第68話 見え始める全体像 ~「信用」のかけ引き~ Bパート

文字数 5,242文字


 本当なら人が減ったらすぐにでもお弁当を食べたかったのだけれど、あまり保健室に行くのが遅くなってどんな行動に出られるのかも分からないから、お弁当は保健室でと考えていると、
「愛美さん。やっぱり担任の先生と何かあった?」
 咲夜さんが悪い笑顔のまま私に探りを入れてくるのを見ていた蒼ちゃんが、咲夜さんを無表情で一瞥して、戸塚君の所へ行くためか、そのまま教室を出て行く。
「別に。私に聞きたい事があるんじゃないの?」
 変なややこしい噂を立てられても困るから、少しだけ考えて答えたのに
「それって愛美さんの――ひっ?!」
「私は優希君の事が

なの。なのにどうしていらない事を言う訳? 咲夜さん“は”私と優希君を応援はしてくれないの?」
 私、今はすごく空腹なんだから余計な事は言わないで欲しい。
「じゃあ先生の聞きたい事に答えてあげれば良いじゃん」
 だからそれをあしらったのも先生の方なんだって。それに今更過ぎて先生と喋る気にもならない。
「咲夜さん。それ以上は

からね」
 私の事ならいくらでも我慢する。
でもこの件は全く別問題なのだ。優希君にも話してはいない……けれど一度現場に居合わせているから、ひょっとしたらどこかで気付くかもは知れない。
 ただ、蒼ちゃんの事、暴力の事は該当者・当事者含めて緘口令みたいになっている。
 蒼ちゃんの気持ちを考えても、噂好きの咲夜さんに感付かれるわけにはいかない。
「……分かった」
 私の注意に今朝の表情を一瞬浮かべる咲夜さん。その心の内では何を思ったのか。
「じゃあ私は行くから。また明日ね」
 でも、その心の内は私は今は

と言ったから、咲夜さんの表情に気付かないフリをする。
 だからそのまま早くお弁当を食べようと、一度お手洗いに寄ってから私は保健室へと向かう。


 私が保健室のドアをノックすると
「空いてるわよー」
 との事だったから、そのまま入室させてもらう。
 私の姿を見て
「ちゃんと来てくれて良かったわ」
 先生が安心した素振りを見せるけれど、どの口でそんな事を言うのか。
 私が先生に対して感情を隠さずに、私たち以外の人の気配と全てのベッドのパーティションが解放されているのを
 確認していると、
「岡本さんの言う通り今は本当に誰もいないのに、何か言いたそうね」
 自分から仕向けておいて、素知らぬ素振りで自分から聞いてくる保健の先生。
 間違ってもこんな腹黒い人間にはなりたくないなと、心の中だけならばと毒づく。
「いえ。本当に誰もいないかを確かめたかっただけです……あの。それよりお昼を食べ損ねたのでここでお弁当を食べても良いですか?」
 ただ私としてはそんな事よりも、お腹が空いて仕方がない。
「別に良いけど、お昼まだだったのね」
 誰のせいで食べ損ねたと思っているのか。思う事はたくさんあったけれど先に食べさせてもらう。

 お弁当も食べ終わり、一通り落ち着いたところで
「じゃあお昼の話をの続きを聞かせてもらっても良いかしら」
 保健の先生が本題を切り出す。
「最後にもう一回確認ですけれど、私を通さずに蒼依に聞く事も勝手に広めたり、他言はしないと約束下さい」
「その点に関しては本当に信用して貰っても大丈夫よ。昼休みに話した事は先生の本心だから」
 私の最後の確認に対して、昼休みの雰囲気を出しつつ迷いなく答える先生。私は覚悟を決めて口を開く。
 そして、
 ①人気のある男子と付き合い始めてから嫌がらせみたいなのが始まった事 
  (同調圧力)
 ②それまでは仲が良かった友達と大きく距離が出来てしまっている事
  (咲夜さんの事)
 ③今は完全に孤立しつつあること  (現在喋るのは愛ちゃん一人)
 ④さらには別のグループも入ってきて、ターゲットも二人に増えた事 
  (実祝さんと成績の事)
 ⑤腕のアザは最近蒼ちゃんが放課後に囲まれていたのを、たまたま私が間に入った
  時に、目にした事。そしてそれらの事は、私が知らないだけでちょくちょくあっ
  たらしい事。 (暴力の話)
 ⑥その彼氏ともあまりうまく行ってないと言うより、こっちの話を彼氏が聞いてく
  れない事
 を一通り伝える。
「ただ、私の親友は話を広めたくないからと、誰につけられたアザかも、それ以来アザも見せてもらえない上にいじめをしているグループも自覚はあるのか、誰が・いつ・どこで・何を・何故・どのようにを聞いても誰も何も答えませんでした」
 私が少し時間をかけて一通り説明を終えた時には、完全に張り詰めた空気に変わっていた。
「それ。巻本先生にはどこまで話したの?」
「いじめがあったらどうしますかって聞いたら “そんな事してる暇ないだろ” って言われただけでした……あの。この話は絶対他言しないって約束ですよね」
 先生を睨みつけるようにして強い{関心}を示しておく。
 私の視線に “嬉しそうに” 苦笑いをした後、
「逆よ逆。もし巻本先生が何かを耳にしていたら口止めをしておかないといけないから」
 私に説明してくれるけれど、それだったら少しマズいかも知れない。
「でも先生はいじめについては気づいているかもしれません」
 そう言って、先日のもう一人のターゲット、実祝さんとテスト上位者の話を詳しくする。
「多分だけど大丈夫よ。恐らくはただの僻みだと思ってるだろうし、今話しているのは別件だから、こっちに飛び火する事は無いと思うわよ」
 それにそれだけ誰もが口をつぐんでいるのなら、そう簡単に口を滑らせることもないでしょうし、そのグループが自覚と言うか罪悪感があるのなら尚更ね。と付け加える先生。
「それよりその岡本さんの親友だっけ。学校は大丈夫なの? 出席日数とか」
 かと思えば先生がよく分からない心配をし始める。
「たまに休んでいる日もありますけれど、毎日学校には来てますよ。それでも何か問題があるんですか?」
 もし学校を休んでいたらいくら担任でも気づかない訳も無いとは思うけれど……
 ――いや、今日はただの体調不良だと聞いているが――  
 先生の発言を聞いて、気づかない可能性があるかもしれない事に気付く。
 それに私の知らない所で別の問題もあるのかと、私の中に緊張が生まれるも、逆に先生が驚く。
「毎日学校来てるの?」
 学校に来るのがそんなにおかしいのか、私たちはもう三年間を一緒に過ごすと約束しているのに。
 私の中で急激に{警戒}心が高まる。
「蒼依が学校に来るの。そんなにおかしい事ですか?」
「もう。すぐにそうやって{警戒}する。それだけいじめがあって、孤立もしていて、喋る子がいなくても毎日 “教室で” 授業を受けてるの?」
 そりゃあ{警戒}するに決まってる。それに、
「喋る人はいます! 私はいつも喋っています! 夜、電話もしていますっ!」
 私が蒼ちゃんを独りにするわけがない。なのに先生が驚く。
「いつもって岡本さんも他人との付き合いとか、統括会とかもあるでしょう?」
 だから何だと言うのか。喋れなかった分は夜に電話で補えば良いし、それでも埒が明かなければ、あの夜の公園の時のように直接会いに行けばいいだけの話じゃないのか。
「だからって次の日来ない理由にはなりません」
 私たちは三年と言う大きな時間を、共にするって約束をしたんだから。
 蒼ちゃんは自分の夢をもう持っているにも拘らず、私との時間を大切にしたいって言ってくれたんだから。
 私たちの約束を知らない先生が、きっぱり言い切った私を見て、思案顔を浮かべていたけれどふと顔を上げて
「その蒼依さんをここに連れて来られる? もちろん無理にとは言わないし言えないけど」
 考えもしなかった提案をしてくる。
 でもそれだと私が蒼ちゃんに他言した事を自分から言わないといけない。
「……そんな事を聞いてどうするんですか?」
 だから私は先生のした質問を


「先生は岡本さんに誰にも聞かれない所で、話をしてもらうって言って、保健室へ来てもらったのよ」
 そして先生もソレに気付いたのか、私に主語・述語を一部入れ替えただけで


 つまり蒼ちゃんにも、この誰にも聞かれる心配のない保健室で話をしたい、聞きたいって事なんだろうけれど、
 それはつまり蒼ちゃんに無遠慮に踏み込んで聞く可能性も十分に考えられるわけで、
「申し訳ないですけれど、蒼依のプライバシーの事に関しては、何を聞かれても嫌なら言わなくても良いと、強く言っておきますけれど」
 私は意識して最後まで

先生に返す。
「……」
 しばらくお互いに無言の牽制をした後、時計に視線をやった先生がふっと息を吐いて、小声で何かを言ったかと思うと    
「分かったわ。今日の所はこのくらいにしておきましょう。大丈夫よ、今日の事は絶対他言はしないわよ」
「……」
 私が疑わし気に先生を見ていると、今度は呆れを含んだ溜息を吐いて、
「私たち “養護教諭” って言うのは、学校とは別に “守秘義務” って言うのがあるのよ。もちろん統括会の書記と同じように記録簿は付けないといけないから、完全㊙や “無かった事” には出来ないけれどね」
 ここまで口が堅くて疑り深い生徒は、先生もそこそこ養護教諭やっているけれど、ほとんど見た事は無いけどね。
 とまた付け足す先生。
「……分かりました。今日の事は先生を信じます。でも蒼依の話については副試験官なんて姑息な手段を使う先生相手には応じられませんから」
 今度はどんな手段を使って蒼ちゃんから言いたくない事も含めて、根掘り葉掘り聞いてくるのか分からない以上おいそれとこの先生と二人きりで合わせる機会を作る訳にはいかない。
 まさか私が知っているとは思わなかったのか、先生が思わずと言った感じで髪をかき上げる動作でやっぱりかと確信に至る。
「……それは誰から聞いたの?」
 先生も “してしまった” 自分の動作で気が付いたのか、少し嫌そうな表情をして聞いてくるけれど、
「プライバシーに関しては教えませんよ」
 情報源なんて言う訳ない。
 こっちだって統括会で日々交渉や、折衝的な事もこなして、私なりに「経験」も積んでいるつもりなのだ。
 私のそっけない対応に先生も諦めてくれたのか、それとも単に時間が押してきているからなのか、
「呼び出しておいてなんだけど、先生もこの後用事があるから、この “続き” はまた今度ね」
 先生の方から切り上げにかかって来る。
「分かりました。“次” があるかどうかは分かりませんが、今日はありがとうございました」
 私は、蒼ちゃんの事については応じないと言うつもりで、お礼だけを述べて出口へと足を向けたところで
「“続き”は

になるわよ。だってこのまま行けば中学期の初めに『健康診断』があるもの。当然男女では別れてもらうけど、服は “ほとんど” 脱いでもらう事になるから

配慮が必要ならせめて初学期が終わるまでに

先生に相談しに来てね。まあそれまでに今の状況が解決したら先生としても一番の理想だから、言う事は無いけどね」
 これ以上無いくらいの挑発を私にしてくる保健の先生……いや養護教諭。
 ホント生徒を挑発する先生なんてこの先生くらいじゃないのか。
 私はムッとした表情を隠すことなく、先生の方に向き直って
「先生って彼氏いますか?」
 ここまで腹黒いといないかと思って聞くと
「お付き合いしている男性ならいるわよ。今年の受験が終わったら挙式の話もあるのよ。岡本さんも良かったら呼んであげましょうか」
 私の考えなんてお見通しだったのか、逆に勝ち誇ったような表情で私に聞き返してくる。
 一瞬たくさんの人が浮かべているであろう笑顔が思い浮かんで
「……失礼しました」
 先生のお誘いにはすぐに返事をせずに、保健室を出る。
 先生の事は間違っても好きになれそうにないなと思いながら。

 そして時間も中途半端だと言う事もあって、そう言えばと蒼ちゃんの話で思い出した四人でのお茶会の話を
 後輩二人に電話で確認してから、万一の場合を想定して、一度職員室に寄る。
 部員を把握していないのか、それとも元々統括会の役員である事を知っていたからなのか、私の事を確認するでもなく、頼りない声での許可を顧問の先生から貰ってから、御国さんがいる事を期待して、園芸部の方へと足を運ぶことにする。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
     「はい。もう一人は今日はお兄さんと一緒に帰る言うてました」
           園芸部にて一人で活動する女生徒
      「愛ちゃん。蒼依と一緒にお話ししながら帰ろう?」
             少しだけ気まずい空気の中
       『いや……愛美さんからデートのお誘いが嬉しくて』
             優希君からの喜びの電話

      『「ちょっと、何妹の前で恥ずかしい会話してるのよ」』

       69話  親友のカタチ ~友達のカタチ~
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