ルゥナ外伝 第3話
文字数 2,328文字
土曜日の朝、アキハはタカシと迎えに立ち寄った。僕が姿をくらまさないか心配したのだろう。僕は、半分真剣にそう考えていた。
バスを降りた路面電車の駅で文芸部の後輩が待っていた。ナミキと紹介された一年生に見覚えがなかった。子犬のような第一印象は、直ぐに分かった大人しく引っ込み思案な性格と合わさって僕を困惑させた。路面電車の席の隣に畏まって座るナミキは、僕を憂鬱にさせた。アキハは、一方的にグループのラインを繋げようとした。
「スマホ、使っていないから。」
僕は、優しく断った。ナミキが驚いたように瞳を大きくして呟いた。
「‥‥スマホを使わないなんて、素敵な生き方です。」
「はぁ、なに自然派気取ってるのよ。冗談は、顔だけにしなさい。」
アキハは、横から僕の企みを看破して強引に繋げた。
「レイアは、二十四時間繫がるよ。ナミキは遠慮しないでいいよ。」
僕は呆れたが、そんな素振りも見せなかった。アキハが、僕に囁いた。
「即読。拒否しないの。」
複合施設の映画館で席を予約すると、フードコーナーで時間を潰した。問い掛けなければ自分から話さないナミキだった。沈黙の合間に盗み見る縋るような視線が痛々しかった。僕は、何時も以上に寡黙になった。僕の様子を目の端で冷静に観察するアキハが疎ましかった。
話題の劇場版アニメは、期待以上に話の展開が面白く満足させてくれた。だからなのか、その後ナミキと二人で怪しい噂のクレープ店に入っても寛容を通せた。二人になると、ナミキは少し積極的になった。
「‥‥先輩は、読書が趣味だとお聞きしました。」
アキハが、どこまで僕の個人情報を公開しているのが心配になった。適当に誤魔化したが、控えめな可愛さは、少し苦手だった。
ナミキは、予め教えられた僕の嗜好を確かめるように話を持っていった。
「‥‥合気道しているのですか。わたし、運動苦手なので憧れます。」
「‥‥チョコのケーキが好きだと伺いました。わたし、作れます。」
「‥‥文章も上手だ聞きました。」
ナミキが僕の全てを晒しているのが分かり気分は重くなった。中学生の頃に書いた拙い話をアキハに読まれたことがあった。僕は恥ずかしさに怒ったが、アキハは、悪びれもせずに。
「開いていたから読んでほしいのかな、って思ったのよ。文章は骨折しそうだけど、話は面白いと思う。」
望みもしないアキハの感想に泣き出したいのを堪えたのだ。
「でも、わたしのほうが少しばかり上手かな。」
アキハに揶揄われてから僕は、ノートパソコンを手提げ金庫にしまう癖がついた。
短いラインだけでアキハは、タカシを連れて先に帰った。僕はナミキと暫く複合施設内を巡った。途中でナミキが空気のような無害な存在なのに気付いた。演技しているようにも見えなかった。僕は、黙っているナミキに安心したからだろうか。帰りは、ナミキが降りる路面電車の駅まで送った。別れ間際になってナミキは、その日一番の勇気を見せた。
「‥‥先輩。こんど、図書館に連れて行って頂けませんか。」
縋るような真剣な眼差しは、否定させない切なさが秘められていた。僕が図書館を活用しているのを話したアキハを呪った。
夜、窓越しにアキハが僕の気持ちを探った。
「良い子でしょう。」
「僕が、出ベソなのも教えているのか。」
「あらら、出ベソだったの。見せてよ。」
アキハは、どの様な状況でもぶれない強さを見せた。僕の嫌味に切り返した。
「君の秘密を知っている。ふっふふふふ‥‥。」
「勘弁してくれよ。」
「あの後輩、一途だから。」
「困るよ。」
僕の本心だった。アキハは、言い聞かせるように念押しした。
「図書館の約束。反故にしないでね。」
「優等生。難しい単語だな。」
僕は、軽い皮肉を向けた。アキハは、窓から身を乗り出さんばかりにして、わざと囁くように告げた。
「乙女を悲しませたらね。末代まで祟られるわよ。」
「僕の寛容ある理性と律儀さは、知っているだろう。」
「それは、認めます。ます。」
アキハが、笑った。僕は、鬱積する気持ちを吹っ切るように話題を移した。
「タカシとカラオケにでも寄ったのか。」
「鋭い。タカシ上手ね。」
先月の初めに三人で出掛けたカラオケ店でのようすを想いだした。
「誰かさんと違って、アニソンばかりじゃないよ。お母さんの世代の曲も唄えるんだ。」
「それはそれは、母親世代に気に入られるわけだ。」
「バカ。」
アキハがそう言って笑顔になった。僕は、溜息を隠して言った。
「図書館だけは行くよ。でも、彼女に悪いから。お試しも断るよ。」
「待ちなさいよ。後悔するわよ。」
アキハは、上半身を乗り出していた。
「認めないから。」
「落ちても知らないぞ。」
「気持ちが落ちた。君はね。昔から必ず外れを引くから。」
「僕の勝手だろう。」
「親身になってあげているのに。早急な決断は、ダメよ。お試ししなさいよ。」
「お前は、うちの母親か。」
「あら、叔母さまよりは、口やかましいかしらね。」
「勘弁してくれよ。」
僕は、嘆息した。幼い頃から言い合って勝てたためしがなかった。
「それより、これからタカシの家で勉強するんだけど。」
アキハは、僕の迷いを試すように誘った。
「行くでしょう。」
その夜の僕が、気持ちを屈折させそうになるのを見越していたのだろう。最後は、強引だった。
「行けるわね。」
それでも未だ迷ったが、一緒に出掛けた。
連日の勉強会が功を奏したのだろう。期末の成績は、少し良くなっていた。
バスを降りた路面電車の駅で文芸部の後輩が待っていた。ナミキと紹介された一年生に見覚えがなかった。子犬のような第一印象は、直ぐに分かった大人しく引っ込み思案な性格と合わさって僕を困惑させた。路面電車の席の隣に畏まって座るナミキは、僕を憂鬱にさせた。アキハは、一方的にグループのラインを繋げようとした。
「スマホ、使っていないから。」
僕は、優しく断った。ナミキが驚いたように瞳を大きくして呟いた。
「‥‥スマホを使わないなんて、素敵な生き方です。」
「はぁ、なに自然派気取ってるのよ。冗談は、顔だけにしなさい。」
アキハは、横から僕の企みを看破して強引に繋げた。
「レイアは、二十四時間繫がるよ。ナミキは遠慮しないでいいよ。」
僕は呆れたが、そんな素振りも見せなかった。アキハが、僕に囁いた。
「即読。拒否しないの。」
複合施設の映画館で席を予約すると、フードコーナーで時間を潰した。問い掛けなければ自分から話さないナミキだった。沈黙の合間に盗み見る縋るような視線が痛々しかった。僕は、何時も以上に寡黙になった。僕の様子を目の端で冷静に観察するアキハが疎ましかった。
話題の劇場版アニメは、期待以上に話の展開が面白く満足させてくれた。だからなのか、その後ナミキと二人で怪しい噂のクレープ店に入っても寛容を通せた。二人になると、ナミキは少し積極的になった。
「‥‥先輩は、読書が趣味だとお聞きしました。」
アキハが、どこまで僕の個人情報を公開しているのが心配になった。適当に誤魔化したが、控えめな可愛さは、少し苦手だった。
ナミキは、予め教えられた僕の嗜好を確かめるように話を持っていった。
「‥‥合気道しているのですか。わたし、運動苦手なので憧れます。」
「‥‥チョコのケーキが好きだと伺いました。わたし、作れます。」
「‥‥文章も上手だ聞きました。」
ナミキが僕の全てを晒しているのが分かり気分は重くなった。中学生の頃に書いた拙い話をアキハに読まれたことがあった。僕は恥ずかしさに怒ったが、アキハは、悪びれもせずに。
「開いていたから読んでほしいのかな、って思ったのよ。文章は骨折しそうだけど、話は面白いと思う。」
望みもしないアキハの感想に泣き出したいのを堪えたのだ。
「でも、わたしのほうが少しばかり上手かな。」
アキハに揶揄われてから僕は、ノートパソコンを手提げ金庫にしまう癖がついた。
短いラインだけでアキハは、タカシを連れて先に帰った。僕はナミキと暫く複合施設内を巡った。途中でナミキが空気のような無害な存在なのに気付いた。演技しているようにも見えなかった。僕は、黙っているナミキに安心したからだろうか。帰りは、ナミキが降りる路面電車の駅まで送った。別れ間際になってナミキは、その日一番の勇気を見せた。
「‥‥先輩。こんど、図書館に連れて行って頂けませんか。」
縋るような真剣な眼差しは、否定させない切なさが秘められていた。僕が図書館を活用しているのを話したアキハを呪った。
夜、窓越しにアキハが僕の気持ちを探った。
「良い子でしょう。」
「僕が、出ベソなのも教えているのか。」
「あらら、出ベソだったの。見せてよ。」
アキハは、どの様な状況でもぶれない強さを見せた。僕の嫌味に切り返した。
「君の秘密を知っている。ふっふふふふ‥‥。」
「勘弁してくれよ。」
「あの後輩、一途だから。」
「困るよ。」
僕の本心だった。アキハは、言い聞かせるように念押しした。
「図書館の約束。反故にしないでね。」
「優等生。難しい単語だな。」
僕は、軽い皮肉を向けた。アキハは、窓から身を乗り出さんばかりにして、わざと囁くように告げた。
「乙女を悲しませたらね。末代まで祟られるわよ。」
「僕の寛容ある理性と律儀さは、知っているだろう。」
「それは、認めます。ます。」
アキハが、笑った。僕は、鬱積する気持ちを吹っ切るように話題を移した。
「タカシとカラオケにでも寄ったのか。」
「鋭い。タカシ上手ね。」
先月の初めに三人で出掛けたカラオケ店でのようすを想いだした。
「誰かさんと違って、アニソンばかりじゃないよ。お母さんの世代の曲も唄えるんだ。」
「それはそれは、母親世代に気に入られるわけだ。」
「バカ。」
アキハがそう言って笑顔になった。僕は、溜息を隠して言った。
「図書館だけは行くよ。でも、彼女に悪いから。お試しも断るよ。」
「待ちなさいよ。後悔するわよ。」
アキハは、上半身を乗り出していた。
「認めないから。」
「落ちても知らないぞ。」
「気持ちが落ちた。君はね。昔から必ず外れを引くから。」
「僕の勝手だろう。」
「親身になってあげているのに。早急な決断は、ダメよ。お試ししなさいよ。」
「お前は、うちの母親か。」
「あら、叔母さまよりは、口やかましいかしらね。」
「勘弁してくれよ。」
僕は、嘆息した。幼い頃から言い合って勝てたためしがなかった。
「それより、これからタカシの家で勉強するんだけど。」
アキハは、僕の迷いを試すように誘った。
「行くでしょう。」
その夜の僕が、気持ちを屈折させそうになるのを見越していたのだろう。最後は、強引だった。
「行けるわね。」
それでも未だ迷ったが、一緒に出掛けた。
連日の勉強会が功を奏したのだろう。期末の成績は、少し良くなっていた。