第3話  歪んだ心

文字数 2,333文字

「……あなたたちったら、もう」

アンネお母さんが溜め息をつきながら戻ってきた。

「あんなんでもうちの有望株なんだから、苛めないであげて」

困ったような顔をする。

「"あんなん"が有望株だなんて、世も末ねぇ」

涼しい顔で切り返す。

「……お母さん、何で彼はアレンジじゃないんですか?」

俯きながらおずおず尋ねてみる。

「ああ、着せてみたら意外と似合っちゃったのよね。性格とミスマッチで面白いかと思ったの♪ 」

流石発案者。心得てらっしゃる。

「あの子もノリノリだし、いいかなって」

確かに、全力でノリノリでした。

「……んで? どうだったのかしら? 」

アリスのことは、もうどうでもよくなったローゼリアは本題を切り出した。

「……そうね、それなんだけどね」

困ったような顔をする。あれだけでは不十分だったのだろうか。

「……旦那がビックリしてたよ。"本物"も"本物"。あのでかさの骨はキングクラス」

何と、当たりだったらしい。

「協会の長老が旦那といたから話してみたのよ。現在の最高のランクは70。それも35人しかいない。彼らが束になっても返り討ちにされちゃうレベルだった」

ローゼリアは思う。確かに、あれは強いと感じた。リーゼロッテと視線を合わせてくれなければ、苦戦していただろうと。自分たちは異質な力を持ってはいる。しかし、万能ではない。

「取り敢えず、異例だけど、冒険者になったんだから明確にしなければいけないでしょう? ……心して聞きなさい? 」

意味深な口振り。

「あなたたちのランクだけど……、"ランク100"。実力は未知数。能力を鑑みた結果導き出されたわ」

いきなりの三桁。

「あら、あたしたち。最強ね」

当然、とでも取れる物言い。

「い、いきなりで大丈夫かな? 」

他のモンスターを知らないのだから、リーゼの言葉が一般的だ。

「……ランク100? すごいわね、あなたたち」

お母さんの後ろから、長い金髪の女性が顔を出す。

「あら、"ラプンツェル"。久しぶりね」

かなりの美女だ。見たところ、20代半ばだろうか。

「おかみさん、お久しぶり。赤ずきんちゃん、白雪姫ちゃん、初めまして。私は"ラプンツェル"よ。宜しくね」

二人にはない色気。……ローゼリアは小さく舌打ちした。

「よ、宜しくお願いします……」

首から下しか見れないリーゼロッテだが、美人なのはわかるらしく、戸惑う。優しく微笑んでくれていた。

「そういえば、ラプンツェル。"ルクレツィア"はどうしたの?」

ルクレツィア、この地方では、眠り姫として有名だ。 大人の女性にピッタリな役。

「……旦那さんと揉めてるわ。ほら、あの死喰腐鬼(グール)の村の討伐依頼の件で」

カウンターを指差す。そこには、カウンター越しに、お父さんと青髪の女性が話し込んでいた。死喰腐鬼(グール)と言えば、目の前にいるとは気がつかない。

「……"死喰腐鬼(グール)の村"ねぇ」

小さな呟きだった。

「"ザインブルグ"の村らしいけど、知ってるかい? ローゼ」

いきなり話題を振られ、少し面喰らう。

「………その村が、何? 」

無愛想に答える。

「……かなり前に討伐依頼があったのよ。"凶悪"な死喰腐鬼(グール)の集落だから、精鋭を募っていたの。向かった冒険者の大半は戻らなかったわ……。だからこの一年の間、手が出せずにいたんだけど、調査隊が向かったの。そうしたら……」

「集落一面骨だらけだった……?」

クスクスと笑う。

「……え? 白雪姫ちゃん、知っていたの? 」

「知っているもなにも、あたしがやったのよ。……血も涙もない、復讐よ。あたしを棄てた報い……」

この言葉に周りまで静まり返る。

「……白雪姫ちゃん、まさか……死喰腐鬼(グール)? 」

答える代わりに冷たい微笑を返す。

もしかしたら、無意識に長らえるために襲い、食べた人間たちの中には、クエストを受けた冒険者も混ざっていたかもしれない。憶測に過ぎないが、顔も服装も覚えてはいない。迂闊に話したりしたら、リーゼロッテと一緒にいられなくなる。……ならば、たとえそうだったとしても、隠し抜くしかない。自分に名前をくれた彼女は絶対だ。その名前を呼んでいいのは、リーゼロッテだけ……。

「ごめんなさいね……。あたし、これしか方法がなかったのよ」

淋しそうな作り笑い。

「……辛かったでしょうね。でも、育てられていなくて、ある意味よかったかもしれないわ……」

アイツらのように、無差別な殺戮を生業にしなくて済んだという話だろうか。ああ、何て……何てこの街の人間はお人好しなのだろう……。仲間までも食い殺した犯人かもしれないのに……。誰も疑わない。誰もが勘違いして、優しくする。この街にいるだけで信用理由になるだなんて………何て愚かな人間たちだろう。きっと、食い殺されても、冒険者だからと犯人から除外される。……ローゼリアは薄く、口を弓形に歪ませ微笑む。

「……でも、人肉が好きなことには代わりないわ」

死喰腐鬼(グール)なら仕方ないわよ」

優しくフォローされる。

「……じゃぁ、食べてもいい人肉ってないかしら?」

冗談のつもりで言ってみたのだが。

「……デスマッチ、かしらね。二人一組で戦うの。名前の通り、死ぬまで戦わなくてはならないわ……。だから、死んだ相手は……」

ああ、やっと食べられる……。

「身内があまりいない、一攫千金狙いのゴロツキたちの穴場ね。死体は棄てられるだけ。だったら、大丈夫なんじゃないかしら」
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