アリス夢想曲《トロイメライ》

文字数 1,712文字

───俺は男なんだ、女の子じゃない。

「ご挨拶は

でね?」

母さんは俺にばかり構った。でも、俺を見てはいなかった。母さんは女の子がほしかったんだよ。わかってた。だから、俺を女の子として育てようとした。
俺だって、早くに父さんを亡くしたから、母さんの気持ちはわからないでもない。
だから母さんの希望に添えるように、可愛い服を来て笑顔を振り撒いた。やりたいことなんかなかったから、母さんが喜んでくれさえすればよかったんだ。女の子らしく振る舞うことだって嫌じゃなかった。二人しかいない家族だからこそ、笑っていられたらよかった。

だけど、そんな日々は長くは続かない。嫌でも成長してしまう。骨張っていく俺を見ないふりを始める母さん。喉仏も隠せなくなってくる。声は低くなっていく。

「なんで? なんで母さんの言う通りに出来ないの?! 」

どうにもならないから俺を責め、自分を責める母さん。わかっていたはずだ。わかりたくないだけだ。痛いほどわかるよ、母さん。

「でも俺は男なんだよ、母さん」

日に日に憔悴していく母さん。恨めしそうな目で見ないでよ。俺だって、女の子で産まれてたらって思うよ。母さんが女の子が得られなかった悔しさくらいわかる。たった一人の家族だから。母さんが喜ぶんなら、いくらでも可愛くなる。

「誰よりも可愛くなってみせる」

そんな俺の努力の甲斐なく、母さんは病んで入院してしまった。何も食べなくなった。誰とも会わなくなった。会うにしても、俺くらいしかいない。そう、母さんは俺と会うのを拒んだんだ。日に日に男の子らしくなっていく俺を、見ているのが辛くて。

「なんでそんなに女の子がいいんだよ、母さん」

子どもってみんな可愛いんじゃないの? 俺は可愛くないの? どう足掻いても俺は、女の子にはなれないんだよ。わかってよ。理解してよ。納得してよ。あんたが産んだんだよ? 親は子どもを選べないけど、子どもだって親を選べない。大人なんだから、わかるはずなんじゃないの?

「あら、どちらさま? 」

母さんが息を引き取る日。母さんは、俺を忘れた。子どもの存在すらも。衰弱し、記憶障害を起こしていた。

「母さんはずるいな。一人だけ、忘れて逝ってしまうなんて」

俺は忘れない、忘れるもんか。そんなに誰よりも可愛いことを望むなら、叶えてやるよ。

「俺は、どんな女の子よりも可愛い男なんだ」

女装してもしなくても、負けるわけがない。女の子のふりをして、囮だってお手のもの。立ち振舞いから、言葉遣いまで。母さんから学んだこと、活かしていきてやる。

「だけど、心まで女の子になってなんかやらねぇよ」

俺は俺であって、母さんの人形じゃあない。一人の人間なんだ。最強の可愛い美少年になってやる。筋肉つけて、体型維持もして。完璧を目指してやるよ。

「俺は俺らしく、極めてやるから」

見ててよ。高いとこから。大好きだったよ、母さん。でも、俺はマザコンじゃないんだぜ? 好きな女の子くらい、自分で見つけて守ってみせる。心残りはやっぱり、一度くらいちゃんと真っ向から俺を見てほしかった。生きざまを見せつけてやりたかった。

「忘れやしないけど、振り向きもしねぇ」

ここまで育ててくれてありがとう。反面教師として、尊敬してる。俺は決めたんだ。もう、泣かせるような男にはならないって。母さんはずっと泣いてたけど、好きな女の子くらい、笑わせてやりたい。

「俺は、道化師になる。笑顔を生むために」

バカでいい。一人でも多くの人を笑わせられるなら。母さんが泣いた分、他の人でイーブン、だよな?空を見上げたって、母さんは見えてこない。だけど、思う。ただ普通に過ごしてたら、強くなれなかった。心の中で反発していたからこそ、今の俺がある。

「だから母さん、産んでくれてありがとな」

俺は生きる。母さんの分まで。好きな女の子を守りきるまでは死なねぇよ。可愛く、かっこよく、情けなく生き抜いてやる。俺、若くてピチピチ(死語)だからな!



今日も空を見上げる。
俺は元気に生きてるぜ、母さん───。
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