨てられたわ」

不敵に笑う少女は綺麗で、見えていないのに真っ直ぐ見つめ返した。

「……あなたは大丈夫みたい。私、視線を合わせただけで魂を食べてしまうの……」

硝子玉のような綺麗な瞳を見つめ続ける。

「……わ、私、鳳仙花。あなたは?」

「……鳳仙花。綺麗な名前ね。……あたしには名前なんてないわ。名無しの死喰腐鬼(グール)よ」

鳳仙花は戸惑いを隠せなかった。"捨てられた"と聞いても、同情するのは失礼だと思ったけれど。彼女の瞳からは、そんなものを求めてはいないと感じた。

「……じゃぁ、"金木犀"! 初めてみたとき、金木犀の精かと思っちゃっただけなんだけど」

恥ずかしそうにする鳳仙花に、少女は初めて暖かい笑みを溢した。

「……"金木犀"。素敵な名前ね。ありがとう、鳳仙花」

その笑顔が嬉しくて、届く高さの金木犀の花を取って、無造作に纏められた"金木犀"の髪止めに差し込んでいく。

「……似合うよ、金木犀」

金木犀の手のひらにも一つ、花を乗せた。

「………ありがとう。こんなにも……儚く、小さな花なのね」

◇◆◇◆◇◆◇

──これは人や生き物を殺し、貪るしか生きられない二人の少女の物語。
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