第8話  雷鳴と共に誘われて

文字数 2,456文字

目的地近隣までは、意外に使えたアリス一行の力により、一週間と掛からず到着出来た───。


「……お母様が言っていた『有望株』が伊達じゃなくてよかったわね」

あくまで、上から目線。

「ロ、ローゼ……」

変わらない、変わるはずがない毒舌。長々と(けな)さなかっただけ、優しくなった。そもそも、悪意のない存在を無駄に長く貶すわけではなかったが。元々、敵意あるものへの牽制のために、精神ダメージを与えていた。煽って、本来の力を出させなくする策。面倒臭がりのローゼリアらしい、鬼畜な作戦だ。

「……で? どこにその屋敷があるの? 」

見えないローゼリアには、あってもわからない。しかし、どう考えても、その屋敷もゴーストの一部に思えてならない。戦禍に見舞われたのなら、崩れていておかしくない。それが、当時のままの姿で現れたと言うのだから、気配もあるはずだ。

◯●◯●◯●◯

………富士の樹海ばりに方向感覚を失いそうな森の中。屋敷があったとされる近辺を捜索していた矢先。突然、雷が鳴り出した。
天気予報は、向こう一週間晴れ。正確には、出発してから半月は晴れのはずだし、さっきまでは降る予兆すらなかった。

「……招かれたみたいね。受けてやろうじゃない、この招待を」

不適に笑う。

「誰かが条件に合致したのか? 」

そこまでバカではなかったらしい。

「た、多分そう……」

今はまだ、誰が条件を満たしたかなんてわからない。あちらさんより人数が一人多いだけに、予測は出来ない。取り敢えず、雨宿りを探さないとならない。

………だが、雨宿りしようと走った先に、"洋館"が見えた。きっとあれが、目指す屋敷だと皆直感的に(さと)った。

皆、無言で軒下に走る。

「わー、びしょびしょのぐちゃぐちゃだよ! 」

ボキャブラリーが少ないアリスは、そう切り出す。確かに、一番水を吸いやすい衣装だ。衣服を絞りながら、見上げ、見渡す。視界に見える範囲に建物はここしかない。森の中にいたときとは、空気も心なしか違う。

「……建物が新しいな。型はかなり昔のものなのに」

生物以外の話題なら、意外とまともな帽子屋。

「さて、3月ウサギお待ちかねの美女ゴーストとご対面ね」

興味なさげにいい放っていると、その声に呼応したように扉が開き始めた。

『あら、旅のお方かしら? さぞかし、急な雨でお困りでしょう。中にお入りになって? 』

ややあって、綺麗な大人の女性の声がした。獲物を狙うは、ゴーストになった美女。

◆◇◆◇◆◇◆

…………入ると、嫌みのない豪奢な空間が広がっていた。粒を小さくしたシャンデリア。扇形階段へと繋がる、上質な赤い絨毯(じゅうたん)

階段の上に人影が見えた。綺麗な女性が、微笑みながら迎えてくれた。

「いらっしゃい。旅のお方。外は雷も鳴る酷い雨。ごゆるりと雨宿りなさってね」

まるで、生きている人間と変わらない女性。

「いやぁ、助かります! 暫くお願いします!
俺、3月ウサギと言います! こいつが帽子屋で、こいつがアリス。この子が赤ずきんで、この子が白雪姫です! 」

3月ウサギの顔は弛んでいた。

「私はマリカです。ええ、ゆっくりなさっていって。……娘たちも喜ぶわ」

彼女の後ろから、カラカラと車椅子に乗った美少女と、フランス人形を抱き締めている幼い美少女が現れる。

「次女のエリカと三女のセリカです」

……違和感を感じた。長女がいない。この違和感が何を意味しているのかは、まだわかるはずもなかった。

「エリカちゃんは私たちと変わらないくらいだよ、ローゼ」

「そう……。あたしには、リーゼ以外に興味はないけど」

ローゼリアは、感じていた。招かれたのは、自分ではないと。皆は気がついていない。優しそうな笑みを湛えながら、三人が見つめる先を空気で感じたから。………狙われているのは、リーゼロッテと3月ウサギ、アリス。この三人が招かれ、ローゼと帽子屋は一緒にいたから入ることが出来たのだと。

「マリカさん、おキレイですね! お子さんがいるなんてビックリのお若さ! 俺たち、ラッキー♪ あ、旦那さんとかに確認しなくていいんすか? 姿見えないですけど……」

絶賛する3月ウサギは本気そのもの。

「……主人は、先の戦争に行ったきり、まだ帰ってはきません。酷い戦争でしたから、もしかしたら……」

辛そうにする未亡人に、すかさず駆け寄り、無駄に絵になる図を構成した。

「……すみません。お辛いですよね。俺で良かったら、話し相手くらいさせてください。少しは気も紛れるでしょう」

「ありがとう。お優しいんですね」

こいつは食えないやつだ。然り気無く、情報の確認作業をした挙げ句、チャッカリと年上美女の隣をキープした。

「お見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません。セリカ、皆さんをお風呂場にご案内して。風邪を召されてしまうわ」

「は~い! おかあちゃま! じゃ、おにいちゃま、おねえちゃま! こっちだよ~♪ 」

お人形を抱えた、お人形のように可愛らしい少女が誘う。

「……リーゼ、あのお人形何か変じゃない? 」

皆に着いていきながら、小声で話し掛ける。リーゼロッテは首を傾げながら、少女の持つお人形をみた。

「お人形? ……ローゼ、あなたの勘すごい。お人形、赤い涙の跡があるよ」

小声で返すリーゼロッテの繋いだ手は、緊張で汗ばんでいた。リーゼロッテは敢えて言葉にしなかった。その人形こそが、行方不明者ではないかとは。

◆◇◆◇◆◇◆

「……お母様、今回は特別良さそうね」

エリカが薄く微笑む。

「ええ、童話の衣装が何とも可愛らしい。質は今までより格段といいわ……」

この会話が今後の彼らの運命を左右する。

魅惑の未亡人、車椅子の美少女、人形を抱き締める美少女。

彼女たちの目的は───。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み