第17話  マリカの大切な想い

文字数 5,287文字

すっきりした一行は、余裕でだらだらと歩いていた。

彼らの辞書に持続力なんてものはない。計画性がないのだから仕方ないと言えば、仕方ない。しかも奇想天外な展開にお疲れだ。
リーゼロッテは目新しいものを無意識に探してしまう。すると数メートル先の、左側から光が小さく差し込んでいた。自然とそちらへと足が向かう。ちょこんと角から首を覗かせる。

「あ! 来てください! お庭が見えますよ! 」

皆が足早に、リーゼロッテの視線の先に向かった。
そこは片側が10枚ほどの曇りのない、硝子張りの通路。光は外から煌々と、優しい光を放つ満月だった。空は澄んでいて星まで煌めく、ラピスラズリの夜空。神秘的な空間を彩るは庭の主にして主役の、大きな桜の樹。月に照らし出され、淡く、神々しく輝いて見えた。足元にはキレイに刈られ、さしも緑の絨毯のよう。月明かりに照らされて、キラキラと荘厳な情景を醸していた。
その光景に誰も何も言えず、今までのことも忘れてしまえそうだった。……だがしかし。

「……どうしたの? 黙っちゃって。何だか明るいけど」

盲目の死喰腐鬼(グール)さんがいました。今回の破壊神(クラッシャー)はローゼリア。皆、感動を台無しにされて複雑な顔をしている。

「そ、外に出られないかな? ちょっとくらい近くで見てみたい! 」

空気を変えるためか、リーゼロッテが窓を調べ始めた。

「あ、あった! 」

真ん中あたりでガチャリと解錠音がする。ガラリと引き戸が開けられる。優しい風が吹き込む。ふわりと風に乗って、桜のはなびらが一枚迷い込む。踏み込み、更なる幻想的な空間に目を奪われた。

「……繊細な香りね。緑の瑞々しい香りまで。風が呼んでいるわ。行きましょう? 」

魅惑的に微笑む。誰もが息を飲むほどにキレイで、幻想的な空間に溶け込んでいた。思わず、リーゼロッテはローゼリアの服を掴んでいた。……そのまま消えてしまいそうな儚さを感じて。

「どうしたの? リーゼ。あたしはここにいるわ」

見透かしたように優しく笑う。ゆっくりと前進を始めた。倣うように皆進み始める。一歩一歩、確かめるように。この屋敷に不釣り合いのような、逆に本来の姿であるような庭園。ただそこにあるわけではない気がした。意味があるような気がして。リーゼロッテが魅入られたように、ローゼリアを無意識に追い越した。

「リーゼ待って! 」
「え? 」

桜の樹の手前で制止を受けて踏み出す足を躊躇うと、足に固い感触の違和感を感じて引っ込める。

「……呼んでいたのは、それね」

足元を慌ててみると、質素な木箱が幹の側に置いてあった。

「これ? 」

しゃがむと、箱をひょいっと持ち上げる。何の変鉄もない木箱にしか見えない。パカッと開けると、紙が一枚。文字が書いてあるが東国の文字で、わからずにリーゼロッテは首を傾げる。

「……貸せ」

後ろからひょいっと紙を奪う。そして紙を見て、真剣な表情になる。

「……大体想像はつくけど、何て書いてあるの? 」

東国特有の和紙に、古い判子のような印字が重ねてあり、肉文字は少ない。

「戦死広報……だな。ヨシナリってやつの」

男性の名前。ここにあるということは、この館の主、マリカの旦那なのだろう。マリカはまだこの事実を知らない。きっともう死んでいることはわかっていても、心のどこかで生きていてほしいと願っているからこそ、『ゴースト』になったのだ。だが気になるのは、それだけでこれほどまでに固い物言いになるだろうか。

「帽子屋、何かあるのか? 」

アリスが、後ろから覗く。しかし、彼に読めるはずがない。

「あ、いや。本当なんだなって思って。この日付、終戦から二年後なんだよ。発行日がな。それに、戦死した日にちはあるが、時間も原因も書かれてはいない」

質素な死亡報告の紙。印字から、一纏めに配布されたのだろう。……これを見た家族の気持ちを考えたら胸が痛くなる。戦争とはこんなにも、人の命を軽んじるものなのかと。

「……見せるのが忍びないね」

誰しも思うだろう。他人でも辛い。当事者ともなれば、胸が張り裂ける思いだろう。なんて、なんて残酷。人のことは言えないが、戦争と一緒にしてもらっては困る。

「悩んでいたって変わらないわ。これがここにあったということは、これがキーになるとみて、間違いないでしょうね」

すっと帽子屋から紙を奪い、リーゼロッテから箱を奪う。元に仕舞って颯爽と、入ってきた窓に向かう。

「何をしているの? 時間がないのでしょう?
きっとこれでマリカのテリトリーに入れるわ」

そのまま中に入ってしまう。慌てて後を追う三人。

……ユウヤは桜の樹を悲しそうに見つめてから。彼にとっては、曾々祖父。親族に代わりない。皆、口にはしなかったが。

◇◆◇◆◇◆◇

通路に全員が戻るや否や、光が失せた。……振り替えるまでもなく、庭があった場所が消えていた。気にしている暇はない。もう驚いている時間もない。ただ、無言で歩きだした。

◇◆◇◆◇◆◇

……どれくらい歩いたろうか。皆が立ち止まる。それもそのはず。前方にある部屋から、見覚えのある黒いもやもやが出たり入ったりしているのだから。

「……三度目だけどやっぱり気持ち悪い。あれを飲み込んだと思うと吐きそう。また飲み込まなきゃならないと思うと嫌になるよ……」

溜め息をつく。一度取り込んだものを吐き出す術は流石にわからない。しかし、リーゼロッテがこんなことを口に出来るほど強くなったのは喜ぶべきだろう。
取り敢えず、一堂、扉の前に立つ。…………誰も動かない。隙間からうようよしている黒いヤツが、開けたらどばーっと来たら、困る。それに………、卑猥な光景が待ち受けているかもしれない。

………動いたのはローゼリアだった。無表情で、扉をガンガン蹴りつけた。荒い、とてつもなく荒い。何度目かで、扉が内側に倒れた。
中では部屋中びっしりの黒いもやもやと、ビックリした3月ウサギ、そして凶悪な顔のマリカが待ち受けていた。状況的には、ギリギリと言えるようだ。今にも襲われそうな3月ウサギなんて滅多に見られない。むしろ襲われてしまえばいいのに。おっと本音が出た。
余裕そうに見えてかなり背中はベッタリと汗で張り付いている。かなりの攻防を繰り広げていたのだろう。

「お、おまえら! やっと食堂のメモ見つけたのか!? 」

……はて?

「食堂なんていると思わないから通りすぎたわ」

固まる3月ウサギ。代わりにマリカが話し出す。

「……邪魔しないでくださいな。彼は頂きます」

髪が浮き、怒りを露にする。

「よくわからないけどそれって体だけの関係なんじゃないの? 言葉なんていくらでも取り繕えるわ。特にソイツの言葉なんて信用性0なのだけどわかってるの? 」

マリカが止まる。3月ウサギに振り返った。

「……あの優しい言葉の数々、嘘、なんですか? 」

3月ウサギは青ざめた。忘れてはいけない。ローゼリアが3月ウサギをフォローするような発言をするはずがないのだから。

「今言うの?! それ! やめて! 俺、死にたくない! 」

使えない男すぎる。ドレスをはだけ出し、マリカが力を込めた。

「……嘘でも、実行していただきますよ」

露になった上半身が艶かしい。アワアワとするアリスとユウヤとリーゼロッテ。

「ちょ! ま! 待って! 助けてよ! 」

もう彼女は先伸ばしにする上等文句なんて聞く耳をもたないだろう。ならば、素になるしかない。か弱い女性も『ゴースト』になれば力も強い。逃がさない思いが彼の腕を軋ませる。

「痛い痛い! もう無理! もう無理! どうにかして! 俺絶対頑張った! だからおまえら助けて! 」

どれだけの女性をたぶらかして来たかは、知らないが、あまりにも情けない。ローゼリアは盛大に溜め息をつくと、手にしていた木箱をマリカに投げつけた。見事に、雑。マリカに当たり、木箱が開く。マリカの目と鼻の先にヒラヒラと広報が舞う。それを目にしたマリカが目を見開き、力が弱まる。その隙に3月ウサギは乱れた服のまま、転がるように這い出した。

「………な、なんて、こと」

今までの二人でわかっている。このあとは……。

「あ、あ、あ、あなたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 」

涙を流し、暴走した。黒いもやもやがセリカやエリカの比ではない。このままでは飲み込まれてしまう。あまりの質量に誰もが絶望した。しかし、いち早くローゼリアが男どもを部屋からドカドカ蹴り出した。邪魔だと言わんばかりに。

「リーゼ!!! 」
「う、うん! 」

戸惑って、手間取る。道具なんていらないが心の準備がいつも足りない。瞳を閉じ、収まらない鼓動を、何とか落ち着ける。瞳を開けると眼前にせまる黒いもやもや。今回はダメだと思った瞬間だった。……後ろから誰かに抱きすくめられ、床に倒れ込み、一難を脱していた。衣装をみてビックリする。………ローゼリアじゃない。

「ア、アリスくん? アリスくん!? 」

彼にもビックリしたが、彼の背中を見て青ざめる。あの黒いもやもやに触れたらしく、服が破れ、裂傷痕が出来ていた。

「……だ、大丈夫だ。早くいけ。俺らは赤ずきんが頼りなんだからよ! 」

瞳を見ないようにして、痛むのもお構いなしに、リーゼロッテをたたせる。いけ、と言うように、背中を押し出す。……リーゼロッテは覚悟した。早く終わらせて彼の手当てをしなくてはと。

「マリカさん! あなたを救います! 」

……目の前にはローゼリアが倒れていた。自ら体を張り、リーゼロッテの射程を確保したのだろう。至るところに裂傷痕がある。やっぱり先にローゼリアを手当てしようと思う。再度瞳を閉じ、意識を集中させ、黒いもやもやを睨み付けた。範囲が多いため、少し呼吸が乱れるが構ってはいられない。赤くなった瞳の奥が炎のように揺らめくと、勢いよく吸い込まれ始める。
諦めていないマリカがリーゼロッテを襲う。しかし、ローゼリアが這い、足にしがみついて、行く手を阻む。

「離しな……さい! 」

ローゼリアを振り払い、リーゼロッテに近づく。今度はアリスがタックルをかます。よろめいて尻餅をつくが、アリスを引き剥がし、起き上がり、また前進する。

「……ちっ! 無茶すんじゃねぇよ! 来い! 3月ウサギ! 」

無理矢理3月ウサギを連れ出し、マリカを押し止める。流石に大人男子の力に敵わないらしく、動けないでいた。次第に黒いもやもやが少なくなる。あと一息というところで、二人が投げ出される。そして、あと一歩まで近づいた瞬間……。

「曾婆ちゃん!! 」

皆に留められていたユウヤが前に出た。マリカが怯んだ隙にすべて吸い込んだ。

ユウヤの言葉に怯み、黒いもやもやが無くなったこともあり、マリカは力なく崩れ折れた。

「……い、今、何と? 」

マリカは乱したドレスを整え、ユウヤを見つめていた。

「俺、『ユリカ』さんの孫なんです。あなたが、交際を許さなかった下人との間に産まれたのが親父でした。………お会い出来て、光栄です。曾婆ちゃん」

マリカは何かに堪えるように、ユウヤを抱き締めた。

「……知っていました。知っていましたよ。サヤカが抱いていた赤ん坊。気がつかないふりをしていましたの。……戦禍に見舞われるくらいなら、どこかでと」

許さなかったのはマリカの優しさだった。大きな家にいたら真っ先に餌食にされる。だから、冷たくしていたと。………マリカも辛かったのだ。自分に嘘をついてまでも守りたかった。……それは、達成されていたのだ。

「……会えてよかったです」

優しくも切ない顔をしたマリカ。『主人』の確固たる死亡と、『孫』の安否。それこそが、彼女には必要だった『捜し物』。

「もう、思い残すことは……ありません。主人の元へ、参ります。………皆さん、ありがとうございました」

ユウヤを離し、深々と頭を下げた。
………顔を上げたマリカの視線の先には3月ウサギ。

「……たとえ嘘でも、嬉しかったですよ? 女性の喜ばせ方を知ってらっしゃるのはわかっておりました。ありがとう」

ユウヤの頬を愛惜しそうに撫でると、広報を抱き締め、光となり、笑顔で消えていった。

◇◆◇◆◇◆◇

皆、ぼろぼろで動けない。しかし、達成した安堵で皆、ぐったりと倒れこんだ。

「そういや、メモって何だったんだよ? 」

「『このクエストには赤ずきんが不可欠。死守して、早く助けにこい』」

拗ねたように伝える。

「……やっぱり、どうでも良かったわね」




……皆、それぞれ休憩するこにした。

目標は達成されたのだから───。
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